E2255 – 分散型のオープンな出版フレームワーク“Pubfair”

カレントアウェアネス-E

No.390 2020.05.14

 

 E2255

分散型のオープンな出版フレームワーク“Pubfair”

国立情報学研究所・林正治(はやしまさはる)

 

   1665年のオルデンバーグ(Henry Oldenburg)による英語圏で最古の学術雑誌Philosophical Transactionsの出版から355年,学術出版の形態は大きく変わることなく現在も続いている。1994年,ハーナッド(Steven Harnad)は「転覆提案(The Subversive Proposal)」を公表し,学術出版に係るコストの適正化を目的に,ギンスパーグ(Paul Ginsparg)によるプレプリントサーバー(後のarXiv.org)を参考にした,インターネットを活用した既存の学術出版システムに依存しない新たな学術出版のあり方を提案した。ハーナッドの提案は,その後のオープンアクセス(OA)運動に大きな影響を与え,学術論文などの研究成果物を保存・公開する数多くのリポジトリを生み出したが,学術雑誌を中心とした学術出版の変革までには至らなかった。Pubfairは,この旧態依然の学術出版を取り巻くシステムを,機関とそのリポジトリによるリポジトリネットワークとそこにあるコンテンツを利用して構築される,分散型のオープンな出版フレームワークに置き換えることを目指している。Pubfairに関するホワイトペーパーの初版は2019年9月に,第2版は同年11月に公開された。

   Pubfairのコンセプトは,リポジトリまたはプレプリントサーバーを利用したオーバーレイジャーナルのアイデアに基づいている。オーバーレイジャーナルとは,リポジトリやプレプリントサーバーで公開された論文を選択し,一定の品質を確保した上で,オンラインジャーナルとして出版されたものである。例えば,Discrete AnalysisはarXiv.orgを,Episciences.orgがホストするLogical Methods in Computer ScienceはarXiv.orgとOAリポジトリHyper Articles en Ligne(HAL)で公開された論文を利用したオーバーレイジャーナルを提供している。これらオーバーレイジャーナルの中心となるのは,論文を公開するリポジトリと,そこに登録されている論文の品質・評価を行うためのワークフローを実現する仕組みである。Pubfairは,このオーバーレイジャーナルの概念を拡張したオーバーレイサービスの提供を,オープンアクセスリポジトリ連合(COAR)が提唱する次世代リポジトリ(E2011参照)を利用して実現しようとしている。次世代リポジトリは,分散したリポジトリの相互運用性を高め,巨大なリポジトリネットワークとしての利用を可能にし,そのリポジトリネットワーク上のサービスとして,コンテンツの付加価値を高めるサービスを展開することをビジョンとしている。Pubfairは,この次世代リポジトリのビジョンをより具体的にしたものと捉えることもできる。

   Pubfairのアーキテクチャは,主にリポジトリネットワークを表すコンテンツ層(Content Layer),そのコンテンツ層から特定のコンテンツを選択・管理し,ピアレビュー等の評価を行うことでコンテンツの品質を保証する出版層(Publishing Layer),その出版層を利用して実際にコンテンツを普及させる流通チャネル(Dissemination Channels)から構成される。Pubfairでは,コンテンツ層で公開されているコンテンツを,出版層で,研究者や研究コミュニティ,資金提供機関等が取捨選択・評価することで付加価値を高め,特定の流通チャネルを介して普及させる。Pubfairは,成果の投稿,評価,公開といった論文のライフサイクルには欠かせない要素を含んでおり,既存の学術出版に依存せずに学術コミュニケーションを実現するための要素が整っている。

   また,Pubfairでは,流通チャネルとして,学会や分野コミュニティを対象にしたコミュニティチャネル(Community channels),組織単位の機関チャネル(Institutional channels),そして個人ユーザを対象にした個人チャネル(Individual channels)が定義されており,オーバーレイジャーナルに限らない広義のオーバーレイ出版を目指している点が興味深い。例えば,研究者の業績一覧は研究者によるオーバーレイ出版の一つの形態として捉えることは可能であるし,分野データリポジトリも特定の研究分野に資するデータの集合を提供しているという点では,研究コミュニティによるオーバーレイ出版の一つとして捉えることも可能である。Pubfairは概念モデルの段階にあり,その実現には技術的課題に加えて,研究者の慣習を切り崩すといった社会的課題の解決も必要である。しかしながら,従来のリポジトリの枠を超えての学術コミュニケーションの変革に取り組もうとする野心的なものであり,今後の機関リポジトリのあり方に大きく影響を与える可能性がある。今後も動向を注視していきたい。

Ref.
Tony Ross-Hellauer, Benedikt Fecher, Kathleen Shearer, Eloy Rodrigues. Pubfair : A distributed framework for open publishing services, Version 2.
https://www.coar-repositories.org/files/Pubfair-version-2-November-27-2019.pdf
“Inviting community input – Pubfair”. COAR. 2019-09-03.
https://www.coar-repositories.org/news-updates/inviting-community-input-pubfair/
“Philosophical Transactions of the Royal Society of London”. The Royal Society.
https://royalsocietypublishing.org/journal/rstl
Richard Van Noorden. Mathematicians aim to take publishers out of publishing. nature. 2013-01-17.
https://doi.org/10.1038/nature.2013.12243
Discrete Analysis.
https://discreteanalysisjournal.com/
Logical Methods in Computer Science.
https://lmcs.episciences.org/
Episciences.org.
https://www.episciences.org/
COAR. “Next Generation Repositories”.
http://ngr.coar-repositories.org/
林正治. 次世代リポジトリの機能要件および技術勧告. カレントアウェアネス-E. 2018, (344), E2011.
https://current.ndl.go.jp/e2011