E2852 – 米国国立衛生研究所(NIH)の新ポリシーの発効に伴う大学図書館の対応

カレントアウェアネス-E

No.515 2025.12.18

 

 E2852

米国国立衛生研究所(NIH)の新ポリシーの発効に伴う大学図書館の対応

琉球大学附属図書館・新垣愛里(あらかきあいり)
九州大学附属図書館・大澤紗都(おおさわさと)、兵藤健志(ひょうどうけんし)
九州大学・石田栄美(いしたえみ)

 

●はじめに:調査の背景と目的

  米国では、大統領府科学技術政策局(OSTP)のいわゆるNelson Memo(2022年発表;E2564参照)を契機として、連邦政府の助成による研究成果の即時公開を求める動きが進んでいる。とりわけ米国国立衛生研究所(NIH)は、NIHの助成を受けた研究者に対して、研究データの管理と共有に関する計画の提出を求めるData Management and Sharing Policy(2023年発効、以下「DMS Policy」)と論文の即時オープンアクセス(OA)を義務付けた新たなPublic Access Policy(2025年発効)を定めている。

  本稿の著者らは、このような状況下における、研究データ管理・公開支援の最新動向を把握するため、国立情報学研究所による「AI等の活用を推進する研究データエコシステム構築事業研究データ管理スタートアップ支援事業」の援助を受け、2025年9月、米国の研究大学を訪問し、図書館を中心として研究データ管理支援を担う部門の担当者に、聞き取りを行った。本稿では、訪問先のうち、イリノイ大学アーバナシャンペーン校およびミネソタ大学におけるDMS Policyへの対応を主に紹介する。

●イリノイ大学

  DMS Policyの発効に伴う対応については、研究データサービス部門の年次報告である「RDS Campus Annual Report」によると、2023年度には、データセットのキュレーションやデータ管理計画(DMP)のレビューといった標準的な活動に加え、説明会やワークショップ等のアウトリーチも活発に実施していた。特にDMPのレビュー依頼は、前年度の9件から30件に急増していた。

  担当者は、「研究者にとって非常に大きな変化だったため、約2年間はNIHへの対応に業務の重点を置いた」と話した。担当部門で行ったこととして、DMS Policyが発効する前に、多くの説明会を行い、研究者がDMS Policyについて理解できるよう試みた。また、ウェブサイトへの掲載や部門のメールマガジン「Data Nudge」において、情報発信を行ったとのことだった。可能な限り多様な方法で事前に周知し、準備を整えてもらおうと努めていた。

●ミネソタ大学

  ミネソタ大学では、大学への助成金のうち約30%をNIHが占めている。これまでにない要件が加わったDMS Policyにより、担当者は「我々にとって最大の試練の一つは、圧倒的な数の質問を受け」、「多くはNIHに関するもの」であり、「パニックを引き起こした」と述べた。

  図書館ウェブサイトの「Research Data Services」ページのトップにDMS Policyの案内ページへのリンクがあるため、担当者にDMS Policyの位置づけを尋ねたところ、重要なテーマとして捉えているとのことだった。当時は、DMPのレビュー依頼が殺到し、また、図書館からアプローチする前に、研究グループ等から要件を説明してほしいという要請を受けることもあったという。

  その例として、人のプライバシーや個人情報を含むデータを採取する研究グループからの要請が挙げられた。扱うデータの特性上、公開に精通していない研究者や、データ公開への懸念を抱く研究者が多いため、図書館から制限公開(メタデータのみを公開し、一部の人にのみ研究データを共有する方法)の方法等を説明し、NIHの要件を満たしつつ実行可能な手段があることを示した。

  今後、他の連邦政府の機関でもOAの要件が強化される見込みである。これに備え、データ管理スキルを習得するためのワークショップで、「連邦政府のオープンアクセス要件の現状」のセッションを含め、要件強化に伴う課題について説明したとのことだった。

●おわりに:米国の取組からみる日本の即時OA対応への示唆

  両大学ともに、研究者への周知に力を入れていたことが印象的であった。また、研究データ管理支援の担当者が、自機関の研究分野、研究者の研究プロセス、助成機関の要件を理解した上で、支援サービスを提供していた。

  日本でも「学術論文等の即時オープンアクセスの実現に向けた基本方針」が策定され、即時OA義務化への対応が求められている。今回の訪問を通じて、まずは制度の内容や影響を分かりやすく示すウェブページやガイドラインの整備に加え、ワークショップやニュースレターによる継続的な情報提供などにより、研究者への周知を一層強化する必要性を再確認した。同時に、研究者が研究データを生み出す初期段階から伴走できるよう、図書館が積極的にアプローチし、研究実践への理解を深めながらコミュニケーションを重ねていくことが重要である。即時OA義務化は、こうした取組を通じて研究者との協働のあり方を再構築し、研究データ管理支援の役割を高めていく好機と捉えられるだろう。

Ref:
吉野絢音, 福澤しのぶ. 米国大学図書館のオープンアクセスへの取組み. 大学図書館研究. 2025, (128).
https://doi.org/10.20722/jcul.2193
NIH Policy Manual.
https://policymanual.nih.gov/
“Public Access”. NIH Grants & Funding.
https://grants.nih.gov/policy-and-compliance/policy-topics/public-access
“2024 NIH Public Access Policy”. NIH. 2024-12-17.
https://grants.nih.gov/grants/guide/notice-files/NOT-OD-25-047.html
Pollock, Dan; Michael, Ann. “News & Views: OSTP Memo – Modeling Market Impact”. Delta Think. 2022-09-08.
https://www.deltathink.com/news-views-ostp-memo-modeling-market-impact
“Research data services”. University of Minnesota Libraries.
https://www.lib.umn.edu/services/data
Caldrone, Sandi; Imker, Heidi J.; Luong, Hoa. RDS Campus Annual Report 2023. University of Illinois Urbana-Champaign Research Data Service, 2023, 14p.
https://hdl.handle.net/2142/120600
脇谷史織. 米国・OSTPによる研究成果公開に関する政策方針について. カレントアウェアネス-E. 2022, (449), E2564.
https://current.ndl.go.jp/e2564
山口直比古. PMCの動向:オープンアクセスリポジトリのベストプラクティスとして. カレントアウェアネス. 2025, (364), CA2085, p. 17-21.
https://current.ndl.go.jp/ca2085