カレントアウェアネス-E
No.501 2025.5.22
E2790シンポジウム「AI時代における大学図書館の対応:課題と展望」<報告>
国立大学図書館協会システム委員会/名古屋大学附属図書館・小嶋悦子(こじまえつこ)
2025年3月10日、国立大学図書館協会(国大図協)は、令和6年度シンポジウム「AI時代における大学図書館の対応:課題と展望」をオンラインで開催した。講演、パネルディスカッション等を行い、約450人の参加があった。本稿ではその概要を紹介する。
佐久間淳一(名古屋大学附属図書館長)による開会挨拶の後、次良丸章(名古屋大学附属図書館)から、趣旨説明に代えて、2025年1月に国立大学図書館協会システム委員会が実施した「国大図協会員館におけるAI活用事例調査」(回答館数71館)の結果概要として、所属機関における生成AIの業務利用に関する方針有無、AIの業務活用事例、会員館から寄せられた懸念点や意見などを報告した。
●講演「AIと大学図書館」/大向一輝氏(東京大学大学院人文社会系研究科准教授)
AIと図書館との関わり、AIの定義や学問上の位置付け、技術的な仕組み等について、大学図書館の業務を例にわかりやすく解説した上で、生成AIの学術利用における実例を紹介するとともに大学図書館への期待を示した。
AIとはすでに存在している大量の情報・データから物事の間に内在する関係性(「○○らしさ」)を把握する技術であり、その中でも「言語らしさ」をマスターしたのが生成AIであるとの解説があった。AIレファレンスサービスの登場は図書館にとって直接的な脅威になり得るが、提供されるものはあくまでも「回答らしさ」であり確実性が担保されないという点で研究の補助的なツールに留まる一方、図書館に求められるものがメタデータからコンテンツ・知識へと転換することを強調した。学生のAIスキルレベルを底上げすることを大学図書館に期待する重要なタスクとして挙げ、AIの回答を評価する人的ネットワークを持つことの重要性も指摘した。
●講演「AI時代のリテラシー教育における大学図書館の役割と機会」/美馬のゆり氏(公立はこだて未来大学システム情報科学部教授)
AIリテラシーとは、AIを理解し、適切に利用し、その技術が社会や文化に与える影響を考慮しながら責任ある行動を実践することであり、その態度・価値観こそが重要である。大学図書館は信頼できる情報の保管庫であるだけでなくAIリテラシーを育み、批判的思考を促す場になることが期待される。その実現のために、大学図書館司書は必要な知識やスキル、態度・価値観を身につけ、取り組んでいく必要があると述べた。
さらに、大学図書館司書が学術・研究支援の専門性を活かしつつ新たな役割を果たすために、知識のキュレーター、対話のファシリテーターとして学生や教員とも協業し、学習者の批判的思考を支えることで社会との橋渡しを担うことが提案され、実践的な企画案の紹介とともに、専門職である大学図書館司書に期待される教育面での役割を強調した。
●質疑応答とパネルディスカッション
ファシリテーターとして嶋田晋氏(茨城大学)、パネリストとして大向氏、美馬氏に加え生貝直人氏(一橋大学大学院法学研究科教授)、坂井修一氏(東京大学附属図書館長)、高橋菜奈子氏(新潟大学)が登壇した。
はじめに、ディスカッションの前提として、生貝氏から、法制度の立場からみた生成AI規制の状況と大学図書館に期待される役割について話題提供があった。欧米では生成AIモデル提供者にサービスのタイプや学習データの概要を公開し、AIで生成されたコンテンツを判別できるようにすることを求めている。大学図書館に期待することとして、偽・誤情報に対するリテラシー向上のための情報発信、信頼できる知識・データの提供(オープンサイエンス)、公共データの保存・蓄積を挙げ、従来の倫理やディシプリンをいかにAIに埋め込んでいくかが重要になると指摘した。
次に、講演を踏まえてパネリストからコメントがあった。高橋氏は、生成AIは正確に業務をこなすことよりも創造性の高い業務に力を発揮するため、AIリテラシーも含め、より一歩踏み込んだサービスに積極的に取り組む必要性があるとの認識を示した。坂井氏は、DX=デジタル化ではなく、Web上のバーチャル空間とフィジカルな実空間を接近せしめることがDXであると述べ、マルチバースの図書館を実現するために情報部門や博物館などとの融合も視野に入れる必要性を指摘した。一方で学生の学習行動にはすでに変化の兆候が見られ、生成AIの浸透とともに図書館のレファレンスには大きな課題が突きつけられていると述べた。生貝氏は、変化の速い社会において図書館が情報を担保すること、及び蓄積してきたコンテンツを活用するためにデジタルデータとして保有することの意義を強調した。
最後に、AI時代の大学図書館員に求められるものと将来の展望について、パネリストからコメントがあった。高橋氏は、情報の評価という点で、これまで図書館員が選書やレファレンス等の形で情報をスクリーニングし評価してきたことを指摘し、それらを言語化することの必要性を説いた。坂井氏は、むしろ言語化・記号化できない行間の部分に図書館の生き残る道があることを示唆した。生貝氏は、学生や研究者の知識に対する最も優れたアクセスを最も優れた形で支援するためにAIをうまく図書館機能に組み込む必要性を指摘した。美馬氏は、図書館は知識を蓄積し次世代に受け継ぐ場であると同時に、批判的思考を促すリテラシーの育成の場として重要な役割を果たすと述べ、関係者や社会と協力して次世代の成長を支えるべきと強調した。最後に、大向氏が、図書館員の人的つながりに期待しており、人と知識の巨大なネットワークにより学術基盤として貢献していってほしいとまとめた。
当日の講演とパネルディスカッションのアーカイブ動画は当協会公式YouTubeで公開しているので、参照されたい。
Ref:
“令和6(2024)年度 AI時代における大学図書館の対応:課題と展望”. 国立大学図書館協会.
https://www.janul.jp/ja/operations/symposia/2024/symp2024
“国立大学図書館協会JANUL公式”. YouTube.
https://www.youtube.com/channel/UCQi6N7-Io_Gd4lvixy9jZDA
“「国立大学図書館協会の活動におけるAIへの対応について」を策定しました”. 国立大学図書館協会.
https://www.janul.jp/ja/news/20241122