カレントアウェアネス-E
No.501 2025.5.22
E2788欧州における科学技術に対する市民の知識と見解
京都大学附属図書館・山口琴衣(やまぐちことえ)
2025年2月、欧州委員会(EC)が、欧州における科学技術に対する市民の知識と見解についての調査報告書“European citizens’ knowledge and attitudes towards science and technology”を公開した。調査は、2024年9月12日から10月10日まで、EU加盟国27か国とEU非加盟国8か国においてインタビュー形式で実施され、計3万4,207人から回答を得たとしている。本報告書では、2021年に実施された同様の調査の結果との比較が行われた。本稿では、本報告書の概要を紹介する。
●科学知識に対する市民の理解度と見解
環境問題、科学的発見・技術開発、医学的発見に関する事項について、十分な知識を得ていると自己評価した割合が2021年調査と比較して低下した。また、陰謀論も含めた、科学的事実の正誤を問う質問項目の正答率が2021年調査と比較して著しく低下した。回答者の58%が博物館や図書館等の場所で科学の発展についてもっと学びたいという知識欲を持っているものの、53%が科学は複雑すぎてあまり理解できないとも回答しており、知識欲と理解度の間にギャップが存在することが示された。科学技術に関わることが難しいと感じる理由として、時間の不足(40%)、興味の欠如(37%)、知識不足(36%)を挙げた。
回答者の83%が、科学技術は社会に良い影響を与えると肯定的に評価した。特に、今後20年間で生活にプラスの影響をもたらすことを期待する分野として、再生可能エネルギー(87%)、情報通信技術(79%)、ワクチンと感染症対策(77%)を挙げた。一方で、科学技術の進展に伴う懸念も示された。63%が科学によって生活様式が急速に変化しすぎていること、56%が科学技術の応⽤によって⼈権が脅かされる可能性があることに同意しており、これらの割合は2021年調査と比較して上昇した。
●科学技術における社会的責任
科学技術の規制をめぐって、回答者の意見は二分された。54%が政府による厳格な規制を支持したのに対し、44%が市場原理に基づく⾃由な発展を支持した。科学技術に関する意思決定の基準としては、57%が道徳的・倫理的問題を重視するべきとした一方、41%は科学的発見や新技術の開発の可能性を優先するべきと回答した。意思決定の主体については、52%が科学者・技術者・政治家が中心となるべきだが国⺠への情報提供は不可欠である、32%は市民を中心に意見を聞き世論を考慮するべきであると回答した。また、公的資金による研究成果の公開については、80%がオンラインでの無償利用を支持した。これらの結果から、科学技術に関する意思決定においては専門家による主導と市民参加のバランスが求められることが示唆された。さらに、研究成果の公開による透明性の確保、規制と意思決定に関する社会的な合意形成の必要性も明確になった。
回答者の77%が、科学技術はあらゆる人のニーズを考慮すべきであることに同意した。しかしながら、科学技術の恩恵が公平に分配されているかについては意見が分かれた。61%が科学技術は全ての⼈の⽣活を向上させる可能性があるものの、実際には主に裕福な⼈々の⽣活を向上させるものとなっていると認識している。また、64%が科学技術は環境改善や気候変動に関する取組に貢献する可能性がある一方、実際には主に企業の利益向上に寄与するものになっていると考えている。さらに、科学技術分野における労働力の多様性に関する認識も示された。科学研究の現場における男⼥平等については、63%が科学技術の成果を向上させる、55%が企業の利益と経済を向上させると回答した。総じて、科学技術は包摂的なものであるべきと考えているものの、現状では特定のグループに恩恵が偏っていると認識する傾向が明らかになった。科学技術の発展における公平性と包摂性の確保は、今後も重要な課題である。
●科学研究におけるAIの活用
今回の調査では、人工知能(AI)に関する項目が追加された。科学研究におけるAI利⽤に関して、その潜在的利点について⼗分な情報を得ていると自己評価した割合は37%にとどまり、62%は情報不足であると回答した。また、潜在的リスクについても同様の傾向が見られた。AIを活用した科学研究や発見に対する信頼度については、38%が信頼する、25%が信頼しないと回答し、35%が中立の立場を示した。AIと⾃動化によって失われる雇⽤よりも多くの雇⽤が創出されるという意⾒への賛否を問う質問項目では、30%が賛成、40%が反対であると回答し、26%は中立であるとした。一方で、50%が科学におけるAIの利用は気候変動や疾病などの課題解決に貢献するような科学的発見を促進するという意見には同意しており、AI利用に対する期待はあるものの、その理解は未だ発展途上にある現状が示された。
●調査結果から
調査結果は、市民の科学技術に対する高い期待と同時に、その急速な発展がもたらす潜在的なリスクに対する意識の高まり、理解が追い付いていない現状を示していた。科学技術の発展と適切な活用には、倫理的な側面に関する議論を深め、社会的な合意形成を図ることが重要である。そのためには、まず信頼性の高い情報がオープンであることが前提となる。市民に確かな情報を提供する責務を負う図書館にとって、本報告書は示唆に富む内容を含んでいる。
Ref:
“Europeans strongly support science and technology according to new Eurobarometer survey”. EC. 2025-02-03.
https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_25_396
European Commission; Directorate-General for Research and Innovation. European citizens’ knowledge and attitudes towards science and technology: Eurobarometer report. Publications Office of the European Union, 2025, 284p., (Special Eurobarometer, 557).
https://data.europa.eu/doi/10.2777/6040908
“European citizens’ knowledge and attitudes towards science and technology”. EU.
https://europa.eu/eurobarometer/surveys/detail/3227