E2254 – 蔵書2,000冊 書店による企業主導型保育所「本のほいくえん」

カレントアウェアネス-E

No.390 2020.05.14

 

 E2254

蔵書2,000冊 書店による企業主導型保育所「本のほいくえん」

今井書店・島秀佳(しまひでよし)

 

   2020年2月,株式会社今井書店は,島根県松江市に企業主導型保育所「本のほいくえん」を開所した。「なぜ,書店が保育所を?」と思う人も多いだろう。もちろん当社グループの従業員の働きやすさの向上や,松江市の待機児童の課題に貢献する目的もあるが,実はそこには当社の創業者の思いが大きく反映されている。

   当社の創業者・初代今井兼文が鳥取県米子市で書店を開業し,出版物の販売をはじめたのは明治維新真っ只中の1872年のことである。創業当初は呉服屋のような「座売り」だったと資料が残っている。さらに,その12年後には活版印刷所を開設し,印刷業も始める。どちらも,地域が発展するために,そこに住む人達に知識や文化が備わるようにという思いから出発した事業である。その創業の精神を私たちは受け継ぎ,書店や印刷業以外にも地域の人々が豊かな暮らしや充実した時間をすごせるよう,郷土出版物の企画発行,公立図書館や学校,医療機関への外商業務,上質な生活雑貨の製造販売,飲食事業などを展開してきた。そして,子どもたちが輝く将来に向け伸びやかに育つよう,地域の子育てをサポートするような事業を展開している。そのひとつがこの度の保育所の開所である。

  「本のほいくえん」は,松江市のシンボル・松江城の北側に位置する。木造平屋建てで敷地面積は952平米,60人の定員である。子育て世代の働き方に沿うよう,平日だけでなく,土・日・祝日も開けている。書店が運営する保育所であり,かつ創業者の思いから,コンセプトを「絵本と育つやさしい心」とし,絵本を中心とした保育を展開することにした。一番の特徴といえば,「本のほいくえん」の名の通り,所内に2,000冊以上の絵本を取り揃えていることだ。これらは,保育士たちが思い描く保育理念「ともに感じ,ともに育つ」,保育目標「からだもこころも元気な子ども」「自分でできることに喜びをもち,活き活きと生活する子ども」「自分や友達を大切にする子ども」「豊かな感性と表現力を持った子ども」に沿うよう,書店の児童書担当者たちが選書を行った。長く読みつがれる名作や,眺めるだけでもわくわくするような子どもの興味を育む成長過程に必要な作品などが並んでいる。そして,いつでも子どもたちが絵本に手を伸ばせるよう廊下の壁一面を本棚にし,自由に開いて見られるようにしている。ページをめくる度に楽しそうに笑ったり驚いたり,くるくると変わる子どもたちの表情は,しばし時を忘れさせてくれるものがある。

   毎日の保育所での生活でも,さまざまなシーンで絵本を取り入れている。例えば,歯磨きや衣服の着脱など生活習慣の自立を促す場面では,最初に絵本を読んで子どもたちの興味を刺激し,自ら能動的に取り組めるよう働きかけている。そうすることで,絵本に出てくる動物や登場人物たちに倣って,楽しそうに取り組む様子が見られる。また,食育の面でも,おはなしに出てくる野菜の収穫体験や,比較的簡単な料理を実際に子どもたちが作ってみるといったことも実践している。絵本の世界を通してから実際に体験することで,子どもたちもより好奇心が湧くようだ。今後も各クラスで,月毎にテーマを持った読み聞かせを実施するなど,保育活動に沿って絵本を取り入れていきたいと考えている。

   当社は企業主導型保育所の他にも,子ども向けのボール遊び教室や英会話スクール,個別学習塾や学生服のリユースショップなど,様々な子育てサポートの取り組みを行っている。とはいえ一書店が地域の発展や,豊かな暮らしづくりを手伝うのには限界があるかもしれない。ただ,「本」が地域を変えるほどの力を持っていることを私たちは信じている。今井書店グループだからこそ出来る「本」を中心とした事業を,これからも私たちなりのやり方で実現していきたい。

Ref:
本のほいくえん.
https://honnohoikuen.com/