カレントアウェアネス-E
No.490 2024.10.31
E2748
NCARシンポジウム003「美術館のアクセシビリティ」<報告>
国立アートリサーチセンター・鈴木智香子(すずきちかこ)
2024年9月23日、独立行政法人国立美術館国立アートリサーチセンター(NCAR;E2606 参照)は、NCARシンポジウム003「美術館のアクセシビリティ―共生社会に向けて、対話のある“合理的配慮”とは?」を、国立新美術館で開催した。本稿では、その内容を紹介する。
片岡真実(NCARセンター長)からの開会挨拶の後、筆者(NCAR研究員)と伊東俊祐(NCAR客員研究員)が趣旨説明を行った。2024年3月に刊行した『ミュージアムの事例(ケース)から知る!学ぶ!合理的配慮のハンドブック』の内容に沿いながら、「対話のある合理的配慮」がどのように実現されるのか、前提となる考え方について説明した。
続く「ケーススタディ(事例紹介)」では、稲庭彩和子(NCAR主任研究員)進行のもと、3組が登壇した。
●見えない方とともに―京都国立近代美術館/松山沙樹氏(京都国立近代美術館研究員)、光島貴之氏(美術家・鍼灸師)
京都国立近代美術館では、障害の有無を超えて誰もが美術館を訪れ、体験できるための取り組みとして「感覚をひらく」事業を行っており、光島氏は美術家として、また目が見えない当事者としてプロジェクトに長年協力をしてきている。発表内容の中で、光島氏が最初に一市民として美術館に問い合わせをしたきっかけについてや視覚以外の感覚を使った鑑賞経験について、そして松山氏は2015年から取り組んできた中で、光島氏を始め、様々な感覚をもつ人々と共にどのように対話をし、実践を重ねてきたのかを話した。
●聞こえない方とともに―森美術館/白木栄世氏(森美術館ラーニング・キュレーター)、栗原剛氏(森美術館「手話ツアー」参加者)
森美術館では、ろう者のガイドと美術館ラーニング・スタッフが対話をしながら展覧会を紹介する「手話ツアー」を行っている。白木氏は、手話ツアーは2003年の開館時から「サインツアー」として立ち上がり様々な経緯を経て今に至ること、また栗原氏は、高校生時代に手話ツアーのプログラムに参加したことがきっかけで、現在はファシリテーターとして関わっているエピソードなどを紹介した。
●外出が難しい方とともに―「みんなでミュージアム」/柴崎由美子氏(NPO法人エイブル・アート・ジャパン代表)、カミジョウミカ氏(アーティスト・「みんなでミュージアム」参加者)
NPO法人エイブル・アート・ジャパンは、美術館や博物館に行きづらさを感じる人のミュージアムへのアクセスを支援する事業「みんなでミュージアム」を2021年から実施している。カミジョウ氏は、難病があり車椅子で生活している中での制作活動や日常の様子、美術館を含め文化体験をしようとする際の困りごとを率直に伝えた。柴崎氏は、行政機関や企業、市民などの間に立ち情報提供や資源の仲介などを行う組織体である中間支援の立場としてミュージアムにどのように関わっているのか、またカミジョウ氏とオンラインプログラムを実施したときのエピソードを紹介した。
その後、リフレクションとして参加者同士の意見交換・対話の時間を設けた。この時間では「参加者カード」というツールを活用したのだが、参加者にカードを配り、これまでの話を聞いて印象に残っているキーワード、もしくは自分が次にアクションできそうだと思ったこと、のいずれかについて記入してもらい、回収した。
●パネルディスカッション
パネリストとして、日比野克彦氏(東京藝術大学長、障害者文化芸術活動推進有識者会議座長)、光島氏、栗原氏、柴崎氏、片岡、伊東が登壇し、進行役を稲庭と筆者が務めた。
「参加者カード」に書かれた言葉を紹介しながら、パネルディスカッションは進められた。光島氏の「2回ノックをする(諦めずに美術館に問い合わせ、対話を続けようとすること)」、栗原氏の「アートは違いを包括する力がある」、柴崎氏がカミジョウ氏と共に実践してきた姿勢として語られた「合理的配慮という前に、仲間として普通のこと」という言葉などを基に、議論を深めていった。
光島氏の「彫刻作品を触って鑑賞することができないのだろうか?」という問いかけに対し、美術作品に「触れ、味わう」ことがどういう体験なのかという話題や、そもそも「触りたくなる」欲求が引き出されることこそがアクセシビリティの一歩に繋がるのでは、という意見が挙がった。栗原氏から「アートだからこそ異なる文化の他者と交流できると思う。継続して関わる魅力がアートや美術館という場にはある。」と、力強い発言があった。
その他、アクセシビリティを推進する上で、必要となる専任のポストや人材育成、教育の仕組みなど、組織体制についての議論がなされた。柴崎氏は、「みんなでミュージアム」では、「パートナー」「コーディネーター」と呼ばれる人材の育成事業を行っていることを紹介し、美術館内だけでなく社会全体で人材を育てていく意義について語った。
●さいごに
NCARはナショナルセンターとして、日本の美術館を含め様々なアートシーンや文化施設におけるアクセシビリティの向上を目指し、事業に取り組んでいるが、本シンポジウムはその役割の重要性を改めて認識する機会となった。これからも、全国の美術館関係者と多様なニーズを抱える人々と共に、対話を重ねる日々を続けていきたい。
なお、本シンポジウムの動画は、NCARウェブサイトで2024年内の公開を予定している。
Ref:
“NCARシンポジウム 003美術館のアクセシビリティ― 共生社会に向けて、対話のある“合理的配慮”とは?”. NCAR. 2024-09-23.
https://ncar.artmuseums.go.jp/events/other/post2024-1396.html
“【発行物】ミュージアムの事例(ケース)から知る!学ぶ!合理的配慮のハンドブック”. NCAR. 2024-05-21.
https://ncar.artmuseums.go.jp/reports/accessibility/post2024-941.html
感覚をひらく 新たな美術鑑賞プログラム創造推進事業.
https://www.momak.go.jp/senses/
“森美術館アクセス・プログラム「手話ツアー」|Mori Art Museum Access Program “Sign Language Tour””. YouTube. 2024-06-25.
https://youtu.be/zFayv6dqDlE
みんなでミュージアム.
https://minmi.ableart.org/
川口雅子. 国立アートリサーチセンター設立とその情報資源部門の取組. カレントアウェアネス-E. 2023, (459), E2606.
https://current.ndl.go.jp/e2606