E1626 – 学術書のオープンアクセスの実現に必要なものは(英国)

カレントアウェアネス-E

No.270 2014.11.13

 

 E1626

学術書のオープンアクセスの実現に必要なものは(英国)

 

 人文・社会科学分野の学術書のオープンアクセス(OA)を推進する欧州のコンソーシアムOpen Access Publising in European Networks(OAPEN)の英国でのプロジェクトOAPEN-UKは,2014年夏,当該分野の研究者における,読み手および書き手としての学術書の位置づけについて意識調査を行った。

 2,231の有効回答を得た調査は,研究生活における学術書の役割を理解するためにOAPEN-UKによって企画された4年間の研究に基づくものである。また,既存の調査で明確となっていなかった,研究者が新たな学術書を出版する際に出版社を変える動機,第三者の権利処理や学術書のOAにあたってのライセンスの問題,収入の一部を引き続き紙媒体での売り上げに頼るOA出版モデルの持続可能性,OAに対する研究者の態度,などを含む学術書のOAを実 現する際に関わってくる課題についても調査している。

 調査結果の報告書は,(1)学術書の位置づけ(2)学術書の書き手として(3)学術書の読み手として(4)オープンアクセス,の4つの章に分かれており,章末には各章の調査結果から導き出された,学術書のOA実現のための課題と展望がまとめられている。本稿では各章末で指摘されている課題と展望を関連する各章の調査内容をふまえて紹介していくことにしたい。

 (1)では,学問分野や研究のキャリアに関係なく,学術成果の入手先の重要度(94%)としても,学術情報の発表先の重要度(84%)としても学術書が高く評価されていることが改めて示されている。また,67%の回答者が学術書の入手は容易ではあると考えているが,出版に関しては,回答者の50%が自身のキャリアステージや学問分野を理由に困難さを感じていることが指摘されている。学術書の出版は研究者のキャリアアップのために重視されていることから,OAの実現にあたっては,入手方法よりも、出版に関する課題の解決方法を明らかにする必要性が述べられている。また,学術書出版経験者の69%が博士論文をベースに出版をしていうるが,英国における博士論文のOAでの提出の進展にともない,出版社側が博士論文ベースの出版を拒否するのではないかとの指摘もなされている。

 (2)では,同一出版社から全ての学術書を出している研究者はわずか12%であるという結果は,新規のOA出版の参入にとって励みとなると指摘される。一方で,研究者は著名で評判の高い出版社や既存の業績に釣り合う出版社を選択する傾向があることに注意しておかなければならないとも述べられている。また,第三者の権利処理や費用の支払いに関して,大半の研究者が自身で処理をしているが,その処理に困難を感じていることが示されている。そこで,OAの実現のためには,OA出版社による権利処理や費用支払いの面での研究者支援の必要性が指摘されている。また,クリエイティブ・コモンズ(CC)ライセンスでの出版経験の乏しさ(22%)や,適用したCCライセンスを覚えていなかったり(10%),CCライセンスを使用したかどうかを覚えていなかったりするなど(25%),研究者が契約内容に無自覚であるという調査結果から,OA出版社が研究者の権利と義務について彼らに理解させる必要性についても述べられている。

 (3)では,回答者の87%が直近に読んだ学術書が紙媒体であり,この傾向は研究者の年齢やキャリアによって大きな差がないことが指摘されている。よって,OAの実現に当たっては,HTML,PDF,e-bookなどの自由閲覧可能な電子媒体でのビジネスモデルが示唆されている。また,確かな紙媒体の市場があることから,有償印刷方式(paid-for print)を採用することで既存の出版社が存続できる可能性も示されている。さらに,83%の研究者が学術書の電子版を使っていると回答するなど,一定数の研究者が読書のためのモバイルデバイスを保持していることから,紙媒体や無償のHTML,PDFでの出版とともに,デバイス固有のフォーマットで出版しても課金できる可能性が指摘されている。

 (4)では,学術書のOAに関する積極性が年齢や研究キャリアによって差があることが示されている。OAに積極的である若手研究者の支援をするとともに、OA実現のための重要なポイントとしてあげられているのが,OAに積極的でないベテラン研究者への働きかけである。若手研究者の学術書の出版にアドバイスをするなど,学会に影響力を持つベテラン研究者が感じている,OA化にともなう学術書の入手や閲覧に関する懸念事項を緩和することの必要性が指摘されている。

 本報告書では,この他,人文科学者と社会科学者での設問ごとの回答の違いなど、興味深い調査結果が多数示されている。原文にも是非あたっていただきたい。

関西館図書館協力課・武田和也

Ref:
http://oapen-uk.jiscebooks.org/research-findings/researcher-survey-2014/
http://oapen-uk.jiscebooks.org/files/2012/02/OAPEN-UK-researcher-survey-final.pdf
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