CA1579 – 動向レビュー:公共貸与権をめぐる国際動向 / 南亮一

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カレントアウェアネス
No.286 2005.12.20

 

CA1579

動向レビュー

 

公共貸与権をめぐる国際動向

 

1. 公共貸与権とは

 公共貸与権(public lending right:「公共貸出権」「公貸権」ともいう。)を一言で説明すると,「図書館の貸出しに着目して何らかの金銭を作家に支給する制度」となる。このような制度は現在,西欧諸国を中心に,だいたい20か国程度で設けられている。

 この制度の名称には「権」という言葉が含まれているため,著作権のように,あたかも著作物の原作品または複製物の貸出しを禁止する権利であるかのような印象を受ける。しかし,このような名前が付けられたのは沿革的な理由(1)からに過ぎず,権利の性質とは何ら無関係である。

 また,著作権の場合は,通常その利用者から著作権使用料や報酬などの支払いを受ける。これに対し,公共貸与権の場合には,ごく少数の例外を除き,その財源を利用者である図書館ではなく,国や地方自治体が負担する仕組みを採用している。

 その上,制度の中身が国ごとに大きく異なる。作家に支給される金銭の算定根拠に貸出し回数を用いるところがあるかと思えば,所蔵冊数や図書館への販売金額を用いるところもある。対象図書館を公共図書館に限定するところもあれば,学校図書館や大学図書館まで対象としているところもある。作家に支給される金銭に上限や下限が設けられることもある。対象資料についても,純文学作品に限定するところもあれば,絵本や音楽CD,視覚障害者のための録音図書まで含めるところもある。

 さらにいえば,根拠法令の種類も異なる。著作権法の中に規定を置く国,著作権法とは別の法律を根拠とする国,何らの根拠も持たず,国の政策として行われている国の3つに分かれる。公共貸与権に係る財源の使途も,作家への支給にのみ用いられるところ,年金の掛金や執筆のための取材旅行の経費などにも充当されるところもある。

 このように,公共貸与権の内容は,国ごとにまちまちである。その目的も,自国語の普及,文芸文化の発展,作家の生活保障など様々であり,作家への補償という性格を全面に出している国は,英国などのごく少数の国にとどまっている(2)。公共貸与権の導入のための議論を行う際には,これらの差異を念頭に置いて行う必要があるものと考える。

 

2. 海外における公共貸与権制度の導入状況

 公共貸与権というアイデアは,それほど古いものではない。約120年前の1883年,ドイツの作家団体が提唱したのが最初といわれている。そして,これが北欧諸国にも伝わり,1918年にはデンマークで,次いで他の北欧諸国でも作家側が公共貸与権の導入を主張した。

 その結果,この制度は1942年にデンマークにおいて世界で初めて設けられ(3),その後,ノルウェー(1947年),スウェーデン(1955年),フィンランド(1961年)と,北欧諸国で相次いで設けられた。そして,オランダ(1971年),アイスランド(1972年),ドイツ(同年),ニュージーランド(1973年),オーストラリア(1974年),オーストリア(1977年),英国(1979年),カナダ(1986年),イスラエル(同年),フランス(2003年)という順で設けられ,現在では,新規に欧州連合(EU)への加入を考えている国々や,ベルギー(4)やイタリアなどのように,後述するEU指令の実施状況が不十分としてEU当局から欧州裁判所に訴えられた国々において,導入または導入の準備が行われている。

 なお,ベルヌ条約その他著作権に関する国際条約において各国に貸与権を設けるよう要求しているのは,レコード,プログラム,映画の商業的貸与についてのみであり,公共貸与権のような書籍の貸出しについては対象とされていない。したがって,国内法を国際条約の内容と一致させるという観点から公共貸与権を設ける必要はないため,この方向での導入はなされていない。

 

3. EU諸国で導入が進んでいる理由

 EU諸国でこのように公共貸与権の導入が進んでいる理由は,一本のEU指令の存在にある。

 EU理事会は,1992年11月19日,「貸与権及び貸出権並びに知的所有権分野における著作権に関係する権利に関する1992年11月19日の欧州理事会指令」(5)を採択した。なお,「欧州理事会指令(以下「EU指令」という。)」で定められている規定については,EU諸国での実施が義務づけられている。このEU指令も,1994年7月1日までに国内法に導入するための必要な措置を採ったうえで実施することが義務づけられている(第15条)。

 このEU指令は,EU諸国に対し,貸しビデオ業や貸しレコード業のような,営利を目的として行う貸与について働く権利である「貸与権」と,図書館での貸出しのような,営利を目的としない貸与について働く権利である「貸出権」を,国内法に設けることを義務づけた(6)(第1条(1))。

 ただ,このEU指令においては,貸出しに対する補償金制度が設けられている場合には,貸出権を設けなくてもよいこととしており(第5条(1)),このEU指令の施行前に公共貸与権を導入していた国は,この規定を適用した。また,この補償金制度による支払い対象からの特定施設の除外を認めている(同条(3))。

 ただ,EU当局は,第5条(3)の特例規定の対象に図書館を含めることに否定的なため,今後,EU加盟を目指す国においては,少なくとも貸出しについての補償金制度を設ける必要があり,結局,公共貸与権の導入を迫られることになるのである。

 EU諸国やEU加盟を目指す国において公共貸与権の導入の動きが盛んなのは,作家の経済的権利を保護するなどのような国内的な事情によるものではなく,このように,EU諸国に公共貸与権の導入を義務づけるEU指令が存在するからに過ぎない。公共貸与権の導入の是非を議論する際には,この点も踏まえて行う必要があるものと考える。

 

4. 日本における状況

 公共貸与権制度の導入については,日本においても,出版不況が叫ばれるようになった1990年代末から様々な議論が起こった(CA1528参照)(7)

 まず,図書館におけるベストセラーの貸出しが問題視された。すなわち,住民は自分で本を買わずに図書館で借りて読み,図書館は住民のリクエストに応えてベストセラーを重点的に収集し,貸し出している。これでは図書館はただの「無料貸本屋」でしかないではないか,という主張である(8)

 そして,このような図書館の貸出しが,出版不況とつなげて考えられた。出版物の売上げが減少している原因のひとつが図書館の貸出し数の増加にあるものと結論づけ,その解決策として,図書館一館が所蔵する同一タイトルの書籍の冊数に上限を設定することや,貸出し回数に応じた「補償金」の支払い制度の新設などが提唱された。

 このような状況の中,奇しくも2000年10月,当時の著作権審議会(2001年からは文化審議会著作権分科会)において,図書館に係る著作物等の利用に関する著作権制度の見直しの検討が始まった。この検討を行う委員会の委員である社団法人日本文藝家協会の三田誠広氏は,その場において,図書館における貸出しについて補償金の支払いを求める要望を出した(9)が,同分科会の報告書では両論併記とされ,当事者間での検討に委ねられた。そして,2002年2月から同年9月までの間に当事者間での検討が行われた。なお,この検討と並行して,同年6月6日,日本文藝家協会は,「公共貸与権の実現と,国家による基金の設立」に関する「要望書」(10)を,文部科学大臣と文化庁長官に提出した。なお,この要望においては,貸出し補償金の支払いを,図書館ではなく国家基金に求める内容となっており,同協会の要望内容の変化が読み取れる。

 そして,この検討の結果,「図書館側からは,補償金制度導入の可能性について反対はなかったが,権利者団体側において,実現・運用可能な補償金制度の具体的内容を検討した後,両者間の協議を行うことで,両者の意見が一致した。(法改正の具体的な内容に係る検討は,その後に行う。)」(11)という合意がなされた。

 ところが,同分科会では,このような当事者間の合意内容にかかわらず,法改正を行うことが適当との結論を出した。すなわち,2003年1月24日に公表された同分科会の報告書 (12)においては,「図書館資料の貸出について補償金を課すこと」を「法改正を行う方向とすべき事項」として整理したうえで,「著作権法第38条第5項に規定されているような非営利・無料の貸与に係る補償金制度の対象を将来「書籍等」に拡大することによって対応するという方向性そのものに関しては,法制問題小委員会においては基本的に反対はなかった。しかし,権利者側・図書館側双方に,具体的な補償金制度等の在り方について協力して検討したいという意向があることから,当面その検討を見守ることとし,その結論が得られた段階で,必要な法改正の内容を具体的に定めることが適当である」と結論づけた。この結論は,以後の文化庁の公共貸与権制度への取組みについての公式見解となっており,同分科会ではこれ以後,公共貸与権の検討を現在まで行っていない。

 このような著作権行政の動きと並行して,作家・出版社側と図書館側は,シンポジウムの開催,図書館における著作物の利用をめぐる当事者間協議の場での話し合い,作家・出版社側と図書館側との個別の話し合いを通じて,議論を続けた。ところが,図書館の貸出しと出版物の売上げとの関係に関する認識が両者の間では著しく異なるため,議論が平行線をたどっていた。

 そこで,議論の基盤となる事実関係を共有するため,2003年7月,日本書籍出版協会と日本図書館協会が共同で,公共図書館における貸出しの実態調査を行い,同年10月に調査結果を公表し,2004年3月に報告書を出した(13)。この結果の公表以降,公共貸与権導入の動きが停滞化したことから,この調査を通じ,図書館の貸出しが「複本大量所蔵・大量貸出し」という状態にはなかったという理解がなされたものと思われる。

 2004年3月5日,日本図書館協会は,図書館界としての最初の意見表明である「図書館における貸与問題についての見解」(14)を発表した。ここでは,日本の図書館をめぐる状況が欧米先進国と比べてあまりにも貧しい状況であるため,公共貸与権の導入を議論するのは時期尚早である旨が主張されている。

 日本文藝家協会と日本ペンクラブは,日本図書館協会に対して,公共貸与権についての共同声明への参加を呼び掛けた。この共同声明は,図書館をめぐる状況の改善と公共貸与権制度の導入を柱としたものであるが,結局実現しなかった。この声明は,2005年11月8日,日本児童文学者協会,日本児童文芸家協会,日本推理作家協会,日本文藝家協会,日本ペンクラブの文芸作家関係5団体の連名で,「図書館の今後についての共同声明」(15)という形で発表され,文化庁,図書館関係団体に送付された。この声明では,国及び地方自治体に対し,(1)図書館予算の増大,(2)専門知識をもつ図書館司書の増員及び(3)国家または公的機関による著作者等への補償制度の確立の3項目を要望している。なお,この声明について日本図書館協会は,「共同声明で図書館への理解,協力を示されていることについては心から感謝するものであるが,「著作者等への補償制度」が「図書館の貸出しに対する補償金」との考え方をされていることについては賛成できない旨をかねてから表明している。文芸文化を護ることは,図書館も含めた国民の知的基盤にとって大事なことであり,そのために著作者,出版社など関係者との協力を強めていくものである」と表明している(16)

 

5. 国際図書館連盟(IFLA)での論議

 最後に,IFLAにおける公共貸与権をめぐる論議を紹介する。

 2004年8月にブエノスアイレスで開かれたIFLAの評議会において,スペイン代表から「図書館における公衆への貸出しの防御に関する決議」と題する決議案(17)が提案された。この決議案は,とりわけ開発途上国を対象として,貸出権または貸出補償金の対象から図書館を除外するための支援をIFLAが行うという内容であるが,公共貸与権の実施国代表からの強い反対意見があった。そこで,スイス代表からの提案により,IFLAの運営理事会において決議案の取扱いが協議されることとなり,その結果,著作権等法的問題委員会で検討されることとなった(18)。同委員会は2005年4月,「公共貸与権に関するIFLAの立場」と題する文書(19)を公表し(E318参照),図書館での無償アクセスを危険にさらす「貸出権」という概念には賛同できないとした上で,(1)財源が図書館予算とは別の国家予算から支出される必要があること,(2)開発途上国においては貸出権は設けられるべきでないこと,(3)公共貸与権の導入の動きがある際には,これによって著作者が利益を得る代わりに情報アクセスが阻害され,図書館予算が削られることを図書館員が主張することなどを勧告した。

 結局,この決議案は採用されなかったわけであるが,その副産物として,「公共貸与権に関するIFLAの立場」が,世界の図書館団体が公共貸与権の導入の動きに対応するための指針となったことは大きい。日本の図書館団体においても十分参考になるものと考える。

調査及び立法考査局文教科学技術課:南 亮一(みなみ りょういち)

 

(1) 著作権法の権利の一つである「公演権 (public performance right)」の名称をもとに,英国での公共貸与権導入派によって名付けられた。

(2) 諸外国の公共貸与権制度の実態については以下に詳しい。
公貸権制度に関する調査研究:公貸権委員会. 東京, 著作権情報センター, 2005, 108p.

(3) その後,ドイツに占領されたため,制度の実施は1946年からである。

(4) 制度自体は1995年に既に著作権法上に設けられていたが,下位法令が未制定状態のため,実効性がないままとなっていた。

(5) 92/100/EEC (COUNCIL DIRECTIVE 92/100/EEC of 19 November 1992 on rental right and lending right and on certain rights related to copyright in the field of intellectual property). (online), available from < http://www.wipo.int/clea/docs_new/en/eu/eu021en.html >, (accessed 2005-11-18).

(6) このEU指令においては,当初は貸出権を設けることにはなっていなかった。ところが,制定過程において利害関係団体からの意見聴取を重ねるうち,EU域内の市場においては商業的貸与と非営利貸与とが密接に関連することがわかった。そして,著作物の商業的貸与に係るEU域内の市場の発展のためには,貸与権にあわせて貸出権を設ける必要があるという結論となり,貸出権が設けられることとなった。

(7) このあたりの議論の経過は以下に詳しい。
根本彰. “第一章 ベストセラー提供と公貸権について考える”. 続・情報基盤としての図書館. 東京, 勁草書房, 2004, 1-56.

(8) 津野海太郎. 図書館という理想のゆくえ. 図書館雑誌. 92(5), 1998, 336-338. ; 林望. 図書館は「無料貸本屋」か–ベストセラーの「ただ読み機関」では本末転倒だ. 文藝春秋. 78(15), 2000, 294-302. ; 楡周平. 図書館栄えて物書き滅ぶ. 新潮45. 20(10), 2001, 116-123. など。

(9) 2001年5月31日開催の文化審議会著作権分科会情報小委員会図書館等における著作物等の利用に関するワーキング・グループ(第2回)において,三田誠広委員が要望を行った。
文化審議会著作権分科会情報小委員会図書館等における著作物等の利用に関するワーキング・グループ(第2回)議事要旨. 文部科学省, 2001-05-31.(オンライン), 入手先< http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/005/010501.htm >, (参照2005-11-10).

(10) 協会からの各種声明文:要望書. 日本文藝家協会.(オンライン), 入手先< http://www.bungeika.or.jp/20020606.htm >, (参照2005-11-10).

(11) 2002年9月27日開催の文化審議会著作権分科会法制問題小委員会(第4回)の資料3「「教育」「図書館」関係の権利制限見直しの概要」. (オンライン), 入手先< http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/020902b.htm >, (参照2005-11-10).

(12) “第1章 法制問題小委員会における審議の経過”. 文化審議会著作権分科会審議経過報告. 2003-01. (オンライン), 入手先< http:/www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/toushin/030102b.htm >, (参照2005-11-18).

(13) 日本書籍出版協会ほか. 公立図書館貸出実態調査2003報告書. 2004-03, 67p. (オンライン), 入手先< http://wwwsoc.nii.ac.jp/jla/kasidasi.pdf >, (参照2005-11-18).

(14) <資料>図書館における貸与問題についての見解. 図書館雑誌. 98(4), 2004, 196.

(15) 図書館の今後についての共同声明. 日本文藝家協会. 2005-11-08. (オンライン), 入手先< http://www.bungeika.or.jp/200511seimei-toshokan.htm >, (参照2005-11-10).

(16) 日本図書館協会メールマガジンの2005年11月9日付けの記事による。

(17) Resolution on defence of Public Lending by Libraries. IFLA Council Resolution. 2004. (online), available from < http://www.ifla.org/IV/ifla70/Resolution.htm >, (参照2005-11-10).

(18) Minutes of Council Meeting, 23 and 27 August 2004, Buenos Aires, Argentina. International Federation of Library Associations and Institutions. (online), available from < http://www.ifla.org/IV/ifla70/Minutes-08-2004.pdf >, (参照2005-11-10). ; 国立国会図書館IFLAブエノスアイレス大会派遣団. 地域の発展, 世界の共存のために. 国立国会図書館月報. (525), 2004, 1-3.

(19) Committee on Copyright and other Legal Matters (CLM) . THE IFLA POSITION ON PUBLIC LENDING RIGHT. 2005. (online), available from < http://www.ifla.org/III/clm/p1/PublicLendingRigh.htm >, (参照2005-11-10).

 

Ref.

南亮一. 公貸権制度. 名和小太郎ほか編. 図書館と著作権. 東京, 日本図書館協会, 2005, 124-138.

 

南亮一. 図書館をめぐる著作権に関する最近の動向. 図書館雑誌. 99(7), 2005, 430-433.

南亮一. 「公貸権」に関する考察–各国における制度の比較を中心に. 現代の図書館. 40(4), 2002, 215-231.

南亮一. 公貸権に関する論点. 出版ニュース. (1943), 2002, 6-9.

 


南亮一. 公共貸与権をめぐる国際動向. カレントアウェアネス. (286), 2005, 18-21.
http://www.ndl.go.jp/jp/library/current/no286/CA1579.html