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2.5.1 コンテンツプロバイダーの事業
日本で初めて「オンライン電子書籍サービス」を開始したのはパピレスである。天谷幹夫代表取締役は、富士通に在籍していた当時、社内で新しい事業の企画募集があり、これにネットワーク発信事業で応募。1995年3月に富士通のベンチャー支援制度を利用してフジオンラインシステムを設立し、1995年11月にパソコン通信で「電子書店パピレス」を開始している。日本最大規模の電子書籍販売サイトで、小説、コミック、趣味・実用書、写真集、音声ブック、ビジネス等約9万点のコンテンツをPC向けに配信、2003年10月からはEZWebで携帯電話電子書籍サイトも開設している。
またイーブックイニシアティブジャパンは、2万6000点を超える電子書籍のうち95%がコミックという、PC向けコミックでは日本最大級の電子書籍販売サイト「eBookJapan」を運営するコンテンツプロバイダーである。鈴木雄介代表取締役は小学館で雑誌や書籍の編集に長く携わったあと、1998年10月から2000年3月まで主力メンバーとして活動した「電子書籍コンソーシアム」の実証実験の経験やノウハウを活かして、2000年5月にイーブックイニシアティブジャパンを設立、2000年12月より当初は「10days book」のサイト名で電子書籍の販売を開始した。紙の本を出版する上での制約であった印刷費や紙代、倉庫代といったコストや返品問題のような流通の非効率から解き放たれた電子書籍を、液晶技術の向上によってマンガを読むのにふさわしい高精細度のモバイル端末で読めるようにするという方針に向かって活動を続けている。
一方、携帯電話を中心に事業展開しているコンテンツプロバイダーとしてエヌ・ティ・ティ・ソルマーレがある。もともとNTT西日本の光ファイバーサービスを普及させる事業の一環として街頭端末を設置し、小説、動画、マンガなどのコンテンツのダウンロードサービスを始めたところ、マンガのダウンロード数が最も多く、また携帯電話の急速な普及とパケット定額制のサービス開始が背景となり、携帯電話向け電子書籍サービスに事業を特化したという経緯がある。携帯電話向け電子コミックサイトとして、「コミックi」「コミックシーモア」を運営し、国内最大のタイトル数を誇り、2008年5月には累計3億ダウンロードを達成している。
またビービーエムエフは、2006年4月に携帯電話向け電子コミックサイトの「ケータイ★まんが王国」、2006年12月に携帯電話向け電子写真集サイトの「写真王国」、2008年9月から携帯電話向け電子書籍サイトの「小説王国」をスタートさせている。
このようにPC向け、携帯電話向けというデバイス、あるいは「文字もの」「コミック」「写真集」というコンテンツによって様々なコンテツプロバイダーの競合と棲み分けがなされているのが、日本における電子書籍販売市場の実態である。
2.5.2 電子書籍における取次事業の展開
さまざまな経済分野においてIT革命は流通の中抜き現象をもたらすと語られてきた。しかし、デジタル化とネットワーク化を特徴とする今日の世界では情報の新たな仲介業が必要となるのである。例えば西垣通は次のように書いている。
「たとえば、米国では既に、多くの自動車メーカーのデータを集めてウェブ上で顧客に提供し、顧客が購買すると仲介手数料をとるというビジネスが行われている。物流のかわりに情報流における仲介業―これは今後の流通業が向かう一つの方向を示している」(1)
電子書籍ビジネスも例外ではない。紙の本の取次にあたる業態が新たに出現したのである。例えばビットウェイは1997年6月に凸版印刷の「コンテンツパラダイス」として出版社系コンテンツのネット配信からスタートし、2000年3月にPC向け電子書籍販売サイト「ビットウェイブックス」を運営し、2005年10月にビットウェイとして分社化したコンテンツプロバイダーである。そのビットウェイが電子書籍の取次事業を展開したのである。
電子書籍販売における取次の必要性は、出版社、コンテンツプロバイダーの双方にあり、そのしくみは完全にパッケージ化されている。売れるようなファイルの形、表紙画像、書誌情報、内容紹介の4点セットを凸版印刷のサーバから電子書籍販売サイトに送っている。利用者は電子書籍販売サイトにアクセスして、電子書籍をダウンロードしていると思っているが、じつは凸版印刷のサーバのファイルを見に行っていることになる。
またモバイルブック・ジェーピーは2000年9月に前述の「電子文庫パブリ」の受託配信サービスを開始したところから始まり、その後自社サイト「どこでも読書」「つや缶あり」「PDABOOK.JP」「音の本棚」を開設したが、2006年4月から電子書籍の取次サービスに事業を展開し、これを主軸事業と位置づけている。
取次サービスでは電子書籍の流通経路を確立することで、運用コストの削減、販路の拡大など出版社と電子書店の売上げ向上をめざしている。電子書籍は携帯電話キャリアごとにフォーマットが異なり、さらに出版社にすれば電子書店運営事業者にコンテンツを預けてしまうと不正な複製や流通への懸念が生じる。そこで電子書籍の取次会社が一元的に管理するプラットフォームを提供するのである。モバイルブック・ジェーピーの流通プラットフォーム事業取次サービスでは、文芸、コミック、オーディオブック、写真集のカテゴリーで延べコンテンツホルダー140社、18,000タイトル、コンテンツプロバイダー300サイトの取引を展開している。そして、今後はB2C(企業と消費者の取引)だけでなく、B2B(企業と企業の取引、具体的には図書館、病院、企業等)についても事業展開を想定しているのである。
一方、パピレスも紀伊國屋書店、ジュンク堂書店、ヤマダ電機などに対して電子書籍の取次事業を行っている。販売商品を選定し、自社のサイトにあわせた販売サイトのデザインを決定し、自社サイトから販売ページTOPにリンクをはれば電子書籍の販売が開始できるというシステムである。
2.5.3 コンテンツプロバイダーと読書
ボイジャージャパンは1992年10月、『エキスパンドブック日本版』を発売したが、これは日本における電子出版の最初のツールであった。
その後1998年、電子書籍ビューワ(閲覧ソフト)「T-Time」を開発し、また「ドットブック」(.book)というファイル形式(出版フォーマット)であらゆる液晶デバイスにデータを流し込み、本とすることを可能とした。さらに2006年、携帯電話向けのビューワとして「BookSurfing」をセルシス、インフォシティと提携して開発、導入し、現在では日本の代表的携帯電話キャリアの公式サイトにおいて90%以上の利用率を占めている。このボイジャージャパンは当初から、誰でも出版でき、また誰でも読むことができる方法としてデジタル技術を提供することを使命としてきたという特徴がある。
2006年2月から「T-Time」の標準機能として視覚障碍者等の使用を配慮した文字拡大、輝度反転などの機能を付加し、さらに『理想書店』では2008年11月より、販売される電子書籍ドットブックのすべてが音声読上げ対応となりユニバーサルデザイン(UD)をめざす電子書店とするなど、紙の本が売れないからデジタルに移行するという危機回避的な考え方ではなく、読みたくても読めない人たちの読書への切実さに依拠して活動しているのである。
電子書籍について考えるとき、この視点はきわめて重要であろう。つまりこれは「紙に比べて読みにくい」という一般的な電子書籍の見方とは対極に位置するものである。
これまでの紙の出版物がもっていた物理的制約、あるいは出版流通上の制約から解き放たれているという点で電子書籍の可能性は確かに存在すると思われるのである。
(1) 西垣通. IT革命. 岩波書店, 2001, p.48.
参照ウェブサイト
“eBook Japan”. イーブックイニシアティブジャパン. http://www.ebookjapan.jp/, (参照 2009-02-11).
“エヌ・ティ・ティ・ソルマーレ”. http://www.nttsolmare.com/, (参照 2009-02-11).
“NetLibrary ebook”. 紀伊國屋書店. http://www.kinokuniya.co.jp/03f/oclc/netlibrary/netlibrary_ebook.htm, (参照 2009-02-11).
“電子書店パピレス”. http://www.papy.co.jp/, (参照 2009-02-11).
“NetAdvance”. http://www.netadvance.co.jp/, (参照 2009-02-11).
“Bbmf”. ビービーエムエフ. http://www.bbmf.co.jp/, (参照 2009-02-11).
“ビットウェイ”. http://www.bitway.co.jp/, (参照 2009-02-11).
“化学書資料館”. 丸善. https://www.chem-reference.com/, (参照 2009-02-11).
“MobileBook.jp”. モバイルブック・ジェーピー. http://www.mobilebook.jp/, (参照 2009-02-11).