E708 – 学術機関リポジトリの課題と次なる戦略は?<報告>

カレントアウェアネス-E

No.116 2007.10.31

 

 E708

学術機関リポジトリの課題と次なる戦略は?<報告>

 

 国立情報学研究所(NII)による「学術機関リポジトリ構築連携支援事業」(E654参照)により,日本でもすでに60以上の大学・研究機関で学術機関リポジトリ(IR)が開設されている。一方,IRの構築・導入から,教育研究成果の確実な収集・発信と効果的な利用へと,IRの活動は新たな段階を迎えている(CA1628参照)。このような状況下におけるIRのコンテンツ利用について,コンテンツ作成者・利用者双方の立場から意見交換を行うシンポジウム「大学のたわわな果実がどれほど甘く熟しているのかをじっくり味わうには:機関リポジトリによる教育研究成果の発信と効果的利用」が,京都大学図書館機構公開事業として,2007年10月24日に開催された。

 まず文部科学省研究振興局情報研究推進専門官の膝舘俊広氏と,名古屋大学附属図書館長の伊藤義人氏による講演が行われた。

 膝舘氏はIRに関するこれまでの動向を大学図書館に対する各種審議会報告書などから敷延するとともに,各大学で行われている新たな取り組みの紹介と現在直面している課題,IRに対する文部科学省担当部局の考え方,IRを利用した新たな事業の紹介,および各関係者(文部科学省,NII,大学)の今後の役割について報告した。

 伊藤氏は,大学にとってのIRの役割,名古屋大学学術機関リポジトリの特徴,およびIRに立ちはだかる課題について報告するとともに,IRの新たな展開例として,電子出版プラットフォームとしての利用を提案した。

 次にコンテンツ作成および提供者の立場から,京都大学人文科学研究所教授の武田時昌氏と同数理解析研究所教授の長谷川真人氏が発表を行った。

 武田氏は人文科学研究所が,共同研究の成果,国際シンポジウム報告書,刊行物,および教育活動の記録をIRを通じて発信する決断を下したことを紹介し,情報発信が現在ばかりでなく,同時に未来に対する活動として永続性を有することについて,「学者の不死願望」というキーワードを用いて説明した。また,研究所が公開している各種データベースによって資料の可視性が向上し,図書館利用の活性化につながっていることを指摘した。

 一方長谷川氏は,研究に占めるオンライン情報の比重の高まりを前提とした上で,英語インターフェイス環境の欠落,コンテンツやメタデータの品質といった観点から,現在のIRは研究に耐えられないものであると指摘し,海外を含めた学外者に対する配慮,コンテンツ提供者によるメタデータ情報の提供強化を提言した。

 続いて京都大学附属図書館情報管理課の村上健治氏による,京都大学学術情報リポジトリの実務と拡充方針に関する報告があり,最後にパネルディスカッションが行われた。会場からはIRの哲学やアイデンティティ,著作権処理に関する課題,「学術機関リポジトリ構築連携支援事業」終了後の費用負担の問題といった質問が,各パネリストに寄せられ,活発な意見交換が行われた。とりわけIRの哲学やアイデンティティを問う声に対しては,研究成果をオンライン上に浮遊させることが重要であり,そのためにもIRをゆるやかなコンセプトで運営していくこと,最先端の研究成果の公開とより幅広い内容の研究成果公開という2つの方向性が存在していること,などの見解がパネリストから披露された。大学が生み出した「甘い果実」である教育研究成果の収集・保存・発信の在り方が示されるなど,充実した議論が展開された。

 なお資料の一部は,京都大学学術情報リポジトリで公開されている。

(国立国会図書館:上山卓也)

Ref:
http://www.kulib.kyoto-u.ac.jp/modules/news/article.php?storyid=220
http://www.kulib.kyoto-u.ac.jp/modules/tinyd5/content/H19koukai_poster.pdf
http://hdl.handle.net/2433/48908
http://hdl.handle.net/2433/48909
http://hdl.handle.net/2433/48910
CA1628
E654