E2838 – 日本の人文学のためのハブ構築の試み:ジャパン・パスト&プレゼント(Japan Past & Present)

カレントアウェアネス-E

No.512 2025.11.06

 

 E2838

日本の人文学のためのハブ構築の試み:ジャパン・パスト&プレゼント(Japan Past & Present)

柳井イニシアティブ UCLA、早稲田大学・マイケル・エメリック
柳井イニシアティブ UCLA・ポーラ・R・カーティス

 

  2024年3月、米・カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)と早稲田大学の連携事業である柳井イニシアティブは、数年に及ぶ開発期間を経て「ジャパン・パスト&プレゼント」(Japan Past & Present:JPP)というプロジェクトを公開した。

  JPPとは、世界各地で活躍する日本に関する人文学研究者のために、さまざまなデジタル・ツールやリソースを一箇所に集約した、日本の人文学のためのハブ構築の試みだと言える。日本、北米や西欧に限らず、世界中の研究者が日常的にアクセスし、互いに学術的な交流や研究ができるバーチャル空間を提供するとともに、現実世界での共同研究を支援することで、地理的距離の制限を超えた研究者間の連帯を育み、日本人文学のグローバル化を促進する。JPPとはそうした構想のもとに立ち上げられた。

  グローバリゼーションは均一化を伴う傾向があるが、JPPが目指す日本人文学のグローバル化は、むしろ世界各地のそれぞれの歴史と現状に根ざした研究状況を可視化させ、その多様性を尊重することである。世界の研究者がどのような環境で、いかなる研究を展開させているのかを互いに理解し、JPPを通じて交流しつつ共同研究を進められるようになれば、日本人文学という研究領域には、これまでにない多様な可能性が生まれるに違いない。

  このビジョンの実現に向け、JPPは年に2回、世界中の研究者を対象に、共同研究プロジェクトを公募し、その開発に必要な資金をはじめ、さまざまなサポートを提供している。これまでに4回の公募を実施し、約28か国を拠点とする200人以上の研究者がチームを編成し、プロジェクトの提案を寄せた。そのうち15チームのプロジェクトが採択され、その成果は順次JPPのウェブサイトで公開されている。

  では、JPPは具体的にどのようなツールやリソースを提供し、またこれまでどのようなプロジェクトを採択してきたのであろうか。まず、中核的なリソースとして「世界の日本研究者一覧」(JSS)と「新刊情報」の二つが挙げられる。

  JSSは、世界各地で活躍する研究者の専門分野や研究成果を容易に知ることができるよう構想された参加型データベースである。すでに40か国以上の多様な分野の研究者が、日本語・英語、あるいはその両方でプロフィールを公開している。JSSを利用することで、メールを介さずにJPP独自の連絡ツールを通じてメッセージを送受信できる機能も備わっており、プライバシーを守りながら研究者同士がつながることができるよう工夫がされている。

  一方、「新刊情報」のページでは、従来、同じ言語圏でも探すのが容易ではなかった日本人文学関連の新刊学術書・学術誌の情報を、言語や地域を超えて一覧できる。出版社や学術誌が自ら登録し、情報を直接入力できる仕組みになっており、今後は世界に新刊情報を発信できるよう、さらに多くの日本の出版社の参加を期待している。

  以上の中核的リソースに加え、現在開発が進められている大規模なプロジェクトとして「ジャ翻゜データベース」(JTD)と、コロンビア大学のハルオ・シラネ氏が構想しチームとともに構築を進めている古語・英語デジタル辞典がある。前者は、一次資料としての日本語作品のさまざまな言語への翻訳を網羅的に調査し、その書誌情報にアクセスするためのデータベースである。今後、これらのリソースは、いずれも研究と教育の双方において重要な基盤となるだろう。

  JPPが採択した15件の共同研究テーマを俯瞰するだけでも、JPPの規模と多様性がうかがえるように思う。たとえば、「茶の湯を教える――文化、歴史、実践、芸術」「日本における障害学研究」「17世紀オランダ東インド会社支配下のバタヴィアにおける日本人女性たちの経験と声」「デジタル漱石――全長編小説のTEIタグ付けデータセット開発とその応用」「『政基公旅引付』読書会」など。これらの多彩なテーマに多国籍のチームが取り組んでおり、その成果はオープンリソースとしてウェブ上で公開される予定である。

  JPPの規模は非常に大きく、その全貌を端的に言い表すことは容易ではない。そのバックにある柳井イニシアティブは、柳井正氏(株式会社ファーストリテイリング代表取締役会長兼社長)からの寄付によって設立された基金を基盤として運営されており、長い視野で活動を続けていくことになる。1年半前に発足したばかりのJPPもまた、今後いっそうの成長と発展を目指している。

  最後に、JPPの運営に関わる我々が、研究や教育における図書館やアーカイブの重要性を常に意識しており、2024年から「図書館サービス・チーム」を設立したことを付け加えたい。JPPプロジェクト助成金を受けたチームにも、図書館員やアーキヴィストが含まれている。今後とも、ぜひJPPの活動へのフォローと積極的な参加を期待する。

Ref:
Japan Past & Present.
https://japanpastandpresent.org/jp
The Yanai Initiative.
https://yanai-initiative.ucla.edu/ja