E2027 – 成蹊大学図書館におけるIoT技術を用いた学習環境評価

カレントアウェアネス-E

No.347 2018.05.31

 

 E2027

成蹊大学図書館におけるIoT技術を用いた学習環境評価

 

●研究の背景

 2006年竣工の成蹊大学図書館(東京都武蔵野市)は,ガラス張りのアトリウムとその中空に設置された多目的室が特徴の近未来的な建築物としてよく紹介される。こうした特異な構造物ゆえ,設計されたとおりの室内環境が実現されているかどうかは実際に計測してみないとわからないのが実情である。事実,盛夏において最上階の一部で暑いなどの苦情があるが,状況を定量的に把握できていなかった。

 そうした中,成蹊大学の建物全棟にビルエネルギー管理システム(以下「BEMS」)が導入され,建物毎の電力・水・ガスなどの使用量を常時計測可能になった。さらに,昨今のIoT(Internet of Things)技術により,ケーブル敷設することなく計測機器を設置できるようになり,建物内の温湿度といった物理量空間分布を手軽に計測可能になってきている。そこで,筆者らはIoT技術とBEMSを活用した環境計測により,図書館の室内環境を定量的に把握し,課題を明らかにした上でその対策を立案するという研究に2017年4月から取り組んできている。また,環境計測と同時に学習者による感覚を定量化する官能評価を行うことで「学習効果の高い環境」という観点でも検討を行ってきた。これらの調査結果について以下に概説する。

●図書館における環境調査

 成蹊大学図書館は地下2階から地下1階が自動書庫,地上1階から最上階の5階までが開架書庫や閲覧スペースとなる。調査対象のアトリウムは地上階中央部にあり,1階から5階までの吹き抜けで外壁部分はガラス面となっている。計測はできる限り多くの地点で行うのが望ましいが,センサー数に限りがあるため目的に応じて「多点計測」と「常時計測」の2種類を実施した。

 多点計測では,図書館全体の室温分布を明らかにすべく地上各階の約150か所で所定時間帯に一斉に温度計測を行った。2017年7月の夏季計測の結果,苦情で寄せられていたとおり,アトリウム5階の一部室温が他の地点より約3度高くなっていることが確認でき,その原因がこの付近にある吸気口にアトリウムからの暖気が吸い寄せられるためであることも明らかになった。その結果,例えば,BEMSを基に消費電力ピークを抑えつつ時間帯ごとに排気量を調整するなどの対策を立案することが可能になった。

 一方,常時計測ではアトリウムと閲覧スペースに温湿度・照度センサーを設置して時系列データを取得した。その結果,場所によっては正午付近で最高温度になるのではなく,意外なことに開館前の早朝から室温が局所的に上昇しており,これがガラス面からの日射によるものと判明した。そのため,早朝時間帯はロールスクリーンを下ろして遮光するといった対策方法を見出すことができた。

 このように建物内の3次元的な物理量分布を計測することで,室内環境の課題を把握して原因を突き止め,その物理的知見に基づいて課題解決策に結びつけることが可能となった。

●講義室における官能評価

 前節は環境計測に基づく結果だが,より積極的に「学習効果の高い環境」とは何か探るため,環境計測に加え学習者の官能評価を同時に実施することを試みた。ただし,不特定多数が利用する図書館では在館者数などの外部要因を制御するのが困難なため,講義室で実際の講義中に履修者を対象に調査を行った。

 対象とした講義室は収容定員120人で,実際の履修者は60人ほどである。計測日は1月中旬の最高気温11度の冬季晴天日で,午前9時から正午過ぎまで計測を行った。講義室に気温,湿度,二酸化炭素濃度のセンサーを各4か所設置して時系列データを取得し,並行して30分おきに履修者に室内環境に関するアンケートに回答させた。

 室内環境と官能評価の時系列変化を突き合わせて因果関係を分析したところ,講義開始前から暖房によって室内が20度近くになっているため,温湿度に対しては概ね快適という結果が得られた。しかし,時間が経過するにつれて「空気の新鮮さ」という問いに否定的な回答が増加していった。計測した各種物理量を見たところ,高濃度になると眠気を催すという二酸化炭素濃度が時間とともに単調に増加しており,これが原因であると特定できた。冬場は室内の暖気を保つため換気回数を減らす空調の運用がなされているが,良好な学習環境のために換気は必須であることがわかった。今後,室内の温熱環境を損なうことなく空気を新鮮に保つための換気のタイミングや頻度などを検討してゆく予定である。

●終わりに

 図書館のように一般的なオフィスビルより室内の形態が多様な空間では室内環境の実態を把握しづらかったが,IoT技術やBEMSにより定量的調査・分析が可能となり,その物理的知見に基づいて学習環境改善策を立てるという一連の手法を確立させる予定である。そのため,2018年2月以降は実証実験も視野に入れて継続的に計測を行っている。

 なお,今回のように学生の協力を得つつ大学キャンパスで調査を実施することは実社会の課題とその対処過程について学生に学ばせるよい機会ともなるため,教育上の観点でも大変意義があるものと考えている。

成蹊大学大学院理工学研究科・吉名諒
成蹊大学理工学部・小川隆申

Ref:
http://new.seikei.ac.jp/gakuen/news/%E5%A0%B1%E9%81%93%E8%B3%87%E6%96%9920180213%20release.pdf
https://www.seikei.ac.jp/university/library/info/floorguide.html