カレントアウェアネス-E
No.308 2016.07.28
E1826
起業,中小企業を支援する図書館:ALAの報告書(米国)
2016年6月,米国図書館協会(ALA)の情報技術政策局(OITP)が,起業や中小企業への支援を行う図書館に関する事例をまとめた報告書“The People’s Incubator: Libraries Propel Entrepreneurship”を公開した。報告書では支援内容ごとにその意義と事例がまとめられている。本稿ではその一部を紹介する。
◯経営計画書の作成
米国では2013年時点で約38%の公共図書館が経営計画書作成を支援している。融資を受けるためには経営計画書に付随して信用報告書など様々な書類をそろえる必要があり,多くの場合専門家の助けが必要となる。そこで,図書館は書類をそろえる方法等についての情報や講座を提供する。
企業を退職した経営者らによるビジネス支援組織である“SCORE”などによる講座を開催する図書館もあるが,それ以外にも独自のサービスを行う例がある。ニューヨーク公共図書館(NYPL)の科学産業ビジネス図書館では,参加者のニーズに沿った経営計画書の作成に必要な調査方法に関し,ガイダンスを実施している。また,ミネソタ州ミネアポリス・セントポール地域の図書館の連合体であるMELSAは,地元の中小企業の女性オーナーを支援するNPOのWomenVentureと連携し,「経営計画書の書き方」などの無料講座を開講している。そのほか,ピッツバーグにあるカーネギー図書館は,中小企業の業種別の特徴,関連資料,経営計画書のサンプルなどの情報をまとめたウェブページ“Business Plans Index”を公開している。
◯資金調達
図書館は,図書館員の専門知識や所蔵資料を活用し,容易に資金調達ができるよう支援する。2013年の米国中小企業庁の報告書によれば,中小企業はその規模の小ささから資金を銀行のみに依存する傾向にあり,さらに,女性や,マイノリティ(黒人,ヒスパニックなど)がオーナーの場合,資金が十分に調達できない状況にあるという。
報告書では,図書館が金融機関と連携して経営計画書の作成と資金の獲得を同時に実現する取組が紹介されている。NYPLのブルックリン公共図書館は,シティグループのシティ財団をスポンサーとし,“PowerUp!”というコンテストを開催している。コンテストの参加者は経営計画書の書き方やマーケティングなど様々なテーマについて,専門家による講座を同館で受講し,所蔵資料等を用いて調査を行った上で経営計画書を作成するもので,同館はその中から受賞作を選出する。受賞者は賞に応じて1万5,000ドルから500ドルまでの賞金を獲得できる。
◯アイディアの具現化
デジタル機器を備える図書館を利用すれば,起業家は費用をかけずに自身のアイディアを具現化することができる。米国では3Dプリンターを設置する図書館が増加しており,公共図書館では,2014年時点で420館が設置している。ほかにも,レーザー加工機やCNC(コンピューター数値制御)の機械を置く図書館もあることが紹介されている。
事例としては,コネチカット州のウェストポート公共図書館のメイカースペース(E1378参照)が挙げられている。同館の3Dプリンターを用いて,もともと起業家ではなかった女性がサングラスを頭にのせているときのようなヘアバンドを作りたい,というアイディアから試作品を作ったところ,融資がついて起業したという事例や,携帯電話に装着するアイディア商品“SafeRide”の試作品を作った例が紹介されている。
◯ワークスペースの提供
米国では,2013年時点で1,000館以上の図書館がコワーキングスペースを提供している。自営業者やフリーランス,契約労働者などが増加していることから,決まった場所に働きに行くのではなく,別の場所で仕事をするというスタイルに変わりつつあること,特に起業したばかりの人は人脈形成などのために各地を飛び回る必要があることなどが報告書では触れられている。また,図書館がコワーキングスペースを提供するメリットとして,利用者が他の起業家と協力できる,オフィス設備に要する間接費が不要になるという2点が挙げられている。
ワシントンD.C.にあるコロンビア特別区公共図書館のマーチン・ルーサー・キングJr.記念図書館は,3Dプリンターや電子黒板,ビデオ会議室などを備えた“Dream Lab”を設置している。Dream Labを活用した事例として,地図上で歴史,文化などに関する様々な情報を共有できるプラットフォームを作成しようという大学生のアイディアから生まれた“MapStory”というコミュニティが紹介されている。MapStoryは,たまたま同館の資料の複写を利用したメンバーが広告を目にしたことからDream Labの会員となった。Dream Labの施設のほか,図書館のスタッフや資料を活用して活動を行っており,ワシントンD.C.の役所や他のDream Labの会員と連携してイベントも開催している。他にも,最新のコワーキングスペースとして,2016年4月にオープンしたオハイオ州のアクロン・サミット郡公共図書館のマイクロビジネスセンターが紹介されている。
図書館は遍在性と,あらゆる年齢層・立場の人々が無料で利用できるという公共性を有し,インターネットをはじめ,設備も整っている。報告書では,例えば農村部などにおいて,政府等による起業家や中小企業の支援が十分行き届いていないことが指摘されているが,そういった中で図書館は地域間の格差などを解消する役割を果たすことができるとされる。さらに図書館は,講座や情報,場所などを提供することで,それらがなければ地域の中に埋もれてしまっていたであろうアイディア,商品,サービスを汲み上げることができる。
関西館図書館協力課・葛馬侑
Ref:
http://www.ala.org/news/press-releases/2016/06/new-ala-report-highlights-libraries-engines-entrepreneurship
http://www.ala.org/advocacy/sites/ala.org.advocacy/files/content/ALA_Entrepreneurship_White_Paper_Final.pdf
http://www.womenventure.org/
http://www.carnegielibrary.org/services/for-businesses/entrepreneurs-and-small-businesses/business-plans-index/
https://mapstory.org
http://www.bklynlibrary.org/locations/business/powerup
http://www.bklynlibrary.org/sites/default/files/files/pdf/business/powerup/PowerUPSlideshow2015%20Final.pdf
http://www.raycomnewsnetwork.com/story/29337166/3d-printing-has-become-more-accessible
https://www.facebook.com/Squarely-Alex-Headband-657521401026064/
http://www.gosaferide.com
http://www.dclibrary.org/labs/dreamlab
http://www.akronlibrary.org/locations/main-library/microbusiness-center
http://doi.org/10.1241/johokanri.56.750
E1378