E1399 – インドのヴァーチャル図書館:公共図書館充実化への挑戦

カレントアウェアネス-E

No.232 2013.02.21

 

 E1399

インドのヴァーチャル図書館:公共図書館充実化への挑戦

 

 筆者は国立大学図書館協会の海外派遣事業に採択され,2012年11月にインド共和国で調査を行なった。そこで得た知見の内,本稿では国家プロジェクトであるインドのヴァーチャル図書館(National Virtual Library:NVL)とインドの公共図書館の課題について紹介する。

 2012年11月20日付Times of India紙にこのような記事がある。「マウスでクリックするだけですぐに読みたい本にアクセス」。この記事によると,インド文化省の設置した委員会National Mission on Libraries(NML)が100億ルピー(日本円換算約170億円)を投入してヴァーチャル図書館プロジェクトを開始しているという。

 それに先立つ5月18日に開催されたNMLの第一回会合の議事録も参考にすると,このプロジェクトは次の様な内容である。これは,インターネットを介して,全ての資料を,それを欲する全ての利用者に無料で提供することを目指すものである。資料の内容であるが,これまで取り組まれていた政府のNational Digital Libraryプロジェクトの成果と,新たに電子化される50万冊の書籍である。新たに電子化される対象としては,児童用資料が第一,そして人々の技能向上に関する資料やインド各地域で関心が持たれている資料を優先的に行うとのことである。NVLは首相の諮問委員会であるNational Knowledge Commission(NKC)がその実施を担う。

 このプロジェクトは,NMLの四つあるワーキンググループのうちの一つが推進しており,その主査は,H.K.カウル(Dr. H.K.Kaul)氏である。彼は,NKCの委員や,インド全域に広がった図書館協力団体Developing Library Network(DELNET)の理事長も務める人物である。

 カウル氏は前述のNMLの第一回会合で次の様に述べている。「全ての種類の図書館,例えば公共,大学,専門,そして学校図書館は,このNMLの対象である。約44万冊,ページにして1億8千万ページがすでに電子化されており,今後利用者の声に応じて追加コンテンツを提供していく。村々の郵便局や学校を使うことで各村に知識センターを設置し,そこで健康や農業といった様々な資料や様々な言語の資料を住民に供給するようにする。その運営のためには図書館員の能力を高める必要がある。オンライン資料を活用することが可能になるような研修を図書館員に行わなければならない。ネットワーク化によって図書館は電子化資料にオンラインでアクセスすることが可能となる。公共図書館の基盤設備は,早急に対応が必要である。図書館学校の教育内容は時代遅れであり,充実した教育施設を作らねばならない。」と。

 彼のこの発言と,第一回会合で決められた内容から,公共図書館の充実化がインドでの大きな課題になっている事が分かる。インドの公共図書館は,国内に約54,000館と見積もられているが,多くの図書館は十分な予算を持てず,誤った経営を行っており,蔵書もサービスも貧弱であるとのことである。また,「周知の事実であるが,インドの公共図書館は大半がひどい状態である。児童室もなく椅子は壊れている。図書館員は変わりつつある技術に対応することができる専門職として,訓練されねばならない。」と彼は冒頭の新聞記事で述べている。つまりインドでは公共図書館における設備や蔵書などの充実化と,ICT技能を持った図書館員の育成が嘱望されているのである。

 公共図書館の充実化に向けて,NVLと併せていくつかの方策が行われている。ここでは,DELNETにより2012年11月20日から22日まで開催された図書館大会(NACLIN)での発表をもとに,二つほど紹介したい。

 一つ目の方策は,オープンソース図書館システムの導入の推奨である。これはNMLの第一回議事録でも触れられている。今大会では,ニュージーランドで開発されたKohaについての講義が行われた。ここで強調されていたのは,Kohaは導入が無償であり,館種を問わずどこの図書館も業務を効率化させネットワーク化を実現することができる,ということである。

 二つ目は,3か年計画による段階的ネットワーク化である。今大会でカウル氏は,NKCとして公共図書館のネットワークを進めているという発表を行なった。このネットワーク化はDELNETと大学図書館ネットワークセンター(INFLIBNET)が,最初に12か月から18か月の期間で1,000館に対して作業を行い,次にこの1,000館を基盤に1年間で10,000館にまでその輪を広げ,そして3年目で残りの館を全部ネットワーク化するとしている。

 これらにより,インドの公共図書館の図書館システム導入は完成し,全館がネットワークで繋がることで,NVLを提供する基盤が完成するのである。

 NVLの詳しい仕様や作業母体,具体的なシステム,著作権処理などは,まだまだ不明な点が多く,カウル氏によると今後詳細が固まっていく予定であるとのことである。S.R.ランガナタンと「図書館学の五法則」を生み出したインドの大地に,「全ての読者にその人の本を」の第二法則を実践するこのプロジェクトの今後を注視して行きたい。

(宮城教育大学附属図書館・吉植庄栄)

Ref:
http://articles.timesofindia.indiatimes.com/2012-11-20/vadodara/35227128_1_public-libraries-school-libraries-community-libraries
http://www.indiaculture.nic.in/nml/index.html
http://www.indiaculture.nic.in/nml/mom.html
http://delnet.nic.in/
http://www.naclin.org/
http://knowledgecommission.gov.in/
http://deity.gov.in/content/national-digital-library