E2694 – 「子ども時代の「心に残る」読書体験を考える」<報告>

カレントアウェアネス-E

No.479 2024.05.16

 

 E2694

「子ども時代の「心に残る」読書体験を考える」<報告>

実践女子大学文学部・須賀千絵(すがちえ)

 

  2024年3月9日、JSPS科研19K12722の研究成果報告会「子ども時代の「心に残る」読書体験を考える」を、ワテラスコモンホール(東京都千代田区)において開催した。本研究プロジェクトは、「読者の心を動かし、大人になっても記憶に残る読書体験」と定義した「心に残る読書体験」の形成要素を明らかにすることを目的としたものである。全国から、図書館員、その他の子どもの本の関係者、研究者などが集まり、参加者数は34人であった。

  報告会の第一部では、この研究プロジェクトのメンバーである筆者・汐﨑順子(慶應義塾大学非常勤講師)と、「ミュージアム体験」の研究者である湯浅万紀子氏(北海道大学)の3人による講演を行った。

  最初の登壇者の汐﨑は、2000年以降を中心に、日本における子どもの読書状況の変化について述べた。1980年代以降、子どもの生活の変化や読書離れへの危惧が広がり、2000年の「子ども読書年」、2001年の「子どもの読書活動の推進に関する法律」(CA1840参照)などをスタートラインとして、官民一体となった読書推進の取り組みが進んでいる状況を示した。そして現在、読書材の電子化、情報を正確に読み取る読書の重視など、「読書」のあり方がさらに大きく変わりつつあり、読書の効果や影響を評価する方法が問われていることを指摘した。最後に、本研究のインタビュー対象者(20代~60代)19人の子ども時代の読書環境について説明した。

  次の登壇者の筆者は、本研究の方法とこれまでの分析の結果を報告した。本研究では、まず、先行研究を参考に「テキスト」(読んだ作品やその一部)、「コンテキスト(コンテクスト)」(時間・空間など)、「読者」(内面、行動など)という三つの観点から成る分析枠組みを作成し、子ども時代の「心に残る読書体験」をインタビュー形式で尋ねた。19人中15人の分析を終了した時点での分析結果として、読書体験は、読む行為だけでなく、前後の行動に広がっており、周囲の人々や社会との相互作用であること、すなわち、読書体験からコンテキストは切り離せないことを示した。そして読書体験は、過去の体験そのものではなく、現在の視点で再構成されたものであり、読書体験の語りからは、現在の視点で、過去を意味づけることを通して、未来を志向し、現在を方向付けるものもみられたことを説明した。

  三番目の登壇者の湯浅氏は、ミュージアム体験の長期記憶に関する研究の展開について、心理学、博物館学、科学教育などの研究者が参画する学際的な共同研究の成果を中心に述べた。この共同研究において、湯浅氏は、来館者・職員・ボランティア・大学の博物館学の授業の受講者などによるミュージアム体験の語りの質的な分析を担当している。研究のベースは、個人的コンテクスト、社会文化的なコンテクスト、物理的コンテクスト、時間の要素から構成されたContextual Model of Learningのモデルである。このモデルは、Falkらにより、ミュージアムにおける学習や体験を理解するために作られたものである。湯浅氏は、これまでの20年以上にわたる調査に基づいて、ミュージアム体験の語りの特徴として、1)ミュージアムの転換期に関する語りが多いこと、2)家族や学芸員などの関わりなど、社会文化的な文脈に関連した意味づけが多いこと、3)来館していない間も持ち続ける思いや街のシンボルとしての意味づけもみられること、4)過去、現在、未来を通した自分自身の物語であることの四つを示した。

  第二部では、以上の報告をふまえ、登壇者3人をパネリストとして、パネルディスカッションを行った。参加者からの質問やコメントに答える形で、調査の具体的な進め方や今後の展望などについて意見交換を行った。

  一連の報告やパネルディスカッションを通じ、別々に進められてきた子どもの読書体験とミュージアム体験の研究との間に共通点が多いことが明らかとなった。互いに交流を深めることで、研究の進展が期待できるだろう。なお本報告会の記録は、本研究プロジェクトのウェブサイトにて公開している。

Ref:
科研費研究成果報告会 子ども時代の「心に残る読書体験」を考える.
https://sites.google.com/jissen.ac.jp/kokoro1/
Falk, J.H.; Dierking, L.D. Learning from Museums: Visitor Experiences and the Making of Meaning. ALTAMIRA PRESS, 2000, 272p.
子ども時代の「心に残る読書体験」を考える:科学研究費補助金基盤研究C 「子ども時代の『心に残る』読書に関する実証的研究:読書体験の形成要素と長期的効果」(19K12722) 成果報告会報告書. 2024, 45p.
日置将之. 読書条例制定の動きについて. カレントアウェアネス. 2015, (323), CA1840, p. 2-4.
https://doi.org/10.11501/9107584