E2851 – 米国の民間助成機関の次世代オープン方針とプレプリント義務化

カレントアウェアネス-E

No.515 2025.12.18

 

 E2851

米国の民間助成機関の次世代オープン方針とプレプリント義務化

京都大学・西岡千文(にしおかちふみ)

 

  これまでに多くの国、研究機関、助成機関によってオープンアクセス(OA)方針が策定され、論文のOAが進められてきた。OA方針は査読を終えた論文の即時(または一定期間後の)公開を求めていて、論文処理費用(APC)を要する出版者経由でのOAや著者最終稿をリポジトリに登録するリポジトリ経由でのOAが成長した。一方、APCの高騰に伴う経済的負担やエンバーゴ期間によるOAの遅延等が課題として指摘されている。

  近年は、オープンサイエンスの潮流やCOVID-19のパンデミックにおける研究成果の迅速な共有といった社会的要請を受けて、プレプリントの利用が急速に拡大している。このような中、米国の民間の助成機関が、助成条件としてプレプリントの公開を義務づける方針を採用しはじめたことは、従来のOA推進の枠組みに変化をもたらしつつある。これらの新OA方針をSPARCの記事では「次世代オープン方針」(Next Gen Open Policies)と位置付けている。本稿では、ゲイツ財団(旧ビル&メリンダ・ゲイツ財団)およびハワード・ヒューズ医学研究所(HHMI)の新OA方針を整理し、その影響を検討する。

●ゲイツ財団のOA方針

  ゲイツ財団は、2025年より適用される新OA方針を2024年3月に公表した。概要は以下の通りである。

  1. 論文は可能な限り早期にプレプリントサーバーで公開し、出版後は即時にPubMed Central等のリポジトリへ適切なメタデータを付与して登録する。
  2. 論文はその改訂版も含めてエンバーゴなしで即時に公開され、CC BY 4.0等のオープンライセンスで自由に利用可能とする。研究者は、論文をOAで公開するために必要な著作権を保持する。
  3. 論文の研究データは、倫理的・法的な制約がある場合を除き、論文公開と同時に可能な限りオープンに提供し、研究データの所在・アクセス方法・利用条件等を明示したデータ利用可能性ステートメントを付す。
  4. 財団はAPCを補助しない。研究者または共著者が負担する。

  プレプリントサーバーでの原則公開とともに、APCを助成対象から除外している点について、大きな注目を集めた。財団は過去10年間で年間約600万ドルをAPCに費やしてきたが、「APCは公平ではない」という判断を下したことが、この方針を策定した最大の動機である。財団はプレプリントによって即時OAが実現される「技術的に前進した公正な出版エコシステム」への転換を強調している。

●HHMIの研究への即時アクセス方針

  ゲイツ財団に続き、HHMIは2025年9月に研究への即時アクセス方針を発表し、2026年より実施することを公表した。概要は以下の通りである。

  1. 主要成果を示す論文について、投稿時の初版プレプリントと、査読反映後の改訂版プレプリントを、CC BY 4.0でbioRxiv等の指定のプレプリントサーバーに公開しなければならない。HHMIによる評価では、学術雑誌掲載版ではなく最新のプレプリントが考慮される。
  2. ハイブリッドジャーナルのAPCを補助しない。

  ゲイツ財団のOA方針と比較すると、評価にまで言及されている点に特徴がある。HHMIは学術雑誌掲載版ではなくプレプリントで公開されている最新版を正式な成果として評価に組み込む姿勢を示している。さらにHHMIでは、研究者の評価資料において学術雑誌名を記載しない引用形式を採用するなど、商業出版社への依存を低減して持続可能な学術コミュニケーションの基盤を志向する姿勢が示されている。

  ゲイツ財団とHHMIの次世代オープン方針は、従来の学術雑誌を中心とする学術コミュニケーションモデルを問い直し、プレプリントを起点とした新たなモデルへの転換を促すものである。その特徴は、単なるOAの拡大に留まらず、評価や費用負担構造まで含めて再設計しようとする点にある。これらの方針が他の助成機関や研究機関に波及すれば、研究成果の公開方法だけでなく、研究者の行動様式や研究文化そのものにも変化をもたらす可能性がある。

  もっとも、これらの助成機関はいずれも、健康・医学・生命科学などプレプリントが比較的普及している分野を主な対象としている点には留意が必要である。HHMIでは助成研究者の約半数が既にプレプリントを活用していたことが方針策定の背景として挙げられており、すべての分野が同様の条件に置かれているわけではない。

  それでもなお、本稿で紹介した動向は、研究成果の即時共有、透明性、公平性を重視する方向への潮流を象徴するものであり、今後の議論の重要な土台となるだろう。次世代オープン方針がどのように発展し、学術コミュニケーション全体にどのような影響を及ぼすのか、引き続き注視していく必要がある。

Ref:
“Funders Roll Out Next Gen Open Policies”. SPARC.
https://sparcopen.org/impact-story/funders-roll-out-next-gen-open-policies/
“2025 Open Access Policy”. Gates Open Access Policy.
https://openaccess.gatesfoundation.org/open-access-policy/2025-open-access-policy/
Torok, Estee. “Who loses when scientific research is locked behind paywalls?”. Gates Foundation. 2024-03-27.
https://www.gatesfoundation.org/ideas/articles/research-paywall-open-access
Immediate Access to Research. HHMI, 2025.
https://hhmicdn.blob.core.windows.net/policies/Immediate-Access-to-Research.pdf
佐藤翔. “ゲイツ財団新OA方針の波紋! プレプリント公開義務化、APC補助廃止”. JPCOARウェブマガジン. 2024-05-23.
https://magazine.jpcoar.org/news/5edf98d7-9bbc-445b-961e-bbaed27d6a82