カレントアウェアネス-E
No.512 2025.11.06
E2837
「前近代日本―アジア関係資料デジタルアーカイブ」について
九州大学人文科学研究院・丹野美里(たんのみさと)
九州大学附属図書館・山根泰志(やまねやすし)
●はじめに
九州大学人文科学研究院と附属図書館では、「前近代日本―アジア関係資料デジタルアーカイブ」(以下「本アーカイブ」)を開発し、2025年7月に公開した。本アーカイブは、九州大学が所蔵する資料の中から、前近代日本とアジアとの交流、さらには欧米諸国との交流にかかわる資料を抽出し、高度な情報を付与して公開するものである。本稿では、本アーカイブの概要・機能、ねらい、そして今後の展望について紹介する。
●本アーカイブの概要・機能
本アーカイブは、本学が所蔵する歴史資料を対象に、翻刻等のテキストに様々な情報を付加し格納・提供するシステムである。国際的な文書構造記述規格であるTEI(Text Encoding Initiative)ガイドラインに基づき、本文テキストに含まれる人名・地名・年代等の情報をマークアップし、デジタル化された画像と紐づけることで、全文テキスト検索や年代等によるファセット絞り込み検索などの高度な検索に加え、以下のような豊富な機能を提供している。
画像テキスト対照ビューアにより、附属図書館貴重資料デジタルアーカイブで公開されているIIIF画像と、翻刻や読み下しなどのテキストをページ単位で対照表示するほか、読み上げ音声の再生や、登場する人名・地名のリスト表示なども可能である。
「地図から検索する」「年表から検索する」機能では、資料中の地名や年代が地図や年表上にプロットされ、視覚的に資料にナビゲートされるとともに、資料間の関連性が可視化される。特に年表では、年代の「from-to」を表現するなど、歴史資料に特化した工夫が施されている点が特徴のひとつである。
「ギャラリー」では、絵巻物や地図資料に対して、IIIF画像のアノテーション機能を活用し、資料の特性に応じた形で高精細画像とともに解説や翻刻文を提供している。
2025年9月末現在、テキストまで公開している資料は、中世古文書や近世漂流記を中心に数十点とまだ少ないが、今後順次テキストを追加していく予定である。
●本アーカイブ構築のねらい
本アーカイブは、歴史資料の新たな活用方法を模索するとともに、教育・研究活動や社会との協働・連携、人文情報学(Digital Humanities:DH)への寄与にも重点を置いている。
社会との協働による成果や、人文学の研究者や学生の研究・学習成果を広く社会に公開していくプラットフォームとしての役割を企図し、例えば翻刻テキストには、市民協働型プロジェクト「みんなで翻刻―翻刻!九州大学の書物たち―」による成果を活用している。また、TEI準拠テキストへの加工は、技術スタッフの指導のもと学生が行った。
さらに、TEI準拠テキスト及びビューアのソースコードは、再利用可能なライセンスのもとで公開している。これは、教育・研究等への利活用を期待するとともに、TEIの普及や人文情報学の発展への貢献も目指すものである。
●おわりに
今後の課題としては、コンテンツのさらなる拡充と、本アーカイブの継続的な運用体制の確立が挙げられる。また、より多くの学生・研究者の参画により公開テキストの拡充を図るためには、TEIの汎用的なガイドラインの整備が急務である。すでに基本的な作業のためのガイドラインは作成しているが、今後はマークアップの実例を踏まえ、より幅広い分野や資料形式に対応可能な内容へと改善していく予定である。
本アーカイブの開発にあたっては、歴史学分野における新たな形のデジタルアーカイブの構築を目指し、人文科学研究院の研究者と技術スタッフ、附属図書館職員、そしてシステム開発を担当した株式会社ローカルメディアラボのエンジニアが密接に連携し、意見交換を重ねた結果、学術的にも技術的にも充実したアーカイブが実現した。今後は他分野との連携を通じてコンテンツの幅を広げ、汎用的なプラットフォームとしての活用可能性を探るなど、さらなる発展を目指していきたい。
Ref:
“「前近代日本―アジア関係資料デジタルアーカイブ」を公開”. 九州大学日本史学研究室. 2025-07-25.
https://www2.lit.kyushu-u.ac.jp/~his_jap/new/%E3%80%8C%E5%89%8D%E8%BF%91%E4%BB%A3%E6%97%A5%E6%9C%AC%E2%80%95%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%82%A2%E9%96%A2%E4%BF%82%E8%B3%87%E6%96%99%E3%83%87%E3%82%B8%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%82%A4/
“公開!「前近代日本―アジア関係資料デジタルアーカイブ」”. 九州大学附属図書館. 2025-07-25.
https://www.lib.kyushu-u.ac.jp/ja/news/101556
前近代日本―アジア関係資料デジタルアーカイブ.
https://asia-da.lit.kyushu-u.ac.jp/
みんなで翻刻.
https://www.honkoku.org/
TEI古典籍ビューワ.
https://tei.dhii.jp/teiviewer4eaj
金甫榮, 井上さやか. “TEIを用いた『渋沢栄一伝記資料』テキストデータの再構築:「渋沢栄一ダイアリー」公開まで”. 人文学のためのテキストデータ構築入門:TEIガイドラインに準拠下取り組みにむけて. 人文情報学研究所監修. 文学通信, 2022, p. 242-259.
永崎研宣. 人文学資料デジタル化の国際的な枠組みが日本語ルビを導入. カレントアウェアネス-E. 2021, (416), E2400.
https://current.ndl.go.jp/e2400
茂原暢. 『渋沢栄一伝記資料』とデジタル化の現在. カレントアウェアネス-E. 2021, (427), E2456.
https://current.ndl.go.jp/e2456
