E2238 – 文化遺産の意図的な破壊―人はなぜ本を焼くのか―<報告>

カレントアウェアネス-E

No.387 2020.03.12

 

 E2238

文化遺産の意図的な破壊―人はなぜ本を焼くのか―<報告>

文化遺産国際協力コンソーシアム事務局・五嶋千雪(ごしまちゆき)

 

   文化遺産国際協力コンソーシアム(以下「コンソーシアム」;E1861参照),および文化庁は2019年12月1日,東京都港区の政策研究大学院大学・想海樓ホールにて,シンポジウム「文化遺産の意図的な破壊―人はなぜ本を焼くのか―」を開催した。

   コンソーシアムでは,文化遺産をいかに保護すべきか,またそのためにはどのような国際協力を進めていけばよいのかについて議論するとともに,関連する様々な情報の収集・共有に努めている。しかし,多くの個人・教育研究機関・政府機関・NGO等が努力を続けているにもかかわらず,国内外のメディアでも頻繁に報道されているように,古代から続く文化遺産の破壊行為は今日においても止むことがなく,貴重な文化遺産は失われ続けているのが現状である。

   本シンポジウムは,歴史上行われてきた焚書や文化遺産の「意図的な」破壊行為を振り返り,文化遺産を破壊する側の「論理」を探ることで,社会にとっての書物や文化遺産の意義を再考することを目的とし,国際社会が直面する課題についても意見交換を行った。

   冒頭に,岡田保良氏(コンソーシアム副会長/国士舘大学イラク古代文化研究所教授)が開会挨拶を行った。これに続き,山内和也氏(コンソーシアム西アジア分科会長/帝京大学文化財研究所教授)から,文化遺産が意図的に破壊された歴史上の事例とそれらを題材とした小説・戯曲等の紹介を通じて,本シンポジウムの開催趣旨が説明された。

   講演1では,鶴間和幸氏(学習院大学文学部教授)から,始皇帝が行った焚書坑儒を中心に,中国古代において書物を燃やすことが一つの政治的・軍事的パフォーマンスであったことなど,戦争と関連付けた報告がなされた。地下に埋蔵されて,あるいは古井戸に残されて焼失を免れた竹簡等の新たに発見された歴史資料に関する研究の取り組みも紹介された。講演2では,近藤二郎氏(早稲田大学文学部教授)から,古代エジプトでの様々な文字記録抹消の事例が挙げられ,石に刻まれた王名を削り取る改ざん行為や,その時代の歴史観に合わせて王の系譜が再構成された石碑等の具体例が示された。講演3では,鐸木道剛氏(東北学院大学文学部教授)から,ユーゴ内戦時の文化遺産の破壊事例がまず紹介され,私たちはなぜ文化遺産を保護するのか,日本人の持つアニミズムの感受性や美意識と,イコンの成立に見られるような欧米の物質観とを対比させた分析や,文化遺産の破壊行為によって「更地化」した空間への意識に関する人文学的な考察が展開された。講演4では,伊東未来氏(西南学院大学国際文化学部講師)から,マリ北部トンブクトゥの写本の救出と焼失という事件が取り上げられ,住民が民家や砂漠に写本を分散させて守り,陸路・水路を駆使して搬送するなど,イスラーム・マグレブのアルカイダ(AQIM)等テロリストに対抗して起こした勇気ある行動が紹介された。現地の住民にとって写本がいかに重要な価値を持つのか,文化人類学者の視点から現地調査に基づく報告が行われた。

   パネルディスカッションでは,中村雄祐氏(東京大学大学院人文社会系研究科教授)の司会のもと,活発な議論が展開された。古代から現代まで行われてきた文化遺産の破壊における共通点として,戦争状態に陥った社会において,一方の側による正当性の主張として文書が焼かれ,ものの破壊を通じて心を破壊することが意図されてきたこと,記憶としての本を焼くことで集団の記憶を消し去ることが目的とされてきたことが指摘された。また,消失を防ぐ手立てとしてのアーカイブのデジタル化は,テキストクリティークを常に意識し,状況に応じて原本の写真を確認するなどの作業工程が必要であること,この他にも様々なデジタル技術が重要となることについて,継続して議論を進めることが世界共通の課題と再認識された。最後に,青木繁夫氏(コンソーシアム副会長/東京文化財研究所名誉研究員)が閉会挨拶を行い,盛況のうちにプログラムが終了した。

   当日配布した予稿集には,「文化遺産の意図的破壊に関するユネスコ宣言」(2003年)および「災害リスク削減に向けた図書館関連活動及び紛争・危機・自然災害時の図書館関連活動に対するIFLAの関与の原則」(2012年)の邦訳テキストを掲載し,講演の中では取り上げられなかった関連事項について紹介した。

  本シンポジウムの報告書は,上記邦訳テキストを収録のうえ,コンソーシアム公式ウェブサイトに後日アップロードされる予定である。

Ref:
https://www.jcic-heritage.jp/jcicheritageinformation20191008/
https://www.jcic-heritage.jp/
https://www.jcic-heritage.jp/publication/
http://portal.unesco.org/en/ev.php-URL_ID=17718&URL_DO=DO_TOPIC&URL_SECTION=201.html
https://www.ifla.org/files/assets/hq/gb/strategic-plan/cultural_heritage_principles_of_engagement_ja.pdf
E1861