CA1787 – 『カレントアウェアネス』の10年: レビュー誌への道:課題、そして展望 / 村上泰子

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カレントアウェアネス
No.315 2013年3月20日

 

CA1787

 

『カレントアウェアネス』の10年: レビュー誌への道、課題、そして展望

関西大学文学部:村上泰子(むらかみ やすこ)

 

はじめに

 2012年10月に国立国会図書館関西館が開館10周年を迎えた。まずはそのことに対し、大いなる祝意を表したい。関西館の10年については、9月20日に刊行された本誌の313号に、開館時の目標、現況、そして今後の展望が記されている(CA1774参照)。それによれば、関西館の基本的な役割は「文献情報の発信」、「世界に広がるサービス」、「新しい図書館協力」の3つであった。本誌の創刊は1979年で関西館の開館以前から刊行されていたので、新規の事業というわけではないが、「新しい図書館協力」の一翼を担うものとは位置づけることができるだろう。そして、この「新しい図書館協力」についての個別の言及はないものの、それは「当初の構想を上回る成果を挙げ」たものと評価されている。

 本誌の成果については、これに先立つ2009年6月の創刊300号・30周年記念特別号において、当時の長尾真国立国会図書館長をはじめ各氏が次のような発言をされていることからも窺われる。

  • 国内外の図書館・図書館情報学の動向に関する情報誌として、図書館界で高く評価されている(1)
  • いまや図書館をめぐる内外の動向を知る不可欠のツールになっている(2)
  • 図書館関係者にとって重要な情報源になっている(3)
  • 小規模ながらあたかも羅針盤のような役割を一定限は果たしてきた(4)

 カレントアウェアネス・ポータルの中核をなす本誌の編集・発行が東京本館から関西館に移って10年。その過程については300号の記念号で既に多くが語られているほか、続く301号では芳鐘によって数量分析も試みられている(5)。さらに、ポータル利用者へのアンケート結果の報告も別途なされている(6)

 筆者は2002年4月から2006年3月まで、図書館協力課の非常勤調査員として本誌の編集に携わった。その経験を踏まえて、今回は以前の記事とは異なる観点からの記述を、と求められた。そこで本稿では二つの視点から、若干の考察を試みたい。

 ひとつは本誌に求められる役割とジレンマという視点からの現状の課題の指摘である。そしてもうひとつは、国際的な研究協力ないし交流の発展への貢献という視点からの今後への期待である。

 

1. 『カレントアウェアネス』の変化

 ここで、本誌についての数ある指摘の中で注目しておきたいのは、2003年9月の「研究文献レビュー」の登場をきっかけとする変化である。『カレントアウェアネス』は「一般記事」、「動向レビュー」、「研究文献レビュー」という3種類の記事で構成されている。「一般記事」は話題を一つに絞って簡潔に紹介、解説したもの、「動向レビュー」は特定分野の最近の動向をレビューしたもの、「研究文献レビュー」は国内における図書館情報学領域の研究動向をレビューしたもの、と区分されている。

 このうち「研究文献レビュー」は2003年9月から新たに始められたもので、2013年3月までの間に計29本が掲載されている。構想当初には、図書館情報学の研究分野をいくつかの領域に分けてそれを順次取り上げていくと、2年から3年で一巡するので、そうすればまた元に戻って、その間の変容を追いかけていく、というような計画も念頭にあったように記憶しているが、実際にはかなり多様な切り口からのアプローチとなった。このことは、研究の蓄積状況が領域によって異なること、本誌が「研究文献レビュー」に対して許容している分量が制限的であること、が大きな原因であると思われる。

 内容面では、館種を限定したものと、館種を限定せずにトピックスで括ったものとがある。各記事が主として取り上げている内容を見ると、前者については、公共図書館が3回、大学図書館が3回、学校図書館が3回、そのほか、医学図書館、看護図書館が1回ずつ登場している。後者については、情報リテラシーが2回登場している以外は、情報検索、レファレンスサービス、目録、資料保存から電子書籍に至るまで、多様な切り口が提供されている。

 この「研究文献レビュー」の登場を契機に国内を扱った記事が増加し、また「研究文献レビュー」単独の影響ではないものの、参照文献数の増加をもたらす大きな要因となった。さらに「動向レビュー」と「研究文献レビュー」の登場が分量の増加につながった(7)

 

2. レビュー誌としての役割とジレンマ

 2004年3月の『情報の科学と技術』が日本のレビュー誌の現状を取り上げている(8)。レビュー誌とは「特定主題に関して発表された文献を総覧し評価することによって今後の研究動向を示唆する」論文、すなわちレビュー論文を専門に掲載した定期刊行物を指す。レビュー論文は、当該分野の過去と未来をつなぐ羅針盤、コンパスという重要な役割を果たす(9)にもかかわらず、日本は「レビュー誌がほとんど刊行されていないに等しい」状況にある。

 図書館情報学においても、海外にはLibrary TrendsやAdvances in librarianshipのようなレビュー誌が存在するのに対して、日本においてはレビュー専門誌は皆無であり、その他の学術雑誌においてもレビューが掲載されることは少ない(10)

 その状況は10年近く経った今も変わっていない。そうしたレビュー誌が不在で、レビュー論文もごくわずかという状況の下で、国内の研究動向を簡潔に一望できる本誌の「研究文献レビュー」の存在意義は、特定分野の最新動向について内容をごく絞り込んで説明する「動向レビュー」と併せて、非常に大きいと言える。実際、本誌のレビュー記事に対する期待の声は大きい。

 一方で、そこにはジレンマも垣間見える。それは先の『情報の科学と技術』で橋詰が指摘している『カレントアウェアネス』らしさの問題である(11)。ここでいう『カレントアウェアネス』らしさとは、国内外の最新動向を「コンパクトに」まとめて提供することを意味する(12)。記事が長くなったといっても、「研究文献レビュー」は10,000字程度、「動向レビュー」は6,000字程度である(「一般記事」は3,000字程度)。そこにすべてを納めなければならないわけであるから、執筆者が記述内容や取り上げる文献を厳しく取捨する必要に迫られることは、想像に難くない。

 特に「研究文献レビュー」はある程度の領域を包括的に扱うものである。図書館情報学の研究対象は以前に比べて細分化される傾向にあると同時に、研究手法の多様化、類縁領域との接点の増加も見られる。そうした状況下で、一定領域を包括的に扱おうとするのにはどうしても無理が生じる。それだけ厳しい取捨選択によって描き出された研究地図は、コントラストが利いていて分かりやすいが、その一方で、たとえばCA1761で学術情報流通政策と大学図書館について書いた小西が「重要な関連文献が多くあったが、紙数の関係もあり、その多くを割愛せざるを得なかった」と述べているほか、対象範囲をさらに限定して対応しているものも見られる。

 コンパクトで分かりやすい情報の提供と、より読み応えのあるレビュー論文の提供とは両立し得るだろうか。以下、この難問について考えてみたい。

 現在のカレントアウェアネス・ポータルの仕組みは大変よく出来ている。「カレントアウェアネス-R」で国内外の最新動向を随時提供し、そのうち選りすぐったものに解説を付してメールマガジンの形式で「カレントアウェアネス-E」として発信する。RやEで提供される情報はまた、紙媒体で刊行される本誌の「一般記事」や「動向レビュー」の種となっていく。しかし、ここで紙やメールという提供条件を外してみてはどうか。つまりすべてをウェブ上での随時配信と仮定してみるのである。

 「カレントアウェアネス-E」は月に2回、主として担当課の係員が執筆した短報が数本、メールで配信されている。端末上で通覧して内容が把握できることを想定し(実際にはプリントアウトして読む読者も多いようであるが)、記事の分量は全体に抑えられているが、なかには背景などかなり書き込まれているものもあり、特に「カレントアウェアネス-R」の登場とともに、紙版の「一般記事」に近い記事も増えているように思われる。仮に紙版もメール版もウェブ上での随時配信という形を想定してみると、ともに分量の制約から解放されて、テーマに応じた長さで必要な背景解説を加えた情報提供が可能になるのではないか。読者へのアラートが必要であれば、定期的に最新記事の書誌事項をメールで提供することがあってもよい。現在は、Eの記事は主に担当課の係員が執筆し、一般記事は外部の者が執筆するという切り分けもなされているが、誰が執筆するかはそのテーマと提供のタイミングによって判断されればよく、Eの記事か「一般記事」かという区別を残す根拠にはならない。

 「動向レビュー」や「研究文献レビュー」についても同様に、一記事の長さをテーマ等に応じて柔軟に伸縮させることができよう。引用文献数を無理に絞り込む必要はない。海外の執筆者の記事について、日英両国語で掲載するといったことも考えられる。一般に言われるように、写真や動画、研究データとの組み合わせも可能である。そして「動向レビュー」と「研究文献レビュー」を併せたこのレビュー部分を強化し、図書館情報学分野の本格的なレビュー誌を目指す。

 現在の本誌のコンパクトさに愛着を覚えている読者が多いことは十分に承知している。筆者もその魅力を捨てがたいとも感じている。しかしその一方で、図書館情報学分野の本格的なレビュー誌を強く望み、それに最も近い位置にあるのが本誌であるとも考えている。

 今回の考察はささやかな試みに過ぎないが、学術誌の大半がボーンデジタルになると言われる現在、本誌も含めたカレントアウェアネス・ポータル全体の構成を「すべての情報がウェブで提供されるとしたら」という視点で見つめ直す試行錯誤の作業は、不可避なのではないだろうか。

 

3. 国際的な研究協力および交流への貢献

 関西館の当初の構想の中に「国際的な研修プログラム」や「アジア情報サービス」の一環としての「国内外関係機関との連携協力」が盛り込まれている。本誌にも国内の著者が執筆する記事のみならず、中国語、韓国語、タイ語などを母国語とする著者の記事や、海外在住者による記事が見られるようになった。米国議会図書館のバーバラ・B・ティレットのRDAに関する記事(CA1767参照)や、アントネッラ・アンニョリのイタリアの公共図書館に関する記事(CA1783参照)は記憶に新しい。日本人の目線から海外の動きを分析することも重要であるが、それと同時に、海外の専門家が(テーマによっては、望むらくは日本の読者向けということを特に意識して)書いた記事もまた、読者からの期待は大であろう。こうした試みは、国内外に幅広いネットワークを持つ国立国会図書館の面目躍如たるところであり、今後も継続されていくことを望みたい。

 そしてさらに今後の展望を一つ付け加えるとするならば、それは日本の図書館界の動向を海外に伝えるツールとしても成長してほしい、ということである。たとえば江上の『本棚の中のニッポン』(13)にもあるように、海外からの日本研究のニーズは少なくない。一般に日本研究というと、日本文化や日本経済に関する研究ニーズを思い浮かべるが、日本の図書館や図書館情報学に関する情報ニーズももちろんあるだろう。日本研究のニーズに応えることは、第一には書誌情報や所在情報の提供、第二にはILLによる現物へのアクセスの提供であろうが、それ以外に英語での情報提供も重要であろう。

 江上は日本の図書館の情報発信を「ひきこもり型」と称している。「そもそも海外からのアクセスがニーズとしてあるかもしれないという前提を意識しているかどうか。日本が専門ではないし、日本語もわからないという人からの日本語の本・情報へのニーズ・リクエストを意識しているか、そのようなユーザへconnectしようとしているかどうか」(14)が問題だという。日本では海外のどのような図書館の動向や図書館情報学領域が注目されているのか、日本国内ではどのような研究が進められているのか、といった情報に対する潜在的なニーズはあるのではないか。

 すべての記事を一度にそのようにすることは難しいとしても、せめて全タイトルと、研究文献レビューの要旨を英語で発信することはできないだろうか。「国内外の動向に関する情報誌」としてだけでなく、「国内外に動向を発信する情報誌」を目指していただきたい、と願う次第である。

 

おわりに

 本誌は日本の図書館界にとって不可欠の情報源として、今なお成長し続けている。それはとりもなおさず、国立国会図書館の関係者の方々の不断の努力の賜物である。そのことに改めて敬意を表するとともに、今後のさらなる発展を祈りたい。

 

(1) 長尾真. 「図書館・図書館情報学の情報誌」としての期待. カレントアウェアネス. 2009, (300), p. 2.
http://current.ndl.go.jp/ca_no300_nagao, (参照2013-01-07).

(2) 田村俊作. 『カレントアウェアネス』の編集に係って. カレントアウェアネス. 2009, (300), p. 5-6.
http://current.ndl.go.jp/ca_no300_tamura, (参照2013-01-07).

(3) 野末俊比古. 『カレントアウェアネス』-「変わったこと」と「変わらないこと」. カレントアウェアネス. 2009, (300), p. 7-8.
http://current.ndl.go.jp/ca_no300_nozue, (参照2013-01-07).

(4) 北克一. 『カレントアウェアネス』300号への道程. 2009, (300), p. 8-9.
http://current.ndl.go.jp/ca_no300_kita, (参照2013-01-07).

(5) 芳鐘冬樹. データ分析による『カレントアウェアネス』レビュー. カレントアウェアネス. 2009, (301), p. 15-19.
http://current.ndl.go.jp/ca1695, (参照2013-01-07).

(6) 国立国会図書館関西館. カレントアウェアネス・ポータル利用者アンケート結果レポート2012.
http://current.ndl.go.jp/files/enquete/2012report.pdf, (参照 2013-01-07).

(7) 芳鐘. 前掲.

(8) 特集: レビュー誌の現在. 情報の科学と技術. 2004, 54(3), p. 101-125.

(9) たとえば藤垣裕子は次の文献でレビュー論文について、「1つの引用が、他の論文群のなかに当該論文を位置づけする役割を果たす”コンパス”、すなわち方位磁針であるとするのなら、引用群によって成り立つレビュー論文とは、論文群の再配置、ある時間断面におけるコンパスの生成である。」と述べている。
藤垣裕子. 総論:ジャーナル共同体におけるレビュー誌の役割. 情報の科学と技術. 2004, 54(3), p. 102-108.
http://ci.nii.ac.jp/naid/10016755057, (参照 2013-01-07).

(10) このあたりの状況については以下の分析がある。
安藤友張. 図書館情報学と教育学のレビュー誌をめぐる現在. 情報の科学と技術. 2004, 54(3), p. 115-119.

(11) 橋詰秋子. 特集: レビュー誌の現在: 動向レビュー誌『カレントアウェアネス』の役割と新たな展開. 情報の科学と技術. 2004, 54(3), p. 120-125.
http://ci.nii.ac.jp/naid/110002826901, (参照2013-01-07).

(12) 前掲.

(13) 江上敏哲. 本棚の中のニッポン: 海外の日本図書館と日本研究. 笠間書院, 2012, 296p.

(14) 前掲. p. 260.

[受理:2013-02-15]

 


村上泰子. 『カレントアウェアネス』の10年: レビュー誌への道、課題、そして展望. カレントアウェアネス. 2013, (315), CA1787, p. 2-4.
http://current.ndl.go.jp/ca1787