E2673 – ドーナツ・プロジェクト2023シンポジウム<報告>

カレントアウェアネス-E

No.474 2024.02.22

 

 E2673

ドーナツ・プロジェクト2023シンポジウム<報告>

早稲田大学坪内博士記念演劇博物館・田村優依(たむらゆい)

 

  2023年12月13日、早稲田大学坪内博士記念演劇博物館主催により、シンポジウム「ドーナツ・プロジェクト2023―舞台芸術に携わる人のためのアーカイブガイドブックつくりました―」を開催した。本シンポジウムは、当館が2022(令和4)年度から文化庁「大学における文化芸術推進事業」の助成を受け実施した「舞台公演記録のアーカイブ化のためのモデル形成事業(通称:ドーナツ・プロジェクト)」の成果報告として企画した。本稿では、シンポジウムの内容を紹介する。

  冒頭では、当館前館長で、ドーナツ・プロジェクト(以下「本事業」)を牽引する岡室美奈子(早稲田大学文学学術院教授・文化推進部参与)が、発足の経緯について説明した。本事業はアーカイブの意義と可能性、公演映像など資料のデジタルデータの適切な保存・管理の方法や、著作権や契約関係の処理などを学ぶ連続講座の実施により、舞台芸術のデジタルアーカイブの構築と活用を担うアートマネジメント人材を育成し、アーカイブの普及が進まぬ舞台芸術業界において、舞台公演記録のアーカイブ化のためのモデル形成を目指すものである。岡室は、当館が2020年に、EPAD(緊急舞台芸術アーカイブ+デジタルシアター化支援事業、2022年度より一般社団法人)からの委託を受け、文化庁助成事業の一環として舞台公演映像の情報検索サイト“Japan Digital Theatre Archives”(JDTA)を開設したことが発足のきっかけとなっていることや、舞台芸術アーカイブは中心となるべき個々の公演自体を保存できない「ドーナツ型のアーカイブ」であることから「ドーナツ・プロジェクト」と命名したことなどを説明した。

●第1部 ドーナツ・プロジェクト事業成果報告

  第1部では、当館から事業成果報告を行った。まず、専従スタッフとして事業に携わってきた筆者が、事業の中心となる連続講座の講座内容や受講生の人数、内訳について紹介した。

  次いで当館の中西智範が、2023年12月7日に仮版として公開した舞台芸術アーカイブの手引書「舞台芸術に携わる人のためのアーカイブガイドブック」(以下「ガイドブック」)について紹介した。日本の舞台芸術業界には参照できるアーカイブの手引書が存在しなかったことから、連続講座の補助教材として、米国演劇のアーカイブを支援する団体American Theatre Archive Project(ATAP)発行による演劇アーカイブのマニュアル“Preserving Theatrical Legacy”を2022年度に和訳し、本事業のウェブサイトで公開した。しかし、興行形態や創作過程が米国とは全く違う日本の舞台芸術業界のアーカイブ活動では、そのまま参照することは難しい。そのため2023年度には、日本の舞台芸術アーカイブに特化した手引書を作成した。中西は、手引書はマニュアルではなくあくまで「ガイドブック」であり、アーカイブの価値が未だに完全には浸透していない日本の舞台芸術に関わる様々な人々が日々の活動の中で参照できるものを目指して作成したと説明した。

●第2部 座談会「舞台芸術アーカイブの展望」

  座談会には、骨董通り法律事務所の福井健策弁護士、劇団サンプル主宰・劇作家・演出家の松井周氏、劇団範宙遊泳プロデューサー・劇団ロロ制作の坂本もも氏に加え、当館から中西と筆者が登壇し、司会は岡室が務めた。

  座談会はまずガイドブックの感想や評価に始まり、主にガイドブックの普及や舞台芸術アーカイブの価値の向上について活発な議論が交わされた。EPAD事業を牽引し、デジタルアーカイブ学会理事でもある福井氏は、ガイドブックが舞台芸術のアーカイブに関して体系的に整理されていることを評価した。また、アーカイブにおいて権利処理の知識は重要で、権利処理が済んだ「使えるアーカイブ」を増やしていくことで、それらをデジタル化した際にはアクセシビリティも向上し、同時にガイドブックの需要も高まっていくだろうと指摘した。それを受けて坂本氏は、舞台芸術業界では「残すこと」を意識せず作品を創作してきたとし、これからは作り手の意識も「残すこと」を前提にした創作へと変化していくだろうと展望を述べた。

  松井氏は、これまで行われてきた様々な舞台芸術作品の情報の繋がりが直感的に分かるような舞台芸術アーカイブがあれば、作り手の創作に役立つだけではなく、観客や一般の人びとの演劇に対する親しみやすさの向上にも繋がると指摘した。岡室も、JDTAや「戯曲デジタルアーカイブ」などの個々のデジタルアーカイブが密接に連携できれば、ユーザビリティの向上にも繋がるのでは、と述べた。

  最後に福井氏は、アーカイブがなければ、これまでの舞台芸術において何が生み出されてきたかを人々が知らないままになると述べ、現在の舞台芸術業界において、過去に生み出された作品と同じような作風を「新しい」と評価してしまうことで、舞台芸術の創作における可能性が狭まってしまっていることを指摘した。さらに、アーカイブへのアクセスが可能になることで教育やビジネスなど多方面で利活用が期待できると語った。

  これまで舞台芸術界では、一つの作品や公演に関する資料が多岐に渡るため、それらを残すことに注力してこなかったと言える。しかし本座談会を通して、EPAD事業や当館の取り組みによって資料をアーカイブとして残していくことの重要性を改めて確認した。また同時に、舞台芸術に携わる人々が作品やその創作過程などを「残す」意識を持つように変化していく必要があること、そのためには本事業で作成したガイドブックや権利処理などの知識を提供する場が必要であることを確認した。本シンポジウムが、事業成果報告のみにとどまらず、今後の舞台芸術アーカイブについて考え、議論するきっかけの一つとなれば幸いである。本シンポジウムのイベントレポートは、本事業のウェブサイトで公開している。ぜひ参照されたい。

Ref:
“シンポジウムドーナツ・プロジェクト2023 舞台芸術に携わる人のためのアーカイブガイドブックつくりました”. ドーナツ・プロジェクト. 2023-12-08.
https://w3.waseda.jp/prj-archivemodel/events/
早稲田大学演劇博物館ドーナツ・プロジェクト.
https://w3.waseda.jp/prj-archivemodel/
早稲田大学演劇博物館ドーナツ・プロジェクト. 舞台芸術に携わる人のためのアーカイブガイドブック. 仮版(ver. 0-0), 早稲田大学演劇博物館, 2023, 89p.
https://w3.waseda.jp/prj-archivemodel/wp-content/uploads/sites/204/2023/12/guidebook_ENPK_ver0-0_20231207.pdf
早稲田大学演劇博物館ドーナツ・プロジェクト. 舞台芸術に携わる人のためのアーカイブガイドブック:ファーストステップガイド. 仮版(ver. 0-2), 早稲田大学演劇博物館, 2023, 29p.
https://w3.waseda.jp/prj-archivemodel/wp-content/uploads/sites/204/2023/12/firststepguide_ENPK_ver0-2_20231226.pdf
EPAD.
https://epad.jp/about/
Japan Digital Theatre Archives.
https://www.enpaku-jdta.jp/
ドーナツ・プロジェクト. ドーナツ・プロジェクト 2023―舞台芸術に携わる人のためのアーカイブガイドブックつくりました―:イベントレポート. 早稲田大学坪内博士記念演劇博物館, 2024, 16p.
https://w3.waseda.jp/prj-archivemodel/wp-content/uploads/sites/204/2024/02/726894670b679d9436ceb346f568c380.pdf