E2629 – OAジャーナル出版のためのツールキット

カレントアウェアネス-E

No.464 2023.09.21

 

 E2629

OAジャーナル出版のためのツールキット

京都大学東南アジア地域研究研究所・設樂成実(したらなるみ)

 

  2023年6月、オープンアクセス学術出版協会(OASPA)およびDirectory of Open Access Journals(DOAJ)により“The Open Access Journals Toolkit”(以下「キット」)が公開された。キットは、オープンアクセス(OA)ジャーナル出版に必要な情報をまとめた無料のオンラインリソースである。出版社、編集者、技術提供者、図書館員、研究者等さまざまな利用者を想定している。6つのトピックから構成され、通読することでOAジャーナル出版にかかる業務の全般を理解し、世界の潮流や留意事項を学ぶことができる。以下、各トピックについて簡単に紹介する。

  • ジャーナルの創刊
      目的と対象領域(Aims and Scope)やタイトルの決定、資金の確保等についての説明。創刊時の準備事項をまとめたチェックリストは、簡潔で分かりやすい。
  • ジャーナルの運営
      原稿の選択基準、刊行頻度の設定、査読と質の保証、現地語によるジャーナルの出版、運営コスト等についての説明。
  • 索引付け
      ジャーナルの認知度を高める方策として、ジャーナルや論文の索引付け、検索エンジンの最適化、主要なメトリックスの利用や他誌との比較等についての説明。
  • 人材の確保
      編集長をはじめとする各スタッフの役割と責任、編集委員会の構成、スタッフの養成や能力開発等についての説明。
  • 方針
      著者へのガイドラインに含めるべき項目、出版倫理、著作権とライセンスの設定、論文の訂正や撤回等についての説明。
  • インフラ
      OAジャーナル出版に必要なソフトウェアやインフラ、ウェブサイトのデザイン、ジャーナルや論文のメタデータの取り扱い、XML編集、永続的識別子等についての説明。

  各トピックには引用文献とそのURLへのリンクが含まれ、さらに詳しく知りたい人に向けた文献紹介も含まれる。なお、キットはPDF版としてダウンロードも可能である。

  大学や研究機関所属の図書館員にとって、キットは図書館で扱う資料の一つであるOAジャーナルについて理解を深めるのに役立つだろう。また、機関リポジトリの多くが、ジャーナル論文の著者版の公開以外にも紀要を中心に各機関発行のジャーナルの電子化と公開を担い、日本のOAジャーナル出版のインフラとなっている。この点から図書館員は、出版の当事者としてもキットを利用できるのではないだろうか。例えば、ウェブサイトに掲載すべき基本事項やジャーナルのアクセシビリティ(CA2040参照)、SNSを用いた広報に関する説明は、機関リポジトリや図書館のウェブサイトのデザイン、情報発信の在り方を考える際に活用できそうだ。なお、キットでは、機関誌の出版にあたっては、編集委員に図書館関係者が加わることも提案されている。

  ジャーナルの編集に携わる者としては、非営利のジャーナルプラットフォーム(Project Euclid、Free Journal Network)や信頼できる索引(Web of Science、Scopus、DOAJ)などの実用的な情報が豊富にまとめられている点が特に有難く感じた。購読型ジャーナルからOAジャーナルへの移行にかかる留意事項や方法に関する説明は、今後OA化を検討する編集者にとって参考になるだろう。

  OASPAとDOAJは、出版倫理委員会(COPE)やCrossrefとともにPublishers Learning And Community Exchange(PLACE)というサービスも提供している。出版関係者とのネットワークを持たない人々が学術出版におけるベストプラクティスに関する情報をワンストップで入手し、専門家に質問をすることもできるオンラインフォーラムである。無料のアカウント登録が必要ではあるが、ジャーナル出版において図書館員や編集者が質問相手に困った際には一つの手段となりそうだ。

  日本では2023年6月に「統合イノベーション戦略2023」が閣議決定された。これには2025年公募分からの公的資金による学術論文等の即時OAの義務化に向けた方針の策定が含まれる。今後各方面でOA化に向けた議論や取組が加速すると予想され、キットの活用が期待される。

Ref:
Open Access Journals Toolkit.
https://www.oajournals-toolkit.org/
Mendonça, Alex et al. The Open Access Journals Toolkit. OASPA, DOAJ. 2023, 106p.
https://doi.org/10.5281/zenodo.8017033
Publishers Learning and Community Exchange.
https://theplace.discourse.group/
“統合イノベーション戦略2023”. 内閣府.
https://www8.cao.go.jp/cstp/tougosenryaku/2023.html
論文等のオープンアクセスについて(論点とりまとめ). 内閣府科学技術・イノベーション推進事務局. 2023, 24p. 
https://www8.cao.go.jp/cstp/gaiyo/yusikisha/20230525/siryo1.pdf
植村八潮. 学術雑誌のアクセシビリティ:現状と課題. カレントアウェアネス. 2023, (356), CA2040, p.2-3.
https://doi.org/10.11501/12894516