E1469 – SPARC Japanセミナー2013「人社系オープンアクセスの現在」

カレントアウェアネス-E

No.243 2013.08.29

 

 E1469

SPARC Japanセミナー2013「人社系オープンアクセスの現在」

 

 2013年8月23日,国立情報学研究所において,第2回SPARC Japanセミナー2013「人社系オープンアクセスの現在」が開催され,100名弱の参加者があった。セミナーの構成は4件の講演とパネルディスカッションであった。今回これに参加する機会を得たので,その概要を紹介する。

 最初は,経済学におけるオープンアクセス(OA)をテーマに,青木玲子(一橋大学経済研究所)氏が壇上に立った。青木氏からは,経済学の位置づけと経済学における学術コミュニケーションについて紹介があった後,経済学ではOA誌登場以前からワーキングペーパーを送りあう習慣がすでに存在していたことや,代表的な経済学OA誌が紹介された。また,研究者全体としてOAを維持することは理にかなっていること,OA誌を含め学術誌の費用負担は情報の発信側でも受信側のどちらでも成り立つものであることなど,経済学の視点からOAが論じられた。

 次に,石居人也(一橋大学大学院)氏から,歴史学の研究手法の紹介とOAの関わりについて報告があった。石居氏は,歴史学者には史料への偏重ゆえにモノへの執着が強いという「生態」があるとしながらも,90年代以降の歴史学の内在的な変化と史料デジタル化等の環境の変化から,OAへの転換の素地は築かれつつあると述べた。しかし,歴史学においては依然としてOAのニーズは高くないと感じられるとし,歴史学固有のニーズに応じたOAのあり方が模索されるべきだと論じた。

 3人目の報告者は,英国リンカーン大学講師のイブ(Martin Paul Eve)氏であった。イブ氏は,2013年1月にOpen Library of Humanities(OLH;E1395参照)という人文・社会科学系OAメガジャーナルのプロジェクトを発足させた中心人物である。OLHの設立の背景や体制,そしてその意義を解説したイブ氏の報告は,今回のセミナーの目玉となった。高評価ゆえに高額となってしまった既存のジャーナルに対抗すべく,国際的に著名な研究者を運営委員会のメンバーに招いたり,メディアを積極的に活用したりして,評価と知名度の向上を図っていること,また,人文・社会科学の全分野の論文刊行をメインにしつつも,大学出版局と連携した専門書刊行のプロジェクトを5年間の時限付きで進める計画があることをイブ氏は明かした。また,OLHは,ある分野の専門家が中心となり優れた論文をまとめて一つのジャーナルとして刊行する「オーバーレイジャーナル」の仕組みを,メガジャーナルという基礎の上に構築することも検討しているという。最後に,気になる財政面についてイブ氏は,最初の5年間を寄付主体で運営し,その後,世界中の図書館から少額ずつの拠出を受けることで運営体制を確立したいと述べた。

 休憩を挟み,鈴木哲也(京都大学学術出版会)氏の講演があった。鈴木氏はまず,京都大学の機関リポジトリ(KURENAI)のコンテンツの構成比で人文系の紀要類が多いことを指摘し,人文系でOAが進んでいないとする言説の妥当性を問うた。次いで,専門書刊行を支える編集者の存在から商業出版の意義を論じたほか,京都大学学術出版会の取組みとして出版物をKURENAIで公開するプロジェクト等を紹介した。

 セミナー最後に,蛯名邦禎(神戸大学大学院)氏をモデレータに,パネルディスカッションが行われた。冒頭,松本和子(慶應義塾大学理工学メディアセンター)氏から人文系図書館での勤務経験をもとに話題提供が行われ,フロアからの意見も交えながら,ディスカッションは進められた。青木氏からは,OAはそもそもアクセスが問題とされているのか,それともOLHのように評価が高いゆえに高額となっている既存のジャーナルからの脱却を図ることにあるのか,OAに寄せる期待が論者によって異なっているのではとの指摘があった。石居氏からは,科研費報告書をOAで公開するなど,助成研究の速報性と透明性にはOAとの親和性があるとする意見が,そしてイブ氏からはOAのもつ学術成果の社会への還元の意義を強調するコメントがあった。フロアからは,「人社系OA」を論ずるうえでは人文系研究者にとって論文と本が持つ意味の違いに敏感になる必要があること,国内外ではジャーナルをめぐる資金の動きが大きく異なることなど,多様な論点が示された。

 この度のセミナーは,SPARC Japanセミナーとしては初めて人文・社会科学分野をテーマにした重要な回であり,またOLHという欧米の先進的なプロジェクトについて,その発起人から直接説明を聞くことのできた貴重な機会であったと言える。だが,「人社系OA」というテーマ設定が,OAの議論において“特異なもの”になってしまっては,OAをめぐる議論それ自体の偏向性を示すものとなろう。その解消のためにも,「人社系OA」は継続的に論じられるべきテーマと考えられる。今後のSPARC Japanの取組みに期待したい。

(関西館図書館協力課・菊池信彦)

Ref:
http://www.nii.ac.jp/sparc/event/2013/20130823.html
http://togetter.com/li/553770
https://www.martineve.com/2013/08/24/reports-from-the-frontline-of-humanities-oa-in-japan/
E1395