E2590 – 宮古島市総合博物館「博物館浴でリラックスしよう!」

カレントアウェアネス-E

No.455 2023.04.20

 

 E2590

宮古島市総合博物館「博物館浴でリラックスしよう!」

宮古島市総合博物館・與那覇史香(よなはふみか)

 

  2023年2月12日、宮古島市総合博物館(沖縄県)にて、九州産業大学との連携事業「博物館浴でリラックスしよう!-展示鑑賞と科学的データの測定-」を開催した。本稿では、その内容を紹介する。

●森林浴ならぬ「博物館浴」とは

  近年、欧米では博物館の展示鑑賞をメンタルヘルス対策に活用する取り組みがはじまっており、カナダでは、精神的な疾患を抱えた患者に対して医師が処方箋に「博物館」と書くことができる。また、英国では、不登校や産後うつなどのメンタルヘルス支援に博物館が活用されている。

  日本においては、九州産業大学地域共創学部の緒方泉教授が、「博物館の持つ癒し効果を人々の健康増進・疾病予防に活用する活動」として「博物館浴」を提唱し、「博物館浴」の研究を進めている。

●当館で開催するに至った経緯と実験内容

  緒方氏は、2020年9月より「博物館浴」の効果を科学的に実証するため、全国各地の博物館で実証実験を行っている。当館では、緒方氏が講師を務めた研修会に参加したことをきっかけに、連携事業として今回の実証実験に協力することとなった。

  本実証実験には、20代から70代までの男女計13人の参加があった。実証実験の方法は次のとおりである。

  当館での実証実験では、はじめに参加者の生理測定(脈拍・血圧測定)と心理測定(質問紙POMS2を使用した気分・感情測定)を行った。この測定値が初期値となって、以後の計測値の基準となる。次に、参加者を二つの班に分け、1班は第1展示室(考古・歴史、民俗部門)を、2班は第2展示室(自然科学、美術工芸部門)を20分間個人で鑑賞した。鑑賞後、2回目の生理・心理測定を行った。測定後、1班、2班ともに特別企画展示室にて15分間、同展示室の天井画「渦」の解説を学芸員(筆者)から受けた。その際、参加者は長椅子や畳に仰向けの状態で鑑賞した。その後、再度、1班は第1展示室を、2班は第2展示室を20分間グループで鑑賞した。鑑賞後、3回目の生理・心理測定を行い、最後に緒方氏の講話とふりかえりをもって会は終了した。

●測定結果

  生理・心理測定の結果は次のとおりである。なお、本測定結果は、緒方氏より提供を受けた報告書に基づくものである。

  1班の場合、生理測定の結果、最高血圧と最低血圧は、初期値(1回目)と比べ、2回目の数値は下降、3回目の数値は上昇した。脈拍は初期値と比べ、2回目と3回目の数値は下降した。心理測定の結果、初期値と比べ、2回目と3回目は怒り、混乱、抑うつ、疲労、緊張というネガティブ状態を表す数値が全て下がった。また、ポジティブな状態を表す活力は、初期値と比べ2回目と3回目の数値が上がった。

  2班の場合、生理測定の結果、最高血圧は初期値と比べ、2回目は下降、3回目は上昇した。最低血圧は初期値と比べ、2回目と3回目の数値はやや上昇した。脈拍は初期値と比べ、2回目はやや下降、3回目は上昇した。心理測定の結果、初期値と比べ、2回目は怒り、混乱、抑うつ、疲労、緊張というネガティブ状態を表す数値が全て下がった。3回目は2回目よりも上昇した。また、ポジティブ状態を表す活力は、初期値と比べ、2回目は数値が下がり、3回目は数値が上がった。

  この結果から、緒方氏は次のように総括している。「個人鑑賞後の数値(2回目)から、交感神経と副交感神経のバランスが良く、参加者にとって博物館浴のリラックス効果がうかがえる」。また展示解説とグループ鑑賞後の3回目の測定値の数値変化について緒方氏は、「鑑賞対象や時間が固定されていて自由に鑑賞できない」、「各展示室でのパネルの文字数の違いによる読み飽き」、「90分以上の滞在時間からの疲れ」、「長椅子や畳に寝転がって解説を聞く」など、戸惑いや気持ちの揺らぎが数値に出てきたと推測し、今後はこのような複合要因を考慮する必要があるとまとめている。

●おわりに

  当館での実証実験では、鑑賞対象の違いによる数値の差をみるため、あえて自由見学ではなく2班に分けて鑑賞対象を固定した。そのため、何人かの参加者から「他の展示室を観たい」との要望もあったが、それが叶わなかったことも先に述べた結果につながったと考えられる。しかし、「自分の数値が下がっていて驚いた。博物館は特別な場所ではなく、日常的にリラックスする場として活用したい」との感想もあり、本実証実験の結果を基に当館なりの「博物館浴」の場をつくり、新しい博物館の楽しみ方を提供していきたい。

  今後、緒方氏は全国の博物館・美術館等での実証実験を計画している。「博物館浴」に関心のある機関は、緒方氏と共に実証実験を行う九州産業大学美術館へ問い合わされたい。

Ref:
“【博物館】「博物館浴でリラックスしよう!」参加者募集のお知らせ”. 宮古島市.
https://www.city.miyakojima.lg.jp/soshiki/kyouiku/syougaigakusyu/hakubutsukan/oshirase/2023-0105-1438-198.html
“「博物館浴」実証実験でリラックス効果が期待”. 九州産業大学. 2023-01-10.
https://www.kyusan-u.ac.jp/faculty/chiiki/news/museum-20230105/
緒方泉. 物館浴によるリラックス効果の検証 : 超高齢社会に向けた博物館の新たな役割を考えるために. 地域共創学会誌. 2021, Vol. 6, p. 55-72.
http://hdl.handle.net/11178/8117
緒方泉. 「博物館浴」研究の進展に向けた海外文献調査 : Mikaela Lawらのスコーピングレビューをもとに. 地域共創学会誌. 2021, Vol. 7, p. 35-52.
http://hdl.handle.net/11178/8122
緒方泉. 「博物館浴」の生理・心理的影響に関する基礎的研究(1) : 中学生・高校生を事例として. 地域共創学会誌. 2022, Vol. 8, p. 17-49.
http://hdl.handle.net/11178/8220
緒方泉. 「博物館浴」の生理・心理的影響に関する基礎的研究(2) : 学芸員,博物館関係者を事例として. 地域共創学会誌. 2022, Vol. 9, p. 27-47.
http://hdl.handle.net/11178/8263
緒方泉. 「博物館浴」の生理・心理的影響に関する基礎的研究(3) : 博物館学を「学ぶ大学生」と「学ばない大学生」を事例として. 地域創生学会誌. 2022, Vol. 9, p. 48-76.
http://hdl.handle.net/11178/8264
緒方泉.博物館の新たな価値創造を考える:超高齢社会に向けた医療・福祉との連携による「博物館浴」の実践.博物館研究.2023, Vol.58(1), p. 18-22.