E2435 – 大学図書館の来館利用を促す要因を探るSCONULの報告書

カレントアウェアネス-E

No.422 2021.10.14

 

 E2435

 大学図書館の来館利用を促す要因を探るSCONULの報告書

神戸大学附属図書館・花﨑佳代子(はなざきかよこ)

 

   2021年7月,英国国立・大学図書館協会(SCONUL)が,大学図書館の来館利用に関する報告書を公開した。SCONUL会員館では,多くの資料が電子媒体で入手できる中でも来館者数が増加または維持の傾向にあり,本報告書はその要因を分析している。以下,その内容を紹介する。

●近年の動向

  まず,大学全体の観点からの考察である。近年,大学はキャンパスのデザインにおいて,イノベーションやコミュニティ意識の醸成を促す空間を,既存建物の活用等により効率的に実現することを重視している。一方,多様な活動を含む学生生活全体を把握してキャンパスのデザインに生かす考え方も普及しつつある。大学運営と学生の実態という2つの視点から,大学図書館への来館を促す6つの要因がまとめられた。

  • 1.学生の増加・多様化に伴い,学習環境へのニーズも増加・多様化している。
  • 2.主体的学習や問題解決学習,協働学習が重視される近年,それらに必要な情報源や場所を備えた図書館が好まれる。
  • 3.電子媒体資料やオンライン学習環境が増えている一方,紙媒体資料や図書館空間は依然として必要とされ,融合的に活用されている。図書館空間はIT設備提供の役割も果たしている。
  • 4.空間利用の効率化のため学部のスペースが減少した結果,図書館利用が増加した。
  • 5.運営効率化のため,図書館に学生サービスが集約されている。
  • 6.学生獲得の効率的なマーケティング方法として,共通スペースである図書館の整備が実施されている。

  これらの変化に対応した図書館の特徴として,フレキシビリティ,多様な用途に応じた場所やIT設備の整備,快適でオープンな雰囲気等が挙げられている。

●文献および調査の分析

  次に,大学図書館の来館利用に関する(1)各国で出版された事例研究等62件および(2)SCONUL会員館15機関による調査38件が分析されている。4つの観点(a.利用者,b.利用時間・時期,c.利用内容,d.図書館での学習を好む理由および学生が好きな学習場所)で調査結果を項目化し,言及頻度を集計したところ,(1)(2)で概ね傾向は一致した。a・bに関する調査はc・dより少ないとのことだが,各観点で比較的言及が多い項目をまとめると下記の通りである。詳細は本報告書のAppendix 1を参照されたい。

  • a.個人学習での利用が多い。個人学習を他者と共に行う場合も見られる。
  • b.週に数回もしくは1度に数時間以上利用する利用者が多い。
  • c.利用者は,IT設備(PC/プリンター/スキャナー等)や紙媒体資料の利用,グループワーク,会話,休憩,飲食等を行っている。
  • d.利用者は,図書館の多様な場所や学習意欲の増す雰囲気を好んでいる。また,静かな場所やグループワークができる場所,電源や椅子等の設備,飲食できることを重視している。

  さらに(2)の特定の調査から,目的に応じた場所の区分と明示が重視されること等が紹介された。

●ユーザーエクスペリエンス(UX)調査

  なお,本報告書は,大学図書館デザインにおけるUX調査の重要性を示し詳しく紹介している。UX調査では,時に学生生活全体に視野を広げて利用者の行動や体験を詳細に把握することで,利用者のニーズに関する新たな発見が可能になるという。例えば,学生が1日に利用した場所の地図を作成する等の具体的な手法が多数例示されており興味深い。同じ利用者でも目的や時間により好む場所が異なる等,UX調査により得られた知見も紹介されている。

●今後の動向

  続いて,今後の動向として,人工知能(AI)による空間管理や学習分析がなされるスマートキャンパスの影響や,包摂性や学生のウェルビーイング(身体的・精神的・社会的に良好な状態)および持続可能性を考慮した図書館デザインの重要性が言及されている。なお,本報告書の内容はコロナ禍以前の状況に基づくが,2021年1月時点の考察として,コロナ禍がデジタルシフトを加速させる一方,対面学習や学習空間を再評価する契機ともなり,図書館空間の重要性は維持されるだろうと述べられている。

●結論

  最後に,ここまでの分析をもとに,来館者数維持・増加の要因がまとめられている。すなわち,学生数が増え,大学の空間利用が効率化され,主体的学習や協働学習が求められる中で,図書館が,個人学習(友人と共に行う場合を含む)やグループワーク等の多様な活動を行える便利な場所を提供してきたことである。図書館にある紙媒体資料やIT設備も学生に必要とされている。さらに,資料や他の学習者等が生む独自の厳粛な雰囲気により,図書館が学習場所として評価されているとの指摘がある。

  本報告書は,電子媒体資料が増加する中でも,大学図書館空間が学習支援に貢献できる可能性を示している。その実現のためには,本報告書が示す通り,大学全体の状況やUXを考慮した広い視野でのニーズの把握および反映が有効と考えられる。

Ref:
“Research Report on Drivers for the Usage of SCONUL Member Libraries – Fri, 2 Jul 2021”. SCONUL.
https://www.sconul.ac.uk/news/research-report-on-drivers-for-the-usage-of-sconul-member-libraries
Cox, Andrew M. ; Benson-Marshall, Melanie. Drivers for the Usage of SCONUL Member Libraries. SCONUL Research Project. 2021, 60p.
https://www.sconul.ac.uk/sites/default/files/documents/Drivers_for_the_Usage_of_SCONUL_Member_Libraries.pdf