CA1783 – イタリアの“パブリック・ライブラリー”の現状と課題 / アントネッラ・アンニョリ

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カレントアウェアネス
No.314 2012年12月20日

 

CA1783

 

 

イタリアの“パブリック・ライブラリー”の現状と課題

 

ボローニャ市図書館協議会理事:アントネッラ・アンニョリ
(翻訳 利用者サービス部サービス企画課:渡邉由利子・わたなべ ゆりこ)

はじめに

 ヴェネツィアのマルチアーナ図書館、チェゼーナのマラテスティアーナ図書館、ボローニャのアルキジンナージオ図書館をはじめ、イタリアには世界的にみても非常に古い図書館が数多く存在する。これらの図書館は、500年という想像を超える歴史を持つ。それらは今でも、我々が現在認識しているような欧州文明の土台となった書物を確実に保存している。

 しかし、ここで取り上げるのはこのような保存図書館(biblioteca di conservazione)(訳註:文書の保存を活動の中心とする図書館の呼称。制度的に規定されているものではない。)ではない。イタリアにおいて、「図書館」という同じ名称を持ちながら保存図書館とは全く異なったサービスを提供し、違った目的をもち、ほとんど共通点のない規則に従って活動を進めている公共読書図書館(biblioteca di pubblica lettura)である。

 この数十年、イタリアは読書のための“パブリック・ライブラリー”という伝統をほとんど持たず、保存図書館に専念してきた。イタリアの人文主義はこれらの素晴らしい図書館を我々に残したが、読書推進につながるような一貫した政策の一端を担うことはなかった。1972年にようやく図書館に関する権限が州に移管され(1)、初めて図書館に関する法が制定され、地方公共団体に属した公共読書図書館ネットワークが、南北では均一ではないながらも発展し始めた。

 

識字教育の遅れ

 この選択(あるいは非選択)の結果、貴重な文化遺産は保護されてきたが、図書館の存在は読書推進にはほとんど影響を与えなかった。2010年に少なくとも1冊の本を読んだのは、イタリア人の2人に1人以下で、2010年8月から10月に少なくとも1冊の本を購入したのは3人に1人だけであり、6冊以上は3%以下だった。1か月に2冊以上本を読むのはイタリア人の2%だけである(2)。歴史的にイタリアでは識字教育がなかなか普及しなかったために、近代国家が必要とする熟練労働者の育成に大きく遅れが生じているという、悪循環がもたらした結果である。

 

イタリアにおける“パブリック・ライブラリー”の位置づけと特徴

 イタリアでは、“パブリック・ライブラリー”が不可欠なサービスとなったことはなく、もっぱら行政の善意と慧眼に委ねられてきた。今日これらの図書館の中には、経済危機と新しいテクノロジーの到来により、存続が危ぶまれているところがある。市民や役人がより重要だと考えている保育園や給食、公共交通機関などの他のサービスと競合しなければならないからだ。これらのサービスは、図書館の日常的な利用者数より多くの市民に提供されている。図書館の利用率は、南部の2-3%から北部のロンバルディアやエミーリアの20%までもの開きがあり、国全体の平均では10%にも届いていない(データは、貸出、オンラインサービスの利用者を表している。勉強や雑誌の閲覧のために来館する学生や高齢者はかなりの数だが、これは数値に表れない)(3)

 周知の通り、イタリアは矛盾に満ちた国である。多くのコムーネ(訳註:日本の市町村にあたる行政単位)が新しい近代的な図書館に投資せず、既存のサービスを削減している一方、このような危機的時期にありながら、新しい図書館を開館するところもある。2012年9月21日、人口約10万人のコムーネであるチニゼッロ・バルサモが、5,400平方メートルの新しい図書館を開館し、また今年の4月には、同じくミラノ地域のメーダという人口2万3千人の小さなコムーネも新図書館“メダテカ”を開館した(図1参照)。新しく誕生した公共読書図書館の特徴としては、既存建築の再利用と、保存図書館からの分離が挙げられる。

 

図1 メダテカ図書館の概観(メーダ)

図1 メダテカ図書館の概観(メーダ)

 

(1)既存建築の再利用
 イタリアには、宮殿、城、修道院、古い邸宅など、世界の中でも特に多くの歴史遺産があるが、大部分は現在使用されていない。さらにイタリアの街は、古い歴史的中心街を取り巻くようになっているため、これらの建造物に図書館を置くのは自然な利用方法だが、もちろんそのための費用はかなりのものとなる。建物は不便で暗く、たくさんの小部屋に分断されていて、図書館としての利用には不向きである場合もある。欧州の基準に従おうとすれば、特に省エネルギーの点で改修に莫大な費用がかかる。また、物理的なだけでなく精神的にも障壁を感じさせるような建物であることもある。その上、これらの建物は良質なサービスを作り出すための必須条件、すなわち、心地よい自然光、開放的かつ広がりのある空間による可動性、近づきやすさ、透明性を満たすことはほとんどない。

 その一方で、サラ・ボルサのような例外的な成功事例もある。この図書館は、ボローニャの中心地、ネットゥーノ広場の古い証券取引所を改修して設置された意欲的な施設であり、今ではイタリアでもっとも重要な図書館となっている。2011年12月の開館10周年記念に、ある市民はこのように書いた「すべての証券取引所は、サラ・ボルサみたいになればいいのに!」。

 アドリア海沿岸の小さな州マルケでは、修道院を改修してつくられたペーザロのサン・ジョヴァンニ図書館(4)が模範事例となっている。

 2010年にはファーノで、古い校舎と地下のローマ遺跡修復に600万ユーロを出資したある企業家の支援により、Memo(Mediateca Montanari)が開館した。残念ながら、これは官民のパートナーシップの唯一の例に留まる(イタリアでは米国であるような寄付による社会貢献の形には慣れてないのだ!)。近隣のウンブリア州では、複数の小さな町で非常に熱心な改修作業が行われていて、州の助成により、修道院や歴史的宮殿のような歴史的建造物が図書館に改修されている(オルヴィエート、グッビオ、テルニ、スポレート、チッタ・ディ・カステッロほか)。

 街の拡大により、郊外の産業建築も街に取り込まれるようになった。これらの建物の図書館への再利用が、現在非常に注目されている。かつては修道院や古い校舎、宮殿を使用することが多かったが、今では、ピストイアでは鉄道車両を製造していた倉庫、プラートやキエーティ、パデルノ・ドゥニャーノでは織物工場(図2参照)、カルピでは帽子製造所、ポンテデーラではピアッジョ社(二輪・軽自動車の製造会社)の工場、カサルプステルレンゴでは穀物倉庫、カステルフランコ・エミーリアでは蒸留所、オペラではなんとプール、そしてオリアーゴとライナーテでは映画館、トレヴィーゾでは体育館、ロナーテでは教会、マントヴァでは畜殺場であったところに図書館が置かれている。ローマでは酪農場ヴァッケリーア・ナルディに、またマイオラーティ・スポンティーニでは閉鎖した古いレンガ工場が廃棄物処理施設の運営利益で修復され、そこに図書館が置かれた。

 

図2 ティラーネ図書館の内部(パデルノ・ドゥニャーノ)

図2 ティラーネ図書館の内部(パデルノ・ドゥニャーノ)

 

(2)保存図書館からの分離
 またイタリアに典型的なもう一つの現象は、保存図書館と近代図書館の分離である。隣のフランスでは、歴史的資料と“パブリック・ライブラリー”のサービスが共存する建物が新しく建造されたが(ボルドー、ポワティエ、モンペリエ、トゥールーズ、ニームなど)、イタリアでは別々に機能を保持することが好まれている。そのため、ピストイアのフォルテグエッリアーナ図書館は、鉄道車両建設工場の内部修復後に開館した新しいサン・ジョルジョ図書館と協力体制にはなく、ペーザロの新しいサン・ジョヴァンニ図書館はオリヴェリーナ図書館から独立し、ファーノのフェデリチャーナ図書館と新しいMemoは関係がない。

 このような選択をどう評価したらいいのだろうか。保存図書館と“パブリック・ライブラリー”の分断により、それぞれの使命が確固として定められる――これは実際のところイタリアのような場合はたぶんそれほど悪くもないだろう――が、それは同時に、一部のエリートのためのものとなってしまっている歴史的記憶を、歴史的資料を豊かにする可能性のある基本的なサービスから分離することになってしまうのである。

 

私が考える図書館

 私が考える理想的な図書館は、従来からの図書館としての特性を失わず、資格取得や講習への登録、結婚といった現実的な問題を解決することができるような、屋根のある広場である。以前から民間では、顧客に一つではなく数多くのものを提供しながら、空間を最大限に活用しなければならないと考えられてきた。たばこ屋では振込用紙で支払いができ、バール(訳註:アルコール飲料や軽食も供する喫茶店)ではインスタント宝くじが買え、新聞雑誌売店では帽子やサングラスを販売している。イケアではガーデンチェアーを買うこともできるが、それだけなく紙ナプキンやスウェーデンの冷凍肉団子も買うことができる。何ら目新しいことではない。顧客をつかみたかったら、彼らが求めるものを(そして彼らが探してはいないものを特に)手の届くところに置かなくてはならないのだ。

 例えば、図書館に証明書の発行機を導入することから始めることもできるだろう。市役所で行列に並べない、あるいは並びたくない人にはとても便利である。ミラノ県の街ペーロでは、空き店舗に設けられた「プント・ペーロ(Punto Pero)」と名付けられた窓口で、給食費や通学費の支払いといった市サービスへの登録ができるが、ここは市民が本を借りるために最も利用する図書館カウンターともなっている。図書館は、情報を見つけるだけでなく、利用者に日常生活の助けを得られる場所であると思われなければならない。

 図書館が、日常の課題に取り組む手助けをし、生活の質を向上する場、すなわち親身なサービスを提供してくれる場という評価を得るためには、このような取組が不可欠である。

 

(1) 1972年1月14日共和国大統領令第3号 地方公共団体の学校教育、博物館及び図書館に関する国の行政機能並びに関連する人員及び事務所の普通州への移管について

(2) Ferrari, Gian Arturo, Libri: tre mesi in Italia. Acquisto e lettura da ottobre a dicembre 2010, intervento pubblico, Biblioteca Casanatense, 2011.

(3) Solimine, Giovanni, L’Italia che legge, Laterza, 2010.

(4) 2010年に日本語に翻訳された『知の広場』でもかなり紹介されている。
アントネッラ・アンニョリ『知の広場』萱野有美訳, みすず書房, 2010, p. 125-131.

 

[受理:2012-11-12]


アントネッラ・アンニョリ. イタリアの“パブリック・ライブラリー”の現状と課題. 渡邉由利子訳. カレントアウェアネス. 2012, (314), CA1783, p. 11-13.
http://current.ndl.go.jp/ca1783