カレントアウェアネス-E
No.431 2022.03.03
E2478
シンポジウム〈見せる/魅せる〉近世文学<報告>
国文学研究資料館・入口敦志(いりぐちあつし)
日本近世文学会(以下「近世文学会」)は1951年に設立され,70年に及ぶ歴史を持つ。江戸時代の文学研究を中心としているが,演劇や芸能,書誌学,出版史など多様な分野の専門家によって構成され,活発な研究活動を行ってきた。2015年に『和本リテラシーニューズ』を創刊(現時点で5号まで刊行)した他,高校などで出前授業を行うなど,近年は近世文学の普及活動にも力を入れている。
2021年11月20日から21日にかけて日本近世文学会2021年度秋季大会がオンライン開催され,初日にはシンポジウム「〈見せる/魅せる〉近世文学」が開催された。筆者は大会実行組織の世話人として大会に関わった。今回の大会運営を担った国文学研究資料館には展示室があり,近年は「書物で見る 日本古典文学史」,「和書のさまざま」という2つの通常展示と,年1回程度の特別展示を行っている。その経営の中で文学作品を展示することの難しさを痛感することも多く,これをテーマとするシンポジウムを発案した。本稿ではシンポジウムについて報告する。
シンポジウム前半は,金子馨氏(出光美術館),長田和也氏(大東急記念文庫),中西保仁氏(印刷博物館),林知左子氏(西尾市岩瀬文庫),アレッサンドロ・ビアンキ氏(英・オックスフォード大学ボドリアン日本研究図書館),南清恵氏(米・ホノルル美術館)の6人のパネリストが,それぞれ事前に準備したスライドを用いて,これまで手掛けた展覧等の事例発表を行った。司会は,木越俊介氏(国文学研究資料館)が担当した。
パネリストはいずれも近世文学会員にゆかりの深い機関に所属しており,日頃の調査・研究活動に深い理解を示している。また,大学図書館のみならず美術館,博物館とそれぞれの性格も違っており,展示の諸相を議論するにふさわしいパネリストであった。
各パネリストの発表要旨や記録動画は秋季大会のホームページから閲覧,視聴可能(記録動画は2022年6月10日までの限定公開)であるので,発表内容の詳述は差し控えるが,豊富な画像を用いた具体的な説明は大変興味深いものであった。なおかつ,展示とは何かという根本の問題を常に意識し,試行錯誤を繰り返しながら活動していることを知ることが出来たのも,大きな収穫である。
今回の議論で問題になったことの一つは,誰に向けての展示かということであろう。先に述べたとおり,パネリストの所属機関は様々であって,その対象もそれぞれに異なっている。当然のことながら,対象(客層)に応じた展示の方法やイベントの企画があるわけで,対象が漠然としていては展示も難しいことは改めて認識させられた。見方を変えれば,対象をはっきりと設定すれば,自ずと方法は定まるとも言えるだろう。
近世文学会が和本リテラシーに関する活動をしている背景には,現代の日本人が古い書物に書かれているくずし字を読めなくなっていることへの危機感がある。くずし字云々だけではなく,昨今,古典文学教育の意義を問うような議論が起きていることも事実である。そのような状況の中で,日本文学の基礎知識が無く,書かれた文字自体を読むことの出来ない人々を対象としている海外の2機関のパネリストの発表からは多くの示唆を得た。書物のマテリアリティの魅力を伝えること,本文の英訳を備えることなど,日本国内でも検討に値する取り組みであろう。
シンポジウムの後半では,加藤弓枝氏(鶴見大学)をディスカッサントに迎え,パネリストの意見交換が行われた。具体的な問題として,展示会場に設置する解説,集客の工夫,多くの文字を含んだ近世文学書籍を見せる際の照明などの工夫,展示紹介等のためのSNSの活用,新型コロナウイルス感染症の影響などについて意見交換が行われた。
このシンポジウムはオンライン開催であったため,学会員のみならず広く一般にも開放して行われた。そのため,近世文学以外の文学研究者や美術館,図書館など展示や閲覧に従事している人々の視聴も多かったようである。読むことが基本の文学をどう見せるのか。文学作品の可視化として,挿絵と密接に結びついてきた日本の古典文学に共通する問題にも拡がる議論であった。近世文学研究のみならず,古典文学研究,更には文学研究一般にも波及するシンポジウムとなったことを特記しておきたい。
Ref:
日本近世文学会2021 秋季大会.
https://kinseibungakukai.wixsite.com/taikai141
“Archive”. 日本近世文学会大会事務局.
https://kinseibungakukai.wixsite.com/taikai141/archive
“日本近世文学会秋季大会のご案内”. 日本近世文学会.
http://www.kinseibungakukai.com/doc/taikai141.pdf#page=2
日本近世文学会.
http://www.kinseibungakukai.com/index.html
“和本リテラシーニューズ”. 日本近世文学会.
http://www.kinseibungakukai.com/doc/wabonichiran.html