カレントアウェアネス-E
No.270 2014.11.13
E1627
欧州文化遺産の電子化と公開,保存に関する勧告への対応状況
2014年9月,欧州委員会(EC)が,欧州各国の文化遺産のデジタル化状況,デジタル化した資料のオンライン上での公開状況,デジタル保存の状況をまとめた報告書を公開した。加盟国に対して関係機関と協力して文化遺産のデジタル化を進め,Europeanaを通じて利用可能とすることを求めた「文化遺産のデジタル化,その利用及び保存に関する欧州委員会勧告」(2011/711/EU)及び,この勧告と関連する2012年5月10日の欧州理事会総括(Council Conclusions)の評価を目的とした報告書である。勧告が対象とする32か国のうち25か国から提出された,2011年から2013年末までの勧告等への対応状況の報告をもとに作成された。各国からの報告そのものも公開されている。
勧告では,加盟国に対し,2015年までのEuropeanaへの登録件数の数値目標を示し,計画を立てて事業を進め,その達成状況を監視することを求めている。報告書の第1章では,この計画や目標等の設定とその達成状況,予算,デジタル化資料のオンライン上での公開状況を扱っている。報告書では,欧州における文化遺産のデジタル化に関する統計調査プロジェクト“ENUMERATE(E1325参照)”の調査結果を引用しながら,経済危機や文化機関の予算削減にも関わらず,図書館においては,平均で12%の資料がデジタル化されたことが示されたが,これでも充分ではないとしている。予算については,加盟国は,クラウドファンディング,税の控除,公債やデジタル化の支援専用の税負担など,多様な手段で追加的な財源を得ている。英国のほか,オランダなどで行われているGoogleやProQuest社との官民連携の事例もあるものの,多くは公的資金に依存しているという。小規模な機関や狭い言語圏で実施される小規模な案件においては,官民連携のスキーマはうまく機能しないことも報告されている。欧州の地域格差解消のための基金である構造基金の活用も報告されているが,その活用状況は国により異なっているという。
第2章では,パブリックドメインの資料についてのデジタル化とオンライン公開が取り上げられている。パブリックドメインの資料をデジタル化しても,その画像や撮影者の権利等により,パブリックドメインのままでは公開できないことも報告されている。勧告では,デジタル化されたパブリックドメインの資料について,可能な限り広範囲な利用と再利用を推奨しているが,複製や商用利用を制限し,透かしを埋め込んだり,解像度を低くしたりするといった,画像を保護する手段とともに公開する傾向は依然として存在しているという。高解像度の画像を自由な再利用が可能な形で広範囲に公開しているアムステルダム国立美術館(Rijksmuseum)などの先進的な事例を除けば,必ずしも充分に取り組まれてきているとは言えず,勧告の実現には課題が残っているという。
第3章では,著作権保護期間内の資料のデジタル化と公開の状況がまとめられている。孤児著作物指令(CA1771参照)の国内法化,商用利用されていない著作物の大規模なデジタル化と公開のための拡大集中許諾制度の法制化,ARROW(E1225参照)やFORWARD等の権利管理の仕組みは,保護期間内の著作物のオンライン公開に貢献している。2014年10月29日の孤児著作物指令の期限までに国内法で法制化されたのは,ドイツとフランスの2か国のみであったが,その他の国でも指令を実現するための検討,準備が行われている。また拡大集中許諾制度については,デンマーク等の北欧諸国で実現されている。
第4章はEuropeanaの動向に充てられている。Europeanaは2015年に予定されていた,3,000万件のデジタル化件数の目標値を前倒しで達成した。しかし,音声資料や視聴覚資料の達成状況は,それより遅れており,「傑作」とされるような質の高いコレクションは充分に提供されていないという課題が指摘された。また,Europeanaのデータ交換協定により,メタデータのクリエイティブ・コモンズのCC0ライセンスによる公開が広範囲に実現することとなった。メタデータをパブリックドメインで公開するという傾向が国家レベルで広がりを見せる一方で,再利用が限られている,あるいは,利用に許諾を要する事例も報告されている。
第5章では,デジタル保存を扱っている。加盟国では,様々な長期保存の戦略やスキーマが採択されており,欧州の視聴覚資料のセンターとしての機能を担う“PrestoCentre”,テキスト資料を扱う“Impact”,デジタル文化遺産の保存ためのロードマップを策定する“Digital Cultural Heritage Roadmap for Preservation”など,専門的な知識や技術を共有するEU助成のプロジェクトの効果が報告されている。しかし,加盟国のデジタル保存の方針には,依然として課題が多く,文化遺産のフォーマット変換やマイグレーション,ボーンデジタル資料の長期保存の条項が明示されてないこと,技術的な保護手段を外した資料の納本が必ずしも確保されていないこと,ウェブ上のコンテンツの保存にとどまっていること,法定納本制度の各種の取り決めを妨げるものとなっていることなどが指摘されている。
勧告では,加盟国に2年毎に対策の進捗状況を報告するよう定めており,今回が初めての報告となる。達成されていない目標や国による達成状況の偏りも見出されるが,進捗を確認し,課題を明らかにすることは,解決策の検討には不可欠である。今後の動向に注目したい。
関西館図書館協力課・篠田麻美
Ref:
http://ec.europa.eu/information_society/newsroom/cf/dae/document.cfm?action=display&doc_id=7065
http://ec.europa.eu/digital-agenda/en/digitisation-digital-preservation
http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=OJ:L:2011:283:0039:0045:EN:PDF
http://www.consilium.europa.eu/uedocs/cms_data/docs/pressdata/en/educ/130120.pdf
http://enumeratedataplatform.digibis.com/figures/
CA1771
E1225
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