E2444 – 第29回文化遺産国際協力コンソーシアム研究会<報告>

カレントアウェアネス-E

No.424 2021.11.11

 

 E2444

第29回文化遺産国際協力コンソーシアム研究会<報告>

文化遺産国際協力コンソーシアム事務局・藤井郁乃(ふじいいくの)

 

   文化遺産国際協力コンソーシアム(以下「コンソーシアム」;E1861参照)および文化庁は,2021年8月9日,オンライン(Zoom webinar)で,第29回研究会「文化遺産にまつわる情報の保存と継承~開かれたデータベースに向けて~」を開催した。以下では,本研究会のポイントについて報告する。

   コンソーシアムは,文化遺産をいかに保護すべきか,またそのためにはどのような国際協力を進めていけばよいのかについて議論するとともに,関連する様々な情報の収集・共有に努めている。

   今日,記録技術の進化に伴って,文化遺産に付随する膨大かつ多元的な情報をデータベースに記録することが可能になるとともに,様々な地で暮らす人々が受け継いできた地域特有の情報をデータベース上で継続的に収集するなどといった、データベースの提供側と利用側の双方向的な取り組みも始まっている。

   本研究会では,文化遺産にまつわる情報の保存と継承の望ましいあり方を考えるとともに,この分野での今後の国際協力の可能性についても議論することを目的とし,国内外で有形・無形の文化遺産のデータベース作成に取り組む専門家による発表と意見交換を行った。

   まず,齋藤玲子氏(国立民族学博物館人類文明誌研究部准教授)から,「フォーラム型情報ミュージアムプロジェクトとアイヌ民族資料の活用」と題して,2014年から国立民族学博物館(以下「民博」)が行っている「フォーラム型ミュージアムプロジェクト」の概要とともに,民博が所蔵する約5,000点のアイヌ標本資料を対象とするデータベース構築の軌跡と今後に向けた課題が報告された。アイヌ民族資料は貸出需要が増加しており,使いやすく正確なデータベースの公開が求められる一方で,例えば収集の際に誤情報が付与されていた等,完全性や正確性に課題のある資料も少なくなく,今後の学術研究による再検討が期待されることが述べられた。

   次に,久保田裕道氏(東京文化財研究所無形文化遺産部無形民俗文化財研究室長)から,「無形文化遺産に関わる情報の記録と活用について」と題して,東日本大震災後に始まった被災地を中心とする無形文化遺産のデータベース化と,これに続く全国を対象とした取り組みである「無形文化遺産アーカイブス」について紹介された。また,国際協力事業の一環として行われた,インドネシアでの現状調査やネパールでの無形文化遺産データベース作成支援についても報告され,国によって異なる無形文化遺産の捉え方を尊重することの重要性が強調された。

   さらに,林憲吾氏(東京大学生産技術研究所准教授)から,「アジア近代建築遺産データベースの40年:その展開・変容・課題」と題して,東京大学生産技術研究所・建築史研究室が40年間にわたって日本と東アジア・東南アジア諸国で行ってきた近代建築の悉皆調査と,これを通じて作成される掲題のデータベースについて報告された。これは,紙媒体の調査シートに,建物の所在や構造,特徴,所有者や調査者の評価等が記録されたインベントリーである。近年では,インベントリーから選定した評価の高い物件をウェブデータベース上でも公開している。これまでの歴史の中で,専門家に委ねられてきたデータベースの発信や価値評価の方法に,その建物に対する愛着や記憶といった地域住民の視点や感情が反映されるようになってきたこと,調査を通して現地学生と日本人学生の学び合いの姿勢が深化したことなどが紹介された。そして,ボトムアップで情報を更新する仕組みづくりや,デジタルツールを導入した定点観測の実現などが今後の課題として指摘された。

   これらの報告をうけて,近藤康久氏(総合地球環境学研究所准教授)の司会のもと,報告者を交えたパネルディスカッションが行われた。ディスカッション前半では,「データベースに何を記録し,何を残すべきか」という観点から議論が行われ,データベースに保存する対象情報を線引きする難しさや,立場によって遺産の価値の捉え方は多様であることが確認された。ディスカッション後半では,「日本の経験を国際協力にどう生かすか」をテーマに,データベース作成を通じた国際協力の可能性について意見が交わされた。日本が有する文化遺産データベースの多言語化を進めることが国際的な連携や共同研究へのきっかけとなり得ることや,国際協力を介して外部者の視点が持ち込まれることで現地に新たな文化遺産保護の機運が生まれる可能性などについて議論された。国際協力活動では,現地への貢献だけでなく,日本側にも知見や経験が蓄積される契機となり,相互に学び合いの作用が発揮される意義があることも指摘され,今後の動向に期待したい。

   本研究会については,後日,コンソーシアム公式ウェブサイトにて報告書を公開する予定である。また,当日の様子はコンソーシアムのYouTubeチャンネルで動画配信予定である。

Ref:
“第29回研究会(ウェビナー)「文化遺産にまつわる情報の保存と継承~開かれたデータベースに向けて~」を開催しました”.文化遺産国際協力コンソーシアム.2021-09-06.
https://www.jcic-heritage.jp/20210906-2/
“第29回研究会「文化遺産にまつわる情報の保存と継承~開かれたデータベースに向けて~」でいただいた質問に対する回答を公開しました”. 文化遺産国際協力コンソーシアム. 2021-09-09.
https://www.jcic-heritage.jp/jcicheritageinformation20210607/
Asian Urban Environmental Cultural Resources.
http://app.cseas.kyoto-u.ac.jp/infolib/meta_pub/G0000204UECR
文化遺産国際協力コンソーシアム. YouTube.
https://www.youtube.com/channel/UCgLPtt2wjtLMCY4u2PBXCnA
第11回文化遺産国際協力コンソーシアム研究会<報告>.カレントアウェアネス-E, 2012, (225), E1353.
https://current.ndl.go.jp/e1353
文化遺産国際協力コンソーシアム設立10周年.カレントアウェアネス-E, 2016, (315), E1861.
https://current.ndl.go.jp/e1861