カレントアウェアネス-E
No.451 2023.02.02
E2575
早慶和書電子化推進コンソーシアム:早慶の新たな取り組み
慶應義塾大学メディアセンター本部・酒見佳世(さけみかよ),
早稲田大学図書館・竹澤紀子(たけざわのりこ)
新型コロナウイルス感染症の流行は,従来の図書館の来館サービスや蔵書への物理的なアクセスを提供できない状況を引き起こし,大学図書館が電子書籍の導入に積極的に取り組むきっかけとなった。さらに,大学の教育・研究の現場における電子書籍の利用が一気に加速したことで,特に和書について,コンテンツ不足や利用制限など電子書籍の課題に向き合うことにもなった。こうした状況の中,早稲田大学図書館および慶應義塾大学メディアセンター(図書館)は,2021年5月に「早慶和書電子化推進コンソーシアム」(以下「早慶コンソーシアム」)を立ち上げ,2022年10月から1年半の期間限定プロジェクトとして実証実験を開始した。実証実験では,紀伊國屋書店をパートナーに迎え,その活動趣旨に賛同した国内出版社5社(岩波書店,講談社,光文社,裳華房,日本評論社)のタイトル約1,200点を紀伊國屋書店の法人向け学術和書電子図書館サービスKinoDen上で早慶の学生・教職員に対して提供し,対話を通じて利用者・大学図書館・出版社・プラットフォーマーにとってプラスとなる形で課題を解消することを目指す。
今回の早慶コンソーシアムの前段として,2019年9月から開始した早稲田大学図書館と慶應義塾大学メディアセンターの図書館システム共同運用(CA1969参照)がある。早慶で同じ図書館システムを導入しただけでなく,それぞれが購入する紙の資料の目録作成を共同で行い書誌データを双方で共有するとともに,館員の知識共有・人的交流も促進されている。出版社に具体的な要望を伝えるにあたり,このシステムを活用して,共同運用開始後に早慶それぞれで20回以上の貸出があった図書のデータを抽出し,電子化を進めたいタイトルのリストとして準備した。
早慶コンソーシアムでは和書の電子書籍の課題として以下を挙げている。
- 大学図書館で購入可能なタイトルの少なさ
- 冊子体と電子書籍出版のタイムラグ
- 利用条件の制限(同時アクセス数,ダウンロード不可)
- メタデータの質と提供スピード
- 購読モデルの選択肢の少なさ
各出版社はこれらの課題のいくつかをクリアする形で実験に参画している。合意に至るまでには紀伊國屋書店や出版社と何度も話し合い,それぞれの考え方や事情が異なる中での個別調整や,早慶ですり合わせながらの意思決定において相応の時間と労力を費やした。タイトル提供を開始して,およそ2か月が経過したところだが,利用は堅調に推移しており,SNSなどでも好意的な反応がみられている。
出版社と対話する中で認識を新たにしたのは「個人向けにのみ提供され図書館向けには提供されていなかったタイトル」がかなり存在するということであり,今回の提供タイトルの半数がこれにあたる。また,出版社側で電子化が進まない事情,画一的な購読モデルしか出せない理由もある程度見えてきた。従来の紙での出版の枠組みが前提とされる中で,電子化を進め図書館に提供することによるコスト増,紙の売り上げ減少,印税処理の複雑化等の危惧を払拭することは簡単ではない。このため,期間限定の実験的な取り組みと位置付けること,かつそれを有償で行うことで,今ある不安が現実となるのかそうでないのかを実際に検証する機会とした。今後,利用者が実際にどのように電子書籍を使うのか,またその意見も合わせて,出版社と紀伊國屋書店へフィードバックを行う予定である。
まずは2024年3月までの1年半,早慶2大学での実験的取り組みを行い,その結果として日本国内における大学図書館向けの電子書籍(和書)のタイトル数が増え,将来的に大学図書館にとって望ましい購読モデルの構築や他社も含めた新たな取り組みに繋がることを願っている。実験は始まったばかりである。今後の続報を待たれたい。
Ref:
“「早慶和書電子化推進コンソーシアム」発足”. 早稲田大学. 2022-10-20.
https://www.waseda.jp/top/news/84352
“早慶和書電子化推進コンソーシアム: 本コンソーシアムについて”. 慶應義塾大学メディアセンター.
https://libguides.lib.keio.ac.jp/sokei-ebook/home
“早慶和書電子化推進コンソーシアム: プロジェクト概要”. 早稲田大学 図書館.
https://waseda-jp.libguides.com/sokei-ebook/
本間知佐子, 入江伸. 早稲田大学・慶應義塾大学コンソーシアムによる図書館システム共同運用に向けた取り組みについて. カレントアウェアネス. 2020, (343), CA1969, p. 6-9.
https://doi.org/10.11501/11471487