カレントアウェアネス-E
No.501 2025.5.22
E2789阪神・淡路大震災30年シンポジウム「文化財レスキュー、広がりと深化の30年」<報告>
独立行政法人国立文化財機構文化財防災センター・中島志保(なかしましほ)
独立行政法人国立文化財機構文化財防災センターは、2025年1月19日、東京国立博物館平成館大講堂にて、阪神・淡路大震災30年シンポジウム「文化財レスキュー、広がりと深化の30年」を開催した。以下、本シンポジウムの趣旨、講演および対談の概要を報告する。
1995年1月17日、淡路島北部を震源とする最大震度7の地震が発生した。初めて組織的かつ本格的な被災文化財のレスキュー活動が行われた阪神・淡路大震災から、今年で30年となる。この間、日本では多くの自然災害に見舞われ、その度に文化財のレスキュー活動が行われてきた。
本シンポジウムは、阪神・淡路大震災における被災文化財のレスキュー活動で課題とされたことにどれだけ対応できてきたのか、新たな課題は何か、これからも発生が予想される大規模な自然災害に対して、私たちはどのように備えればよいのか、過去の対応を振り返りながら、これからの文化財防災について考えることを目的とするものである。
●講演1 三輪嘉六氏(NPO法人文化財保存支援機構理事長、元九州国立博物館長)
三輪氏は、阪神・淡路大震災の際、文化庁文化財保護部美術工芸課長であり、我が国で初めての組織的かつ本格的な文化財レスキュー事業を立ち上げた当事者の一人として、阪神・淡路大震災以前の文化財防災、震災発生時の状況、文化財レスキュー事業の立ち上げ、得られた教訓とその後の影響等について述べた。
震災発生直後は、文化財の被害状況に関する情報はほとんど入らなかった。特に動産文化財の情報は乏しく、地方公共団体の文化財担当者も被災者であり、文化財どころではないというのが実際の状況であった。
発災から1か月後の2月17日、被災した文化財の救援活動に文化財レスキューという呼称ができ、正式に事業が立ち上がった。学会、博物館、教育委員会などから専門家が参加し、安全確保と身分証の携帯を徹底しながら活動を行った。また、所有者からの要請に基づき救出活動を行うことを原則とした。
この活動を経て、文化財の悉皆調査と所在情報(台帳)整備の必要性、重要性、被災文化財の応急処置においては保存科学の知識が不可欠であること、国際会議を通じて経験を共有することの意義、博物館の展示室や収蔵庫の見直し、といった教訓が得られた。
東日本大震災など、後の災害でも文化財レスキューが行われ、活動の広がりと深化が見られる。この講演では、日本における文化財防災の発展において阪神・淡路大震災が持つ歴史的意義と現在にも続く課題が示された。
●講演2 青柳正規氏(多摩美術大学理事長、元文化庁長官、東京大学名誉教授)
青柳氏は火山考古学・災害考古学の専門家である。東日本大震災時は、国立美術館理事長、全国美術館会議会長として文化財レスキュー事業等の推進に尽力した。2013年より文化庁長官となり、文化財レスキュー等、被災文化財への対応の諸事業の旗振り役を担った。災害時の文化財レスキューの重要性と地域アイデンティティとの関係、国際的視点からの海外の文化財防災について述べた。
地域は自然環境、文化環境、社会環境、産業技術の多様性によって特徴づけられ、有形・無形の文化財は地域の特性を示す重要な要素であるが、災害によって「被災地」という新しい地域が生まれ、災害は地域の特徴を一時的に薄れさせる。災害後、地域が完全に元に戻ることは難しいが、文化的要素を加えることで7〜8割は回復可能であり、これが真の復興につながる。
日本の文化財保護の課題として、日本は「指定主義」で、指定外の文化財への配慮が不足しており、そのために所在確認が進んでいないことがある。ヨーロッパは「登録主義(カタログ主義)」で、より広範な保護がなされている。首都圏直下型地震や南海トラフ地震が発生する確率が高まっている中で、有形・無形の文化財の所在等の調査、遺跡分布地図や祭事暦の整備、ポータルサイトによる情報共有、文化財リスクマップの作成、関係者のネットワークの構築、専門家と資料所有者との人的関係の構築等が重要である。
自分たちの文化が生き続ける限り、その地域は生き続ける。この講演では、文化財レスキューが地域のアイデンティティと災害からの復興に不可欠であることが示された。
●対談 三輪氏、青柳氏、進行:建石徹(文化財防災センター副センター長)
対談では、阪神・淡路大震災から東日本大震災、熊本地震、そして令和6年能登半島地震に至るまでの文化財防災の取り組みと今後について話がなされた。
文化財の悉皆調査と台帳、地図の作成は、災害時の対応だけでなく、地域づくりや観光にも不可欠であること、個人が身の回りの文化財的価値あるものを登録する市民参加型の文化財保護や、「文化財がある」のではなく「文化財にする」という視点の重要性が確認された。
登録文化財制度(指定制度を補完)、埋蔵文化財の全国ネットワーク、文化財レスキューの仕組み、史料ネットワークの全国展開等は、阪神・淡路大震災の経験から生まれたといえるが、今後に向けては、「忘れない」「伝える」「生かす」「備える」に加えて「つなぐ」という視点が重要であること、文化財は地域再生や新たな文化創造の核となりうること、災害対応を通じた人文学の新たな方向性(資料学、フィールドリサーチ、地域研究の重要性)が確認された。
全体を通して、阪神・淡路大震災をはじめとする様々な災害対応から得られた教訓を次の災害対応にいかしつつ、文化財を社会インフラとして位置づけ、防災と復興の両面から被災地域の未来につなげていく重要性が共有された。
Ref:
“阪神・淡路大震災30年シンポジウム「文化財レスキュー、広がりと深化の30年」開催について”. 文化財防災センター. 2024-12-06.
https://ch-drm.nich.go.jp/facility/2024/12/3030.html