1.4.2 米国の出版状況・概況・動向(電子)

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山形大学学術情報部 学術情報ユニット  加藤 信哉(かとう しんや)

 電子出版(Electronic Publishing)は,「文字・画像情報をデジタルデータに編集加工して、CD-ROMなどの電子メディアやネットワークにより配布する活動」(1)である。ここでは電子書籍と電子ジャーナルを中心に米国の電子出版の状況について触れてみたい。

(1) 電子書籍

 電子書籍(Electronic Book, e-book)は、「コンテンツがインターネット接続により電子的に利用可能で、コンピュータ画面に表示され、ページが印刷でき、手元にダウンロードできるもの」(2)である。

 電子書籍についての米国の出版統計は未整備のようであり、毎年の出版点数や分野別の出版点数を把握することは難しい。バウカー(Bowker)の現在入手可能な電子書籍とオンデマンド図書(顧客の注文に応じて1回に1部しか作成・印刷されない図書)の検索サービスであるe-booksinprint.comには200,000点が収録されている(3)。また、英国図書館がepsに委託した調査によれば、2003年に出版された米国の学術・専門図書の15%が電子書籍であり、2007年には電子書籍の占める割合が45%となると予測している(4)。一方、販売統計については米国出版社協会(Association of American Publishers)の業界統計があり、2005年版(5)によると2002年の電子書籍の推定純売上高は2997万9千ドルで、それが2005年には1億7,911万ドルに増加し、増加率は597.5%であった。米国の出版産業全体の2002年から2005年にかけての推定売り上げの平均増加率4.4%に比べて電子書籍の増加率81.5%は非常に大きいが、2005年の推定売り上げに占める割合は0.7%と低い(表1)。

表1 米国出版産業の純売上高の推移:2002-2005

表1 米国出版産業の純売上高の推移:2002-2005
出典:“Association of American Publishers 2005 Industry Statistics”. Association of American Publishers. http://www.publishers.org/industry/2005_annual_report_preface.pdf, (参照 2007-03-05).

 電子書籍はアマゾン(Amazon)のようなオンライン書店で販売されているほか、図書館向けにアグリゲータによって提供されることが多く、その主要なものはNetLibrary(11万タイトル)、ebrary(8万8千タイトル)、ebooks(5万8千タイトル)、ProQuest(1万4千タイトル)、Books24×7(1万250タイトル)、Safari(3,635タイトル)などである(6)

 マグラス(McGrath, Mike)は、電子書籍が普及していないのは、電子読書装置(e-book reader)にキラーアプリケーションがなく、コンテンツも参考図書、教科書の一部、一般図書の一部に限られているからだと指摘している(7)。前述のバウカーのサイトによれば電子書籍のフォーマットは19種類を数える。2006年に国際デジタル出版フォーラム(International Digital Publishing Forum)が公表した新たな電子書籍の規格がこの問題の解決の糸口になることが期待される(8)。出版社側の新たな動きとしては、電子ジャーナルと同様に自社出版の電子書籍の一括販売(bundle)があげられる。Springerは2005年以降に出版された1万点の電子書籍を12の分野別コレクションで購読できるeBooks Collectionの提供を2006年に開始した(9)

(2) 電子ジャーナル

 電子ジャーナル(Electronic Journal,e-journal)は「印刷体雑誌の電子バージョンまたは印刷体の対応物を持たない電子出版物で、ウェブ、電子メールあるいはそれら以外のインターネット・アクセスの手段によって利用できるもの」(10)である。1990年代後半の商業出版社、学会による学術雑誌の電子化によって電子ジャーナルは離陸(定着)したといえる(11)。これは、雑誌のディレクトリとして定評のあるUlrich Periodical Directoryの各年版の統計からも裏付けられる。(図1)

図1 電子ジャーナルの出版点数

図1 電子ジャーナルの出版点数
(出典:Ulrich Periodicals Directoryの各年版)

 電子版であるUlrich.comによれば、2007年1月末現在で出版されている電子ジャーナルは4万4,871タイトルであり、その43.4%を占める1万9,454タイトルが米国で刊行されている。このうち、学術雑誌は5,672タイトルである(12)。雑誌の種別による米国の電子ジャーナルの内訳は図2のとおりである。

図2 米国の電子ジャーナルの類型別割合

図2 米国の電子ジャーナルの類型別割合
(出典:Urlichweb.com(2007年1月31日調査))

 商業出版社の学術電子ジャーナルは、ビッグ・ディール(Big Deal)で提供されることが多い。ビッグ・ディールは「図書館や図書館コンソーシアムが、既に購読している雑誌の支払実績にアクセス料金を加えた費用で、出版社の雑誌のすべてか大部分へのアクセスする権限を購入する、包括的なライセンス契約」である(13)。商業出版社による学術雑誌出版の寡占が進んでいる。2003年のエルゼビア(Elsevier)によるアカデミック・プレス(Academic Press)の買収、テイラー・アンド・フランシス(Taylor & Francis)によるデッカー(Decker)の買収があり、2006年にはワイリー(Wiley)によるブラックウェル(Blackwell)の買収があった(14)



(1) 植村八潮. “出版の電子化と電子出版”. 出版メディア入門. 東京, 日本評論社, 2006, p.83-107.

(2) Appleton, L. The Use of Ebooks in Midwifery Education: The Student Perspective. Health and Information Libraries Journal. 2004, 21(4), p.245-252.

(3) e-booksinprint.com. http://www.e-booksinprint.com/bip/faqs.asp, (accessed 2007-01-31).

(4) eps. Publishing Output to 2020. British Library, 2004. 34p.

(5) Association of American Publishers. 2005 Industry Statistics. 2006.引用はEstimated Book Publishing Industry Net Sales. http://www.publishers.org/industry/2005_S1FINAL.pdf, (accessed 2007-01-31)による。

(6) Bennett, Linda. E-Book Platforms and Aggregators: An Evaluation of Available Options for Publishers. Clapham, Associaiton of Learned and Professional Publishers, 2006. 109p.

(7) McGrath, Mike. Our Digital World and the Important Influences on Document Supply. Interlending & Document Supply. 2006, 34(4), 171-176.

(8) International Digital Book Forum. Open eBook Publication Structure Container Format (OCF) Version1.0. http://www.idpf.org/ocf/ocf1.0, (accessed 2007-02-03).

(9) Hane, Paula J. Enhanced SpringerLink Offers eBook Collection. Infotoday. Newsbreaks, June 26, 2006. http://www.infotoday.com/newsbreaks/nb060626-1.shtml, (accessed 2007-01-31).

(10) “ODLS”. http:/lu.com/odlis, (accessed 2007-01-31).

(11) 森岡倫子. 電子ジャーナル黎明期の変遷: 1998年から2002年までの定点観測. Library and Information Science. 53, 2005, 19-36.

(12) ”Ulrichweb.com“. http://www.ulrichsweb.com/ulrichsweb/, (accessed 2007-01-31).

(13) 加藤信哉. 電子ジャーナルのビッグ・ディールが大学図書館へ及ぼす経済的影響について. カレントアウェネス. 2006, (287), p.10-13. http://www.dap.ndl.go.jp/ca/modules/ca/item.php?itemid=1018, (参照 2007-01-31).

(14) Munroe, Mary H. “The Academic Publishing Industry: A Story of Merger and Acquisition”. http://www.niulib.niu.edu/publishers/, (accessed 2007-01-31).