カレントアウェアネス-E
No.291 2015.10.29
E1726
統計数理研究所が取り組むInstitutional Research
現在,文部科学省による2013年度からの研究大学強化促進事業開始や国立大学・大学共同利用機関の第3期中期目標期間に向けた中期計画の策定など,これまで以上に大学・研究機関の自己評価能力の重要性が高まっている。そのような流れのなかで“Institutional Research”(IR)という言葉が注目されている。IRとは,大学・学術機関の環境や成果に関する様々なデータを収集して分析し,計画の策定や政策・意思決定を支援する活動の総称である。大学・研究機関の主体的・自立的ガバナンスの強化が図られ,意思決定システムの確立が進むなか,機関内におけるIR活動とその担当者は今後重要な位置を担うことは間違いなく,IR活動を支える統計リテラシーを有した人材の確保・育成が急務である。
また,IRを研究的側面から見ると,膨大な学術文献データ等からの情報抽出,その解析・予測などは,これまで統計科学が実践してきた大規模データに基づく意思決定手法が適用可能な領域であり,統計科学の研究者による貢献が大いに期待できる。
このような状況のなか,統計数理研究所(統数研)は2016年度の公募型共同利用の重点型研究のテーマとして,「学術文献データ分析の新たな統計科学的アプローチ」を採用し,2015年度中に公募を行うこととした。本共同利用の目的は,大規模な学術文献データを用いた多様な価値観,評価軸に基づく研究成果の分析手法や,大学・研究機関の研究活動の効果・進展を客観的に評価するための指標及びIRに関する方法論等について統計科学的見地からの研究を推進していくことにある。
このような研究には大規模な学術文献データを用いた検証実験などが必要となる。本共同利用では,トムソン・ロイター社の協力により,商用の学術文献データベースの一つであるWeb of Scienceのデータが提供されることとなった。本共同利用に採択された共同研究員は,Web of Science Core Collectionのデータが利用可能となる。また利用目的を本研究課題に限り,本共同研究員にWeb of Scienceの通常のインターフェースのアカウントも提供される予定である。広範な研究分野の学術雑誌,刊行物を包括的に収録したWeb of Scienceの書誌データを直接利用することで,研究者,研究機関の業績を多様な観点に基づいて視覚化するような新たな指標の研究・開発が期待される。このような研究を推進するための書誌情報から抽出される学術雑誌の引用‐被引用関係や共著者関係などの巨大なネットワーク構造のデータ分析などは,データベースのデータを直接利用できる環境でないと実施できない。研究資金の波及効果などを調査する謝辞情報分析も同様である。またこのデータベースは,トムソン・ロイター社がインパクト・ファクターの算出に用いているデータと同等であり,研究過程で開発された新指標と既存の代表的な指標とを比較,検討することも容易である。
学術文献データ分析はビッグデータ分析でもある。後述する筆者らの研究では指標化のための書誌データのネットワーク構造解析を行なっているが,論文著者を表す頂点(ノード)の数が500万以上,この頂点を連結する枝(エッジ)の数が約9,000万になる巨大なデータを扱っている。このような解析にはスーパーコンピューター,クラウドシステム等の大型計算資源が必要であるが,本共同利用では統数研が保有する「統計科学スーパーコンピューターシステム」や統計解析のための計算環境が整備された「共有クラウド計算システム」等が利用できる。
統数研では次年度の重点型研究のテーマ化に先行して,現在,「学術データベースを利用した評価指標の開発」という課題で共同研究を実施中である。筆者が研究代表者を務めているこのプロジェクトでは,評価軸の一つとして「研究者の共同研究への取り組み」に注目し,その貢献度合いを表す新たな指標作りを目的としている。現在,Web of Scienceから抽出した膨大な書誌データによって得られる共著者ネットワーク(ある期間において共著論文が存在する研究者同士が連結されたグラフ構造)の分析や,「媒介中心性」とよばれるグラフ理論における代表的指標を応用し,共同研究活動のモデル化を行なっている。現在,統数研では,このプロジェクトをトムソン・ロイター社とも協力しつつ,国内の大学の研究者らと進めており,ここで得たノウハウを,本共同利用に採択された共同研究員と共有し,一層の発展に取り組む予定である。
公募型共同利用の重点型研究はテーマごとに置かれる企画立案責任者を中心とし,傘下の各共同利用研究プロジェクトがひとつのテーマを多角的に研究するものである。今回の公募型共同利用の重点型研究のテーマにはいわば「統計(学)的IR」(Statistical Institute Research)ともいうべき新たな研究領域の創出を目指し,統計科学,図書館学らの研究者とURA等実務担当者が一体となって取り組むという意志が込められている。
本共同利用の公募の詳細は,統数研ホームページの共同利用案内を参照されたい。
統計数理研究所・本多啓介
Ref:
http://www.mext.go.jp/a_menu/kagaku/sokushinhi/
http://www.ism.ac.jp/kyodo/index_j.html
http://www.ism.ac.jp/ura/press/ISM2015-02.html
http://ip-science.thomsonreuters.jp/press/release/2015/ism/
http://ip-science.thomsonreuters.jp/ssr/impact_factor/