E1324 – 大学図書館の生み出した価値をデータに基づいて示す試み

カレントアウェアネス-E

No.220 2012.08.09

 

 E1324

大学図書館の生み出した価値をデータに基づいて示す試み

 

 大学という研究・教育機関に属する存在として,大学図書館は,学生や研究者へのサービスを通じて所属機関のミッションに対してどのような価値を生み出しているのかを明らかにする必要に迫られている(E1298E1306参照)。

 オーストラリア東海岸にあるウーロンゴン大学図書館は,“Library Cube”と名付けたシステムを開発して,必要なデータを収集し,それに基づいて自らの価値を定量的に示すことを試みた。その経緯がEDUCAUSE Review誌の2012年7・8月号に掲載された“Discovering the Impact of Library Use and Student Performance”という記事で紹介されている。

 大学図書館の価値を評価する際には利用者に対するアンケート調査を行うことが一般的だが,この方法には,利用者が認知した価値しか捉えられないことや,図書館を利用しない者が対象外になってしまうことなどの問題がある。

 ウーロンゴン大学には,膨大な学生データを蓄積し,分析やレポート出力が可能なツールを提供しているPerformance Indicators Unit(PIU)という部署がある。同館はこの部署と協力して2009年にLibrary Cubeの開発を開始した。学生による図書館資料の利用を示すデータとして2010年以降の貸出データ(総貸出冊数)と電子リソースの利用時間を採用し,それらと学生の成績データ等とを学生番号をキーにして関連づけ,分析することにした。その際,PIUが提供するOracle社のデータウェアハウスやIBM社のビジネス・インテリジェンスツールを利用してウェブベースのシステムを構築した。

 開発途中ではいくつかの課題が生じた。技術的なものとしては,電子リソースの「利用」をどう定義するかという点が挙げられている。同館の利用者は電子ジャーナルやデータベース等にアクセスする際に認証用ソフトウェアEZProxyを経由することに着目して,そのアクセスログを用いることにした。そして,1日を6分の1時間ごとの区間に分け,ある区間内で1度アクセスが認められた場合には6分の1時間利用したことにし,同じ区間でのそれ以上のアクセスは利用としてカウントしないこととした。

 また,法的・倫理的課題としては,プライバシーの問題も懸念された。法的な面については,個人情報の利用について学生の同意を取っていたため問題は生じなかった。倫理的なレベルでは,Library Cubeを特定個人の情報を表示するために使わないことや,システムへのアクセス制限を行うことでリスクを減らすことにより対応した。

 Library Cubeによるデータ分析の結果,図書館の情報資源の利用と学生の成績のあいだには強い相関(R二乗値はおよそ0.91)が見られたとされている。例えば,2011年における電子リソースの利用時間と成績をプロットした図を見ると,利用時間が増えるにつれ成績はおおむね向上していき,全体として対数関数のグラフで近似できている。ただし,記事では,図書の貸出や電子リソースの利用がすなわち「学習」とは言えないこと,学生の成績に影響する要因は他にもたくさんあること,相関と因果は異なること等の注意点を挙げている。

 その後,Library Cubeは2012年5月から大学のレポーティングシステムの一部として稼働しているという。教員から,学生の体験と成功の関係性についてより良い理解を得るために必要なその他のデータについても提供してもらえるように理解も得られたということである。

 なお,記事では,同様のプロジェクトとして,英国ハダースフィールド大学等による“Library Impact Data Project”,ミネソタ大学図書館の“Library Data and Student Success Project”,米国大学・研究図書館協会(ACRL)による“Value of Academic Libraries Initiative”が紹介されている。

(関西館図書館協力課・林豊)

Ref:
http://www.educause.edu/ero/article/discovering-impact-library-use-and-student-performance
http://www.uow.edu.au/services/pi/index.html
http://library.hud.ac.uk/blogs/projects/lidp/
E1298
E1306