E2628 – 米国の州立公文書館が電子メール保存に向けて「準備」中

カレントアウェアネス-E

No.464 2023.09.21

 

 E2628

米国の州立公文書館が電子メール保存に向けて「準備」中

聖学院大学基礎総合教育部・塩崎亮(しおざきりょう)

 

  米国のステートアーキビスト評議会(CoSA)は2023年3月に電子メール保存に関する2か年プロジェクト“PREPARE”(Preparing Archives for Records in Email)の最終報告書“Be Prepared”を公開した。CoSAは米国50州、コロンビア特別区、準州(北マリアナ諸島、グアム、プエルトリコ、米領サモア、米領バージン諸島)の公文書館56館から構成された非営利組織である。CoSAは2011年以来、“SERI”(State Electronic Records Initiative)と呼ばれる電子記録関連の諸事業を展開しているが、“PREPARE”はその一環でもある。“PREPARE”は、メロン財団の支援のもとイリノイ大学が主導するプロジェクト“Email Archives: Building Capacity and Community”の助成対象の一つとして実施された。本稿では“PREPARE”と“Be Prepared”の概要について紹介する。

●プロジェクト“PREPARE”の概要

  今後も電子メールは主要なコミュニケーションツールとして政府機関で使用され続けるとの仮定のもと、プロジェクトの第1段階ではCoSA参加館を対象として電子メール保存に関する実態調査がなされた。結果、電子メール保存に取り組んでいる機関は少数にとどまり、そのような活動を阻む大きな要因として、膨大なデータ量、州の方針の欠如、技術力の不足等が確認されたという。第2段階では電子メール保存ツールの検証が仮想マシン上で実施された。試用ツールはePADD、DArcMail、libratomの3種類で、いずれも有用な機能をもつことは確認されたものの、実務に即した検証がしにくかったことから、むしろ、標準的なワークフローの整備が求められていることが示唆されたという。第3段階として、CoSAでは参加館に対する直接的な支援が計画されている。

●最終報告書“Be Prepared”の概要

  最終報告書は参加館向けの手引き書(つまりは間接的な支援)という形でまとめられている。同書では電子メールのプロトコル等の仕様が概説されたあと、技術・ガバナンス・保存面での推奨事項が示されている。技術面についての推奨事項としては、次のようなものが挙げられている。

  • Google VaultやMicrosoft Exchange等の中央管理システムを導入して管理コストを抑えること
  • ユーザが用いるフォルダ構造やラベル名を管理者側が設定できるようにしておくこと
  • 自然言語処理技術等による分類機能を提供すること
  • 長期保存する電子メールの記録(以下「レコード」)にはオープンフォーマット(MBOX、XML、PDF/A等)を採用すること
  • ヘッダー情報も可能な限り維持すること
  • メッセージ本文と紐づけたうえで添付ファイルおよびリンク先コンテンツを保存すること

  ガバナンスの面からすると、膨大な量の電子メールの保存を実行可能なものとするには、国立公文書記録管理局(NARA)で導入された「キャップストーン」(Capstone)アプローチにならい、メッセージの内容ではなく、役職にもとづき保存対象のアカウントを選定する方針が望ましいと整理されている。加えて、次のような点も推奨されている。

  • 機微情報等を含むものであるかどうかの判断は、IT部門やアーカイブズ部門でなく、深い主題知識をもつレコードの作成者側が担うこと
  • 自動化機能を導入のうえ電子メールの組織化作業もユーザ側に任せること
  • とはいえユーザ側で勝手にメッセージを削除できない方針または設定とすること
  • 個々のメッセージではなく、アカウントやメールボックスを管理の単位とすること
  • 電子メールの私的利用を完全に禁止することはできないため、政府機関職員に対しては電子メール保存の方針を周知徹底すること
  • 一定期間以上管理すべきレコードはメールサーバから保存システムへ移行すること

  保存面の推奨事項は、通常の場合と、より重要なアカウントが対象になる場合の2種類に分けてまとめられている。通常の場合、ビット列・メタデータ・メッセージ本文および添付ファイルを(保存システムではパッケージ化して)保存すること、機微情報等を含むレコードを判別・分離可能とすること、メールボックスあるいはフォルダ単位で組織化することが挙げられている。より重要なアカウントの場合はさらに、メッセージ本文および添付ファイルは安定したフォーマットに変換すること、AI技術等を駆使してアイテム単位での管理や固有表現抽出を実現すること、ePADD等のツールにより高度なアクセス環境を提供することが推奨されている。また、現在PDF Associationで開発中の電子メール保存用コンテナフォーマットEA-PDFでの保存が将来的には望まれることについても触れられている。

●さいごに

  翻って、日本の行政文書については「電子メールの選別及び手順に関するマニュアル」等で内容にもとづく選別方針が示されており、米国の方向性とは異なる。これは官僚制のあり方や公文書制度の位置づけの違いを反映しているのかもしれない。いずれにせよ、これらのアプローチのメリット・デメリットを比較検証する作業が今後必要となるだろう。なお、CoSAの最終報告書のほかに、近年では英国のデジタル保存連合(DPC ; E2361 参照)から電子メール保存についてのオンライン教材が提供されており、2023年7月から非会員にも無料公開されている。そちらも電子記録に関する環境整備の「準備」に役立つのではないだろうか。

Ref:
“Be Prepared: Managing & Preserving Email in State and Territorial Governments”. CoSA. 2023-03-27.
https://www.statearchivists.org/viewdocument/be-prepared-managing-preserving
Be Prepared: Managing & Preserving Email in State and Territorial Governments. CoSA. 2023, 27p.
https://www.statearchivists.org/HigherLogic/System/DownloadDocumentFile.ashx?DocumentFileKey=8bcb15b9-fe08-6e29-e1b2-191e5425e9ac&forceDialog=0
Council of State Archivists.
https://www.statearchivists.org/
Email Archives: Building Capacity and Community.
https://emailarchivesgrant.library.illinois.edu/
“EA-PDF”. PDF Association.
https://pdfa.org/resource/ea-pdf/
“N2KH: Email Preservation”. DPC.
https://dpc.getlearnworlds.com/course/n2kh-email
元ナミ. “アメリカ州立公文書館におけるNHPRC基金の活用”. 京都大学大学文書館研究紀要. 2019, (17), p. 67–82.
https://doi.org/10.14989/241004
行政文書の管理の在り方等に関する閣僚会議. 公文書管理の適正の確保のための取組について. 2018, 6p.
https://www8.cao.go.jp/chosei/koubun/tekisei/honbun.pdf
行政文書の電子的管理についての基本的な方針(平成31年3月25日内閣総理大臣決定). 2019, 8p.
https://www8.cao.go.jp/chosei/koubun/densi/kihonntekihousin.pdf
内閣府大臣官房公文書管理課長. 電子メールの選別及び手順に関するマニュアル. 2022, 13p.
https://www8.cao.go.jp/chosei/koubun/hourei/tsuchi2-4.pdf
堀内暢行, 橋本陽. 電子メール長期保存の課題:ePADDの有用性と問題点. デジタルアーカイブ学会誌. 2021, 5(s1), p. s55-s58.
https://doi.org/10.24506/jsda.5.s1_s55
塩崎亮. 英・デジタル保存連合と「デジタル保存賞」の来し方. カレントアウェアネス-E. 2021, (409), E2361.
https://current.ndl.go.jp/e2361