カレントアウェアネス
No.178 1994.06.20
CA947
ヨーロッパの美術館情報ネットワーク
もともと美術教育や研究を目的とした美術館ドキュメンテーションは近年,情報処理と遠隔伝送技術の利用でその形を変えつつ発展している。特に美術館単館で行うものではなく,より大きな情報ネットワークや,美術情報システムといったものの展開がめざましい。また従来行われているスライドライブラリーや作品データベースを統合してマルチメディアのデータベースを構築し,サービスの効率をたかめ,高度化しようとする試みもさかんである。
EMN (European Museums Network)計画は,EC委員会のRACE計画(ヨーロッパ先端通信技術研究計画,1985年3月)にもとづいて1989年1月から3年間,パイロット・プロジェクトの一つとして試行された。
参加館はドイツのハンブルク美術館などの美術館・博物館6か国8館で,さらに産業界および研究調査機関から2機関ずつが,技術面での援助を行った。目的は,参加館それぞれにマルチメディア・ワークステーションを置いて一般の利用者に公開し,遠隔伝送技術を使ってさまざまな美術館の作品間をクロスして検索を行うことができるようにすること,またISDNの広帯域ネットワークの活用をはかることであった。
計画の一部として実験的にLANを構築し,ワークステーションで来館者が検索できるようにした。検索可能な情報はテキスト,イメージ,グラフィックスおよび音声等を複合したものからなり,収録対象は絵画,写真といった2次元のものだけでなく,彫刻や建築などの3次元のもの,及びその作品に関する説明を含む。来館者は,まずアニメーションによる説明を見てから(中断も可)使用言語を指定し,検索をする。検索画面は自分で求める情報を検索するfree navigationと“a short tour on…”の2種類あり,後者では来館者がテーマを選択するとそのテーマに関するマルチメディアによる一連の情報を得ることができる。いわばスライドショーのマルチメディア版である。
こうしたEMNでの経験を生かした主に研究及び教育向けのプロジェクトがRAMA (Remote Access to Museum Archives)である。1992年に開始,1993年夏には最初のプロトタイプができた。こちらの参加館はこの分野での先駆者であるフランスのオルセー美術館などの6か国7館で,オランダのハーグのMuseon だけがEMNと共通している。また,このうち5館は,情報伝送技術を専門とする企業と提携している。EMNでは単一のマルチメディア・データベースの構築が目標であったが,RAMAでは,各参加館のデータベースに単一の方式でアクセス・利用できるような分散型のシステムの構築がめざされている。大学や研究機関に居ながらにして複数のデータベースに同時に遠隔アクセスできるこのシステムは,それぞれ特徴のあるコレクションを横断して考察できるようになったという点で,研究者には大きなメリットとなった。また,美術館・博物館にとっては,企画展示や出版,オリジナル商品のテレショッピングへの応用といったメリットがある。
ただ,これらのシステムにはいくつかの問題がある。特に大きいのは著作権の処理である。まず資料のデジタル化に伴う複製権及びその表示,料金算定の方法, また遠隔アクセスした利用者がダウンロードを行わないように保証もしなければならない。プリンタで打ち出す際には当然個人利用が原則である。こういった問題等の国内での調整は勿論,各国間での調整も必要になってくる。
我が国での美術館ドキュメンテーションはまだその歴史も浅い。ただ,これから美術情報の提供をどう展開するかを考えるとき,当然多様なメディアと係わり始めた図書館も情報の記述など業際的な共存を求められるかもしれない。実際,オランダやフランスでは図書館側からのアプローチも行われているところである。
吉間仁子(よしまさとこ)
Ref: Visser, Friso E.H. The European Museums Network, an interactive multimedia application for the museum visitor. Inf Serv Use 13 (4) 409-419, 1993
Delouis, Dominique. Telecommunications in museums. Inf Serv Use 13 (4) 335-346, l993
波多野宏之 美術館ドキュメンテーション 情報の科学と技術 42(7) 597-607, 1992
Albiges, Luce-Marie, 波多野宏之訳 フランスの図書館・美術館における画像通信 アート・ドキュメンテーション研究 (1) 79-88, 1992