カレントアウェアネス-E
No.501 2025.5.22
E2791
SPARC Japanセミナー2024<報告>
大阪大学附属図書館・菊谷智史(きくたにさとし)
2025年1月30日にSPARC Japanセミナー2024「オープンアクセス義務化の先にあるもの:来るべき世界に向けて」がオンラインで開催された。本稿では、筆者が関心を持った内容について一部紹介する。
冒頭に、林賢紀氏(国立研究開発法人国際農林水産業研究センター)から趣旨説明があった。公的資金による助成を受けた学術論文等の即時オープンアクセス(OA)の義務化を受け、研究成果を単に公開するに留まらず、その活用や先にある世界まで考えることが重要とし、それらを検討することが本セミナーの目的とされた。
前半は9人の講師による講演が行われた。初めに、大隅典子氏(東北大学)から動画講演があり、研究力の観点から見たOAの重要性が示された。OA推進には様々なステークホルダーとの協力が不可欠であり、大学図書館が閉じた組織であってはならないことが強調された。
引原隆士氏(京都大学)からは、学術情報流通における研究者の主体性の再興について講演があった。研究者や図書館からはOA義務化が外圧として受け取られがちであることに触れつつ、むしろOAそのものがどうあるべきかを見直すきっかけとして捉えることが望ましいとした。
川島秀一氏(ライフサイエンス統合データベースセンター)は、生命科学分野のOAの歴史について講演した。同分野ではOAが歴史的に活発で、研究の加速とイノベーションの促進に寄与していると説明があった。
髙橋修一郎氏(株式会社リバネス)からは、研究成果をオープンにしても実際には多くの人はそれを利用せず、真の意味で社会に届かないという課題があると指摘があった。そのうえで、専門家と受け手を繋ぐ「サイエンスブリッジコミュニケーション」の必要性を訴え、同社が事業として行っている活動を紹介した。
瀬戸寿一氏(駒澤大学/東京大学空間情報科学研究センター)の講演では、地図分野のオープンデータ共有事例としてOpenStreetMapが取り上げられた。同プロジェクトは基本的にボランティアによって運営されており、データ整備だけではなく、ツール開発や新たな参加者を育成する教材開発等を通じてエコシステムが形成されていることが紹介された。
北本朝展氏(国立情報学研究所)による講演では、生成された知の利用実態が見えにくい問題が挙げられ、その解決策の一つとして、データの利用者や公開者が利用事例を登録できる「Mahalo Button」が紹介された。
武田英明氏(国立情報学研究所)からは、学術情報流通の変化や各ステークホルダーの役割と展望が示された。次の10年の見取り図として、多様なステークホルダーが絡み合う複雑なネットワークの中で、永続的識別子(PID)が核となることが述べられた。
野末俊比古氏(青山学院大学)からは、OA時代の情報リテラシーの変容についての講演があった。情報リテラシーは利用者とシステムの間のギャップを埋める手段であり、利用者にシステムの使い方を教えるだけでなく、利用者のニーズを踏まえてシステムを改善する視点が重要であることが指摘された。また、AIを活用した蔵書探索システムが紹介され、AIの適切な活用のためにはAIの本質を理解する必要性があることが強調された。
竹内比呂也氏(千葉大学)は、文部科学省の「オープンアクセス時代における大学図書館の在り方について(審議のまとめ)」で示された「デジタル・ライブラリー」の概念と結び付けながら、OAは手段としてではなく、学術コミュニケーションを研究者の手に取り戻すという理念として捉えるべきであると強調し、大学図書館はその基盤であると述べた。
後半はパネルディスカッションが行われ、池内有為氏(文教大学)と矢吹命大氏(横浜国立大学)がモデレーターを務め、大隅氏を除く講演者がパネリストとして登壇した。参加者から寄せられた質問に答える形式でOAについて活発な議論が行われた。なかでも盛り上がったのは、OAをどのように進めるべきかの議論で、様々な意見が提示された。OA推進は本来研究者が主体的に行うべきであるが、たとえ研究者が消極的でも、図書館は学生や次世代の研究者のために議論を続けるべきという意見や、OAをコストではなく投資として捉え直すことが必要であるという意見が出た。また、研究成果の公開は研究者の評価や社会的認知に繋がるため、分野によっては前向きに捉えている研究者も多いのではないかという研究者からの率直なコメントもあった。OA義務化に研究者や図書館がどう向き合うべきかについて、義務化がこれからの研究の在り方について議論をするきっかけになることへの期待も述べられた。
最後に、細川聖二氏(国立情報学研究所)から、SPARC Japanセミナーの歴史の紹介とともに、閉会挨拶があった。
文部科学省が掲げる「2030デジタル・ライブラリー」構想においても、コンテンツのデジタル化やOAの推進が求められている。単に図書館資料をオープンにしていくだけではなく、オープン化を通じてどのような学術情報流通の未来を実現したいのかというビジョンを持ち、それに基づいてシステムやサービスを構築することの重要性を改めて認識した。OA義務化により、今後さらにOAの動きが加速すると予想されるが、大学図書館員が研究者とコミュニケーションを取り、ビジョンを共有することで、よりよい学術情報流通の未来を実現していきたい。
Ref: “SPARC Japan セミナー2024 「オープンアクセス義務化の先にあるもの:来るべき世界に向けて」”. SPARC Japan. https://www.nii.ac.jp/sparc/event/2024/20250130.html 統合イノベーション戦略推進会議. 学術論文等の即時オープンアクセスの実現に向けた基本方針. 2025, 3p. https://www8.cao.go.jp/cstp/oa_240216.pdf 「学術論文等の即時オープンアクセスの実現に向けた基本方針」の実施にあたっての具体的方策. 内閣府, 2024, 5p. https://www8.cao.go.jp/cstp/openscience/r6_0221/hosaku.pdf 科学技術・学術審議会 情報委員会オープンサイエンス時代における大学図書館の在り方検討部会. オープンサイエンス時代における大学図書館の在り方について(審議のまとめ). 2024, 24p. https://www.mext.go.jp/content/20230325-mxt_jyohoka01-000028544.pdf.pdf 「2030デジタル・ライブラリー」推進に関する検討会. “オープンサイエンスの時代にふさわしい「デジタル・ライブラリー」の実現に向けて~2030年に向けた大学図書館のロードマップ~”. 文部科学省. 2024-07-01. https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shinkou/071/mext_00002.html Mahalo Button. https://mahalo.ex.nii.ac.jp/