E887 – 紙の本/電子書籍の現状と,文学,図書館のこれから <報告>

カレントアウェアネス-E

No.143 2009.02.04

 

 E887

紙の本/電子書籍の現状と,文学,図書館のこれから <報告>

 

 2009年1月24日,日本ペンクラブと追手門学院の共催によるセミナー「紙の本のゆくえ…文学と図書館の新しい挑戦」が大阪で開催された。これは,近年の出版コンテンツのデジタル化の急速な進展や,「ケータイ小説」(E856参照)など初めからデジタルで出版されるボーンデジタルのコンテンツの流行を踏まえ,文学とは何か,文学作品の流通・利用・保存とは何か,これまでは紙の資料を中心に収集・整理・提供・保存してきた図書館の役割は何か,を改めて考えることを目的として,講演,討論の二部構成で行われた。

 第一部では,作家の三田誠広氏が「ネット社会と文芸著作権」,国立国会図書館長の長尾真氏が「ディジタル時代の図書館の役割」と題し講演を行った。三田氏は,文化庁著作権審議会等における著作権関連の議論(著作権保護期間延長,権利者不明の著作物の利用のための簡易な裁定制度,フェアユース等)の状況などを紹介した上で,著作権保護期間の延長や,図書館による複本購入の削減・複数種類の本の購入といった,日本の文芸文化を支えていく仕組み・体制の必要性を訴えた。長尾氏は,出版が電子の世界に移っていく潮流を踏まえ,多くの読者が読書用端末で電子書籍を読書する「ディジタル時代」の望ましいあり方を議論する素材として,国立国会図書館の納本資料のデジタルアーカイブ化(E805参照),そのデジタルコンテンツの利用者への提供方法,出版社・権利者も含めたビジネスモデル,を提案した。

 第二部ではまず,司会を務めた夙川学院短期大学准教授の湯浅俊彦氏が,ケータイ小説を含む電子書籍の動向と,図書館側の取り組みについての概要を紹介した。その後,三田氏・長尾氏に,追手門学院大学教授の永吉雅夫氏,中西印刷専務取締役の中西秀彦氏が加わり,討論が行われた。討論では,デジタルデバイスやフォーマットの急速な変化に応じたコンテンツの「書き換え」の必要性,ケータイ小説が文学であるか否か,ケータイ小説が生まれ普及した背景,編集作業の役割,雑誌連載→単行書→文庫→全集といった従来の文芸出版モデルの衰退,ボーンデジタルコンテンツの保存,長尾氏が提案したモデルにおける公共図書館の位置づけ,そのモデルにおける出版社・作家への補償の必要性,図書館における司書職の役割,公共貸与権(CA1579参照)の意義など,数多くのトピックが論じられた。近世・近代日本文学の研究者である永吉氏からは,ワープロを使って執筆した最初の作家とされる安部公房を例に挙げ,紙とデジタルにおける「版」の同定の問題が提起された。また中西氏からは,近年の電子ジャーナルの普及等に伴い印刷業界が危機的な状況に陥っていること,電子的に作成された過去の印刷版下を用いて再版しようとしても,デジタルデバイスの変化が早すぎて使えなくなってしまっていることが多い現状が紹介された。その後の会場からの質疑応答からは,紙の書籍,電子書籍の利用における「世代間の差異」が話題となった。

 各パネリストの講演・討論からは,各々の職業・立場を背景とした視点の相違が明確に現れた。しかしそのいずれもが,急速に変化しつつある出版,そしてそれに関わる文学・図書館・研究・印刷の現在と今後のあり方を,考え,また互いに議論していかなければならないという問題意識に立脚したものであった。「1億総クリエイター」と言われている現在,文化を創り,それを遺す営みに関わる者すべてにとって,本セミナーで提起された諸問題は大きく,重要なものであると感じた。(国立国会図書館・村上浩介)

Ref:
http://www.otemon-osakajo.jp/usr/index.php?c=course_view&pk=1226113998
CA1579
E805
E856