E2557 – 第18回電子資料の長期保存に関する国際会議iPRES2022<報告>

カレントアウェアネス-E

No.447 2022.11.17

 

 E2557

第18回電子資料の長期保存に関する国際会議iPRES2022<報告>

電子情報部電子情報企画課・木下貴文(きのしたたかふみ),関西館電子図書館課・本田樹(ほんだたつき)

 

  第18回デジタル資料の長期保存に関する国際会議(iPRES2022;E2454ほか参照)が,2022年9月12日から16日の5日間にわたって英国・グラスゴーのストラスクライド大学で開催された。会議は,前回同様,オンラインとオンサイトとのハイブリッド形式で行われた。2004年に「中国・欧州デジタル資料の長期保存ワークショップ」として始まったiPRESは,デジタル資料の長期保存に係る政策や具体的な事例の紹介,国際組織からNPO団体のような比較的小さな組織の活動まで,様々なトピックを扱っている。今回は,現地で約400人,オンラインでは約200人の参加があった。国立国会図書館(NDL)からは筆者ら2人がオンラインで参加した。

  2022年度の主催者は,設立20周年を迎える英・デジタル保存連合(DPC;E2361参照)である。DPCは,英国を中心に現在130を超える数の機関が参加しているデジタル資料の長期保存に関する団体である。“Digital Preservation Handbook”に代表される手引・ツールの開発や各種の調査等でよく知られており,本会議ではDPCのメンバーによる発表も多々見られた。

  例年同様,初日はチュートリアルやワークショップが開催された。筆者らが参加した「能力とスキル開発のための継続的改善ツール」チュートリアルはDPCメンバーを講師としたもので,組織のデジタル資料の長期保存における成熟度の測定ツールである“DPC Rapid Assessment Model”(DPC RAM)および個人や組織のスキルレベルの評価や職務記述書の見直しに用いることができる“DPC Competency Audit Toolkit”(DPC CAT)の紹介が行われた。その後,会場において,当該ツールを用いた評価が実践され,オンラインアンケートツールを用いて評価結果が共有された。

  2日目から4日目までは研究の発表セッションが中心であった。5日目は,現地参加者向けに英国内の機関を見学する機会が設けられた。

  2022年度のベストペーパーは,米・ヴァージニア工科大学図書館による,デジタル資料の長期保存システムの環境への影響に関する発表であった。同館の長期保存システムからのCO2排出量を評価し,排出量削減のための改善策を検討したという内容で,改善策として「保存データ量を最小限に抑える」,「不変性の検証のためのハッシュ値計算頻度を少なくする」などが挙げられた。保存データの量や質を求めるほどCO2排出量が増加し環境への負荷は増すということで,デジタル資料の長期保存と環境保全を両立させることの難しさを改めて認識した。

  日本からは,4日目のポスターセッションで文教大学の池内有為准教授らより,日本学術振興会が2018年から始めた事業である「人文学・社会科学データインフラストラクチャー構築推進事業」についての発表が行われ,当事業の成果である人文学・社会科学分野のデータのメタデータの一括検索が可能なデータカタログ“JDCat”のサービス開始等についての報告がなされた。

  筆者らが聴講して興味深かったセッションとして,電子メールの保存に関するセッションが挙げられる。パネリストとして,電子メールを保存できる特殊なPDFフォーマットの仕様策定を進めるEA-PDFの関係者1人と,自然言語処理機能等も含めたオープンソースのツール開発を進めるRATOMプロジェクトの関係者1人の2人が登壇し,それぞれの設計意図や今後の予定の報告,利害得失に関する議論等が行われた。

  その他,米国の国家デジタル管理連盟(NDSA)やドイツの電子情報長期保存プロジェクト“nestor”がそれぞれ実施したデジタル資料の長期保存の体制面に関するアンケート調査の結果の報告のほか,オランダデジタル遺産ネットワークが実施しているデジタル資料の長期保存に関係する技術動向を組織横断的に情報収集する活動の紹介等がなされた。また,各組織で行っているファイルフォーマット変換の例の紹介といった技術的な話題もあり,幅広いテーマが取り扱われた。

  運営面から発表内容に至るまで,環境や持続可能性への意識の強さが非常に印象的だった。運営面では,あらかじめウェブサイト上でCO2排出量や廃棄物を減らすための指針を示す,紙ごみの削減のためプログラム等の情報は専用アプリからの提供に限るなどの措置が取られていた。発表内容でもデジタル資料の長期保存の環境への影響について評価したものが目立ち,上述したベストペーパーに加え,ベストポスターに選出されたオランダデジタル遺産ネットワークによる発表も,デジタル資料の長期保存活動のCO2排出をテーマにしたものであった。

  iPRES2023は米国のイリノイ州立大学アーバナ・シャンペーン校で,2023年9月19日から9月22日まで開催される予定である。

Ref:
iPRES 2022.
https://ipres2022.scot/
“Digital Preservation Handbook”. DPC.
https://www.dpconline.org/handbook
“DPC Rapid Assessment Model”. DPC.
https://www.dpconline.org/digipres/implement-digipres/dpc-ram
“DPC Competency Audit Toolkit”. DPC.
https://www.dpconline.org/digipres/train-your-staff/dp-competency/dpc-cat
“iPres 2022 Prizes”. iPRES 2022.
https://ipres2022.scot/ipres-prizes-2/
“人文学・社会科学データインフラストラクチャー構築推進事業”. 日本学術振興会.
https://www.jsps.go.jp/j-di/search.html
“iPres 2022 Sustainability Policy”. iPRES 2022.
https://ipres2022.scot/sustainability/
iPRES 2023.
https://ipres2023.us/
松永しのぶ. 第17回電子情報保存に関する国際会議(iPRES2021)<報告>. カレントアウェアネス-E. 2021, (426), E2454.
https://current.ndl.go.jp/e2454
塩崎亮. 英・デジタル保存連合と「デジタル保存賞」の来し方. カレントアウェアネス-E. 2021, (409), E2361.
https://current.ndl.go.jp/e2361