カレントアウェアネス-E
No.291 2015.10.29
E1725
欧州におけるオープンアクセス方針の実施に向けた準備状況
国・大学・助成機関といったレベルを問わず,各国でオープンアクセス(OA)方針の策定が進められている(CA1851参照)。世界中のOA方針のダイレクトリであるROARMAPには700を超える方針が登録されている。しかしながら方針の策定はOA推進の出発点であっても,決してゴールではない。その後の着実な方針の実施は,策定それ自身よりもはるかに困難であろう。
それでは,OA方針策定の動きが激しい欧州は十全な実施体制を整備できているのだろうか?Open Access Policy Alignment Strategies for European Union Research(PASTEUR4OA)プロジェクトが2015年8月に公表したレポート“Assessing Readiness for Open Access Policy Implementation across Europe”では,EU諸国の状況がマクロに分析されており,国によって事情が異なるなかで足並みを揃えようとしている姿がうかがえる。
PASTEUR4OAは,欧州委員会(EC)の第7次研究開発枠組み計画(FP7)による助成を受け,2014年2月に開始されたプロジェクトである。OA方針の発展を目指して,方針の収集・分析などの活動を行っている。例えば2015年3月公表のレポートでは,OA方針のなかでOA率に貢献する要因を分析した結果を紹介している。また8月には,OAジャーナルの論文処理費用(APC)も含めたOAの状況を可視化するウェブページ“PASTEUR4OA Data Visualisations”を公開している。なお,プロジェクト名にある“alignment”という名称には,OA方針の内容が国や機関によってばらばらだと研究者が順守しづらいという問題意識が込められているようだ。
本レポートは大きく2つに分かれている。まず前半(第1章,第2章)では,OA方針の実施に必要な要素を整理している。
ここで最も必要な要素と位置づけられているのは技術的なインフラである。次の3種類があるとしているが,そのいずれについてもHorizon2020の助成した研究成果に対するOA義務化をサポートするOpenAIREプロジェクトがガイドラインを作成し,それに準拠したシステムからメタデータが収集されている。
- OAリポジトリのネットワーク:機関リポジトリのダイレクトリであるOpenDOARには約1,250件もの欧州のリポジトリが登録されているが(2014年9月時点),Horizon2020対応のための準備という意味ではリポジトリがOpenAIRE準拠かどうかが重要であり,その点ではまだまだ発展の余地があるという。
- 最新研究情報システム(Current Research Information System:CRIS):中東欧などリポジトリが未発達な国では,研究者やその業績等のデータベースであるCRISが代替のインフラになっていることもある。OA方針実施のためには国全体の研究成果の情報を網羅したCRISが特に重要であり,CRISとリポジトリの連携はそのための最も期待できる機能である(連携例にノルウェーのCRIStinとNORAがある)。OpenAIREはCRIS用のガイドラインも提供しているが,国レベルで準拠したものはまだない。
- OAジャーナル:国によっては(特に人文・社会科学の,または,英語以外の)国内ジャーナルをOAに転換していくことが効果的な戦略のひとつになる。OpenAIREはジャーナル向けのガイドラインも提供している。
第2章ではインフラ以外の要因を列挙している。例えば研究成果を確実に網羅するために関連する活動を整理・統合していくことや,研究者間のOA認知度の向上のための活動を行うことなどを挙げているが,繰り返し強調しているのはOA方針の順守状況をしっかりとモニタリングできるツールの必要性とその不在である。
前半を踏まえ,後半(第3章)では国別のケーススタディを展開している。
まず,各国におけるOAの進展状況は多様でありきれいに分けられるものではないと断ったうえで,以下の3つのケースに分類している。
- (1)OAが政策立案者や助成機関などに重要課題と認識されており,協調してOA方針を実施するしくみがあって,包括的なリポジトリネットワークも存在する。これは最良のケースであり,ポルトガルやオランダなどの小国や,英国やドイツのような一部の大国が当てはまる。
(2)広範なリポジトリネットワークは存在するが,協調のしくみが欠けており,政策立案者のレベルでOAが重要視されていない。スペインやイタリアなど大国に典型的なケースである。
(3)リポジトリネットワークが未発達であるが,サブジェクトリポジトリや国レベルのCRISが存在し,それらがOA方針実施の立脚点となる可能性がある。中東欧諸国に多いケースである。
最後に,ドイツ,フランス,オーストリア,チェコ,エストニアの状況を簡潔にまとめている。PASTEUR4OAは,本レポートとは別に国ごとのケーススタディレポート(英国,ベルギー,アイルランド,ノルウェー,デンマーク,ポルトガル,ハンガリー)も作成している。
国内でもこの4月に京都大学でOA方針の策定に至り(E1686参照),今後は各機関で方針策定が進んでいくと期待できる。日本にはJAIRO(IRDB)というデータベースを軸としたリポジトリネットワークが確立しているが,OA率などをモニタリングするツールは存在せず,JAIROと国レベルのCRISと言えるresearchmapとの連携も現在進行形である。これらは今後の日本でのOAの推進において重要な課題だと筆者は考えている。
九州大学附属図書館eリソースサービス室・林豊
Ref:
http://libereurope.eu/blog/2015/08/19/pasteur4oa-publishes-eu-member-states-readiness-for-open-access-report/
http://pasteur4oa.eu/
http://www.pasteur4oa.eu/news/109
https://www.openaire.eu/member-states-overview
https://guidelines.openaire.eu/
https://www.openaire.eu/journal-guide
http://www.cristin.no/
http://www.pasteur4oa.eu/sites/pasteur4oa/files/resource/Norway%20Case%20Study_0.pdf
http://pasteur4oa.eu/resources
http://pasteur4oa-dataviz.okfn.org/
http://access.okfn.org/2015/08/26/pasteur4oa-data-visualisations/
http://www.slideshare.net/MariekeGuy/pasteur4oa-data-visualisation
http://www.nii.ac.jp/irp/event/2014/OA_summit/docs/2_02.pdf
http://www.nii.ac.jp/csi/openforum2015/doc/20150612_Cont_Hayashi.pdf
E1686
CA1851