CA1953 – 「常識のカバーをはずそう」~札幌市図書・情報館が変えたこと、変えなかったこと~ / 淺野隆夫

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カレントアウェアネス
No.340 2019年6月20日

 

CA1953

 

「 常識のカバーをはずそう」
~札幌市図書・情報館が変えたこと、変えなかったこと~

札幌市図書・情報館:淺野隆夫(あさのたかお)

 

1. なりたち

 札幌市図書・情報館(1)は、札幌の中心市街地に建てられた「札幌市民交流プラザ」の一角にあり、オペラも開かれる札幌文化芸術劇場(hitaru)、文化活動を支える札幌文化芸術交流センター(SCARTS)と併せ、2018年10月7日にオープンした。

 札幌には既に蔵書83万冊の中央図書館があるが、市の中心部からは交通機関を使っても30分はかかる。ゆえに、気軽に立ち寄れるまちなかの図書館は待望の施設ではあったが、再開発ビルゆえの制限が多く、選択と工夫が連続する準備期間だった(2)

 特に延べ面積は、全体でも1,500㎡程度、通常の図書館では重要視される閉架などのバックヤードは用意する余裕がないところからの苦しいスタートだった。

 この立地は、商業施設やオフィスが密集し、時計台にも近く、働く人々やビジネス・観光で札幌を訪れる人たちが特に多いエリアである。その地域性や、働いている人がさほどアクティブな図書館利用者ではない状況の中でのユーザー層の拡大方策も併せ考えていく中で、「都心に集う主に大人を対象に「札幌の魅力や街の情報」「ビジネスや様々な課題解決に役立つ情報」を提供」する課題解決型図書館というコンセプトが生まれた(3)

 さらに資料のテーマと規模をWork(仕事に役立つ)目標2.5万冊、Life(暮らしを助ける)目標1万冊、そして、劇場との連携の中でArt(芸術に触れる)目標5,000冊に絞り、文学や児童書、絵本のコーナーを置かないなど、サービスの内容を厳選する代わりに質を高めていくこととした。

 

2. 「本を貸さないって、それ、図書館ですか?」

 準備期間に、多くのマスコミの取材を受けたが、番組パーソナリティの取り上げ方は章題と「おしゃべりOK図書館」、「図書館でコーヒーが飲めます」というものが多かった。

 図書の館外貸出サービスは利用者にはなじみ深いものである。しかし、筆者のカウンター業務の経験から、人気の最新刊にはすでに予約がたまっていて、開架に戻るのは数か月後であり、待ちわびる多くの利用者に最新の情報を伝える状況にはなっていないと感じていた。貸出期間が2週間だとすると年間26人程度の貸出しとなる。当館ではアンテナが仕込まれた返却台を使用しており、返却された本に貼られたICタグで閲覧数を計測しているが、3か月で80回以上読まれた本も多数あり、どちらがより効果的な情報提供につながっているのかは一度検討の価値はあると考える。

 ビジネスや健康情報を扱うため、常に最新の情報を多くの人たちに伝える必要があると判断し、館内閲覧のみとした。平日の開館時間を中央図書館より1時間延長し、夜21時までとしたほか、家具の快適性にも気を配り、上質な閲覧環境を心掛けた。さらに、座席の半分近くを予約席としたのは忙しいビジネスパーソンが座席を確保してから、安心して来館してもらうためのものであるが、利用時間を90分(空席時は再度申し込み可能)としたのは、長時間の占有を防ぎ、多くの利用者に使ってほしいためのものであった。

 また、会話や飲み物の持ち込みを可能にしたのも、グループでの調べものや打ち合わせ、そしてレファレンスサービスを快適にするためである。よくマスコミに取り上げられる特徴はすべて、この図書館の利用を快適にし、目的を果たせるようにするためのもの、いわば結果論である。

 

図1 札幌市民交流プラザの外観

 

 

3. 狭さゆえの空間の工夫

 ピアノジャズの名盤など心地よい音楽が流れる館内は、1階がサロン空間と北海道・札幌の魅力を伝えるエリア(約30席)、2階はWork、Life、Artのエリア(約170席)に分かれている。1階の隣にはカフェがあり、コーヒーを図書・情報館に持ち込むことはもちろん、こちらの本を持ち込むこともできる。

 従前の図書館建築は、書架、カウンター、閲覧席の3つのゾーンに分けることが多かったが、2階では大胆に入口から奥までを貫く斜めの動線を取り入れた。このことによって、入口から奥までを見渡すことができ、さらに、札幌の中央図書館では奥側に配置されたレファレンスカウンター(当館ではリサーチカウンターと命名)を2階の真ん中の一番目立つところに配置することができた。

 また、多くのコーナーを作るために三角形で各コーナーを構成し、視認性を高めるため、コーナーの天井もそれにあわせて下げた。遠くから見ても、そこが何かのコーナーであることがすぐにわかる。あわせて、天井からのぶら下がりサインや壁に掲示するサインは廃し、主役である本が目立つよう、シンプルな空間を作った。席は用途に合わせ、ワーキング席(1人用)、グループ席(2人から4人)、ミーティングルーム(5人から12人)を用意したほか、集中したい利用者のためにリーディングルーム(1人用、会話・パソコン不可)も用意した。これらはすべて座席予約システムで予約が可能である。残りの半分は自由に気軽な雰囲気で本を読んでもらえるよう、自由席として、色とりどりのデザイン性の高い椅子を配置したり、本棚と本棚の間にベンチをつくったり、奥の本棚が見えるように手前の棚をくりぬいたり、「ひとが本と一体となって楽しんでいる」シーンが外からも見え、あそこで本を読んでみたいと思ってもらえるような演出も考えた。

 

図2 グループ席(2階)

 

 

図3 平面図

 

 

4. ひとに寄り添う選書

 当館は課題解決型図書館を標ぼうしているが、実際の利用者の課題とは、もっとはっきりとしない、もやもやとしたものではないだろうか。

 司書には、自分も含めて、友達や家族や自分とかかわってきた人たちがどのような悩みや課題を持っていたか、一度、回想してみてほしいとお願いをした。ひとの悩みに寄り添い、課題をまずは明確にすること、つまり「こういうことで悩んでいたんだ」と思えるような小テーマを定めて、それにより選書をしている。ひとたび、その課題を明確化できれば、あとは当館での専門家による相談窓口やセミナーによって解決に導いていく、というのが当館の考える課題解決である。

 当館の入り口に大きなタペストリー風のサインで当館サービスのコンセプトをわかりやすく表現した「はたらくをらくにする」を掲示してもらった。人々にとって働くことは、本来楽しいことだが時には苦しいことがある、そんなときに一冊の本や一つの言葉を知ることで心が楽になることがある。こうした本や言葉に出会って、また楽な気持ちで働けるように、という想いを込めて選書を行っている。

 また、ビジネスパーソン支援に本当に求められているものは何か、今一度、調べる必要があると考え、当館から半径1.5km以内の企業に、必要な図書・資料の情報を調査した。「ビジネス実務の分野で、特に充実させてほしい図書・資料は何か」の設問に対して、首位が予想されていた「各職業の専門書」が2位にとどまり、1位が「ビジネスマナー・仕事術」、3位が「人間関係・コミュニケーション」となった。大きな驚きとともに興味深く結果をとらえ、専門書や統計資料ばかりではビジネスパーソン支援としては、ニーズを把握しきれないことが心に染みてわかった。

 

5. 司書、棚づくりにこだわる

 さらに、この図書館の真価を支えている最大の要素は16人の司書である。もし、この司書の存在を抜きにして、亜流のものを作ったとしても、同じような成果は得られないことを確信している。書籍のバイヤーであれば初期の棚を作ることはできると思うが、長年の司書スキルがなければ除廃棄も含めて棚の世話ができないことに加え、札幌・北海道で長く利用者と接し、あるいは自分もここに生まれ、友人、家族と生活してきたことから得たセンスもまた必須である。

 当館の特徴のひとつとして「日本十進分類法(NDC)による配架をしない」ことがあるが、これもひとに寄り添う選書、配架を推し進めた結果である。16人の司書が、それぞれひとつひとつの棚を担当し、作り上げている。例えれば、企画展示を考え、それを棚に入れてしまった、と言えばわかりやすいだろうか。

 とはいえ、今までやったことのない挑戦である。進むにつれ、いくつかの課題を抱え、手が止まることもあった。その時、初対面のブックディレクターの幅允孝(はば・よしたか)氏に助言をお願いし、窮地を救ってもらったこともあった。

 Workのエリアでは自分の業界の棚に行けば必要な情報がすべてそろうようにまとめられている。またLifeのエリアでは働く人たちの生活に必要な情報とは何かをイチから考え、それらを項目立てしてふさわしい本を並べている。このようなテーマを決めてから本を選び、手に取りやすいように並べる。これも従来の公共図書館ではやってこなかったチャレンジだと司書は話している。

 そして、テーマも面白そう、読んでもらいたいと思ってもらえるよう言葉を和らげたり、問いかける表現にするなど工夫している。例えば、「文章上手になりたい!」「上司の苦悩」「出会いもあれば…(離婚の棚)」「誰か教えて!(恋愛の棚)」などである。

 加えて、本棚の一部に磁石で着脱可能な赤い枠で囲んだコーナーを設け、ハコニワと呼んでいる。ここには旬のトピックや好奇心をかき立てるテーマを決めて期間限定で並べている。

 これらの工夫によって、これまで関わりのなかった本や分野にも興味を持ってもらったり、知識の広がりを感じたりしてもらいたい、これが司書の一番の願いである。

 

図4 ハコニワ「女性がただただ普通に働ける社会」

 

 

6. そして、何が起こったか

 開館前の予想利用者数は年間30万人であったが、開館日に1万人の入場があって以降、開館から約半年、途切れず日に3,000人程度の利用者を数えており、このままでいくと予想の3倍、年間100万人に届きそうな勢いを、このたった1,500㎡の図書館は持っている。

 実際、利用者からは「ここができたおかげで本の世界に戻ってきました」という声をよく聞く。そして実際に夜間の時間帯はビジネスパーソンを中心に予約席が満席になるが、予想外に午後の時間帯も一般の利用者で満席になることも多い。

 出版不況が叫ばれる現在ではあるが、司書のキュレーション力を効かせ、手に取りやすいように並べ、快適な空間を保つことで、まだまだ日本の出版物がこれほどのファンを集めることがわかった。

 先日、市内の大手書店の店長さんが、当館で行った公開フォーラム(4)で「札幌市図書・情報館さんができると知って当社の最寄り店は『売上が減るんだろうか?』と身構えていましたが、結果は真逆。売上は伸び、新たなビジネスマン層も獲得できました」と発言されたのを聞き、職員一同本当にうれしく感じた。出版社も書店も図書館も、本にまつわる関係者である。ともに本の世界を広げていきたいと考えている。

 

7. 図書・情報館から見えてきたこれから

 多くの視察を受けているが、最近は、都市計画、エリアマネジメントの関係者からのものが多くなってきている。これだけしかない面積でも、「図書館が街の中で人の流れを作り、交流を生むことがわかった」との声が寄せられている。図書館の新設計画はいくつか聞くが、現在の財政状況の中、単独館での建て替えは難しく、民間施設も視野に入れての複合館が多くなると思う。しかし、それとて一段落していく中で、もっと人々の暮らしの中に図書館サービスを組み込んでいく中では、とても小規模なライブラリーでも併設してもらえるよう、新たなビル、施設を建設する地権者に対して図書館サービスのノウハウや人材を提供していきたいと考えている。これが筆者の考えるエンベデッド・ライブラリー(組込み型図書館)である。

 また、次の図書館界のビジョンとしては「インプットに加え、アウトプットも」だと感じている。毎日、図書館資料を片手に多くのグループがここで話し、考え、アイディアをまとめている。そして、1階のサロンではビジネストークライブなど、その発表の機会を当館が設けることも始まっている。

 極言すれば、なんでもスマートフォンからの一方的な情報発信で解決できるようになった(と思っている)時代に図書館の存在感、プレゼンスを上げていくために自身がすべきことは、人々の交流や(例えば六次産業化のセミナーの後、試食をするなど)五感から生まれる「ダウンロードできない価値」も提供するような場としての役割であると考えている。当館ではそれに向けた試みもスタートしているが、紙面が尽きた。この話はまた別の機会に改めてまとめたいと思う。

 

(1) “札幌市図書・情報館”. 札幌市民交流プラザ.
https://www.sapporo-community-plaza.jp/library.html, (参照 2019-04-18).
“札幌市図書・情報館”. 札幌市の図書館.
https://www.city.sapporo.jp/toshokan/infolibrary/index.html, (参照 2019-04-18).

(2) “札幌市図書・情報館開設にむけての取り組み”. 札幌市の図書館.
https://www.city.sapporo.jp/toshokan/infolibrary/torikumi.html, (参照 2019-04-18).

(3) 札幌市, (仮称)市民交流複合施設整備基本計画. 札幌市, 2013, 78p.
http://www.city.sapporo.jp/kikaku/downtown/project/documents/kihonkeikaku_honpen.pdf, (参照 2019-04-18).

(4) 札幌市図書・情報館. “進化する図書館 ~本の話をしよう”. 札幌市民交流プラザ.
https://www.sapporo-community-plaza.jp/event.php?num=444, (参照 2019-04-18).
一般社団法人北海道デジタル出版推進協会. “セミナー「進化する図書館~本の話をしよう」が開催されました。”. 一般社団法人北海道デジタル出版推進協会. 2019-02-18.
http://www.hoppa.or.jp/archives/2117, (参照 2019-04-18).

 

[受理:2019-05-15]

 


淺野隆夫. 「常識のカバーをはずそう」~札幌市図書・情報館が変えたこと、変えなかったこと~. カレントアウェアネス. 2019, (340), CA1953, p. 20-23.
http://current.ndl.go.jp/ca1953
DOI:
https://doi.org/10.11501/11299457

Asano Takao
“Let’s Take Of the Cover of Common Sense”… What the Sapporo Municipal Library and Information Center Changed and Did Not Changed