E2260 – Open Research Libraryの動向

カレントアウェアネス-E

No.391 2020.05.28

 

 E2260

Open Research Libraryの動向

利用者サービス部科学技術・経済課・榎孝浩(えのきたかひろ)

 

●概要

   Open Research Library(ORL)は,世界中のオープンアクセス(OA)の査読付き学術単行書や論文集等のチャプターを単一のプラットフォームから利用可能とするKnowledge Unlatched(KU)の新しい取組であり,2019年5月にベータ版,2020年1月に正式版がリリースされた。OA学術単行書はオンライン上に散在しており,利用者が見つけ出したり,図書館が流通・利用状況を管理したりすることは,困難である。ORLはその解消を目指している。

●KUと共同出資事業

   KUは,図書館の共同出資により学術単行書のOA化を進めるため,英・マンチェスター大学出版局のCEOを務めたピンター(Frances Pinter)氏が,英国の社会的企業の一類型であるコミュニティ利益会社(CIC)として2012年に設立した(CA1907参照)。

   共同出資事業の仕組みは次のとおりである。まず,関心を持った図書館の職員で組織する選書委員会が,出版社が提示した候補からOA化するタイトルをパッケージの形で選定する。KUがOA化に必要なコスト(Book Processing Charge: BPC)を踏まえ,1館あたりの出資額と必要件数を定める。必要件数の出資が決まれば,共同出資が成立する(CA1907参照)。パイロットを終えた2014年には国際図書館連盟(IFLA)とBrill社によるオープンアクセス賞を受賞し,これまでに1,500タイトル以上がOA化された。

   なお,2016年,ピンター氏退任を機に,この共同出資事業はSpringer社役員や独・学術出版社De GruyterのCEOを務めたフント(Sven Fund)氏に事業譲渡された。現在のKUは,フント氏が経営するコンサルティング会社fullstoppの子会社として,新たに設立されたもので,ドイツの有限責任会社(GmbH)となっている。フント氏は,共同出資モデルをジャーナルやビデオ等にも拡大し,これまでに600館以上が出資に参加している。

●コンテンツ

   ORLは,KUがOA化した学術単行書等のほか,世界中の出版社等が公開し,再配布可能なライセンスとなっているOA学術単行書等を収載しており,本稿執筆時点のコンテンツは約8万4,000点にのぼる。コンテンツ種別にみると,OA学術単行書等が約5万9,000点(このうち,チャプター単位は4万9,000点),学術会議のポスターやアブストラクト等が2万5,000点である。なお,OA学術単行書等の大半(約4万9,000点)はIntechOpen社のものであり,学術会議のポスターやアブストラクト等はすべて,学術会議を対象に2018年からサービスを開始したプラットフォーム“Morressier”によるものである。

   OA学術単行書について,それぞれのコンテンツの数え方は異なる可能性があるが,同時点で,欧州研究会議(European Research Council: ERC)等の研究助成機関や出版社との協力を通じ,学術単行書に特化したリポジトリとなっている“OAPEN Library”は約1万2,000点,フランスの人文・社会科学分野を対象とする“OpenEdition Books”は約9,700点,また両者が協力したOAの学術単行書のダイレクトリ“Directory of Open Access Books”(DOAB)は約3万点である。

   なお,OA学術単行書を分野別にみると,医学(約1万6,600点),技術・工学(約1万2,800点),科学(約1万1,600点),コンピューター(約6,000点),経営・経済(約1,300点),社会科学(約900点),政治学(約800点),歴史学(約700点)と続く。元来,人文・社会科学を主な対象としていたOAPEN LibraryやOpenEdition Booksと大きく異なり,ORLはいわゆる理系分野が大半を占める。

●システムと開発予定

   ORLは,読者の匿名性を確保しつつ,利用データを取得できる図書館向け電子書籍プラットフォーム“BiblioBoard”を利用している。これにより,利用者はアカウント(個人情報の登録不要)を作成すれば,ブックマークやメモ等の機能を利用できる。こうした利用者向けの機能は,他のプラットフォームにはない特徴といえる。

  今後の開発予定として,全文検索のほか,ダウンロードにおけるファイル形式多様化(主にePub対応),アノテーション付与,メタデータの充実等を挙げているが,具体的なスケジュールは示されていない。

●ビジネスモデルと批判

   ORLの開発・運営に係る費用について,KUは,学術単行書のOA化と同様に,図書館に負担を求めている。契約は3年単位で,ベーシック会員が年間1,000ユーロであり,COUNTER(Release5)準拠の利用統計が提供され,ORLの開発計画にも参画できる。プレミアム会員は料金が倍となり,コンテンツ表示のカスタマイズ機能等が加わる。

   現在のKUは営利企業とみなされており,こうしたビジネスモデルも含め,ORLについては,Springer Nature社や,英・ケンブリッジ大学の研究者らが2008年に創設した人文・社会科学分野のOA出版を行うOpen Book Publishers社等の出版社,また,特に学術コミュニティからの強い批判がある。

   例えば,欧州において人文・社会科学分野のOA出版を推進する「学術コミュニケーションを通じた欧州研究領域におけるオープンアクセス」(Open Access in the European Research Area through Scholarly Communication: OPERAS)は,ORLベータ版リリース直後,これを批判する声明を発表した。OPERASは,ベルギーの国際非営利法人となっており,コア機関であるOAPENやOpenEditionのほか,KUを含む,16か国の40機関が参画し,OA学術単行書の標準技術の確立とプラットフォーム間の連携を目指すHIRMEOS(CA1907参照)やDOAB等の取組を進めている。OPERASの批判の要点は以下に集約される。オープン学術基盤の原則(Principles for Open Scholarly Infrastructures)で示されているとおり,学術基盤はガバナンスの透明性を確保し,学術コミュニティ等による共同管理の下で運営される必要があり,この点において,ORLやKU自体のガバナンスは不十分である。また,ORLは市場支配力の確立や利用者等の囲い込みを目指したものにほかならず,OPERAS等が進める分散型システムの確立に悪影響を及ぼす。

   KUは,ORLの持続的な運営には,最低50の会員館が必要と説明していたが,現時点の会員館数は明らかにしていない。学術コミュニティや出版社等の利害関係者の理解と連携なしに,ORLが開発と運用を持続することは難しい。OAの学術単行書の流通と利用のイノベーションに向けた今後の対話と協働の行く末を注視したい。

Ref:
Open Research Library.
https://openresearchlibrary.org/home
“Open Research Library launches, aiming to bring together Open Access content in one platform”. Knowledge Unlatched. 2020-01-29.
https://www.knowledgeunlatched.org/2020/01/open-research-library-launches/
“Internal Contradictions with Open Access Books”. Scholarly Kitchen. 2019-06-04.
https://scholarlykitchen.sspnet.org/2019/06/04/internal-contradictions-with-open-access-books/
“In support of open infrastructures: A statement from OPERAS in response to the ‘Open Research Library’, a new initiative from Knowledge Unlatched”. OPERAS. 2019-05-20.
https://operas.hypotheses.org/2658
Geoffrey, Bilder.; Jennifer, Lin.; Cameron, Neylon. “Principles for Open Scholarly Infrastructures”. 2015-02-24.
https://dx.doi.org/10.6084/m9.figshare.1314859
“Thoughts on beta launch of Open Research Library”. Springer Nature. 2019-05-23.
https://www.springernature.com/gp/open-research/journals-books/books/orl
“Open Book Publishers’ statement on Knowledge Unlatched and the Open Research Library”. Open Book Publishers Website. 2019-05-21.
http://doi.org/10.11647/OBP.0173.0097
The Infrastructure for Open-Access Monographs: An Unsettled Landscape”. NISO Website. 2019-06.
https://www.niso.org/niso-io/2019/06/infrastructure-open-access-monographs-unsettled-landscape
天野絵里子.欧州における単行書のオープンアクセス. カレントアウェアネス. 2017, (333), CA1907. p.12-16.
https://doi.org/10.11501/10955543