CA833 – カナダにおける「図書館の自由」への圧力 / 本吉理彦

カレントアウェアネス
No.158 1992.10.20


CA833

カナダにおける「図書館の自由」への圧力

Censorshipという言葉は,日本では一般に検閲[制度]と訳されるが,これは単に公的な権力による強制的な文書,出版物等の検査,統制だけを意味するわけではない。個人の情報へのアクセスを阻もうとする圧力一般をさすものであり,資料収集,利用制度などの図書館の運営に対する圧力を含む概念である。

さまざまな思想的,政治的立場の個人,団体から図書館に対して加えられる多種多様な圧力が存在する。それは図書館への要望という形式をとることが多いために表面には出にくいが,「読書の自由」に対する侵害となり,地域社会と密着して運営される公共図書館にとっては大きな問題となるものである。

以下に紹介する調査報告は,カナダの公共図書館が地域から受けるこのようなcensorshipの実態を明らかにしている。

本調査は1988年の初めに行われ,カナダの全公共図書館に,85年から87年の3年間を対象に質問票を送付する形で行われた。

1千館ある公共図書館のうち,560の図書館から回答があった。これらの図書館は1987年にカナダの人口の76%にあたる1940万人にサービスしており,登録貸出者は750万人,142万点を超える資料を貸出し,週に延べ4万6千時間のサービスを提供している。

以下,調査の主要な項目を紹介する。

1) 知的自由とそのアクセスについて,公式の明文化された方針を定めているか:4館に1館が,明文化された選書方針,異議に対する対処方針,異議の記録の仕方,寄贈に関する明文化された対処方針等の全てを定めている。何も定めていない館も同程度ある。

2) カナダの住民は,公共図書館で出版物を自由に制限なく利用できるか:若年層に対しては,回答館の40%で年齢制限を課すか親権者の同意を求めている。なかには18歳を超えてもなお成人向け等の資料の貸出を制限する図書館がある。

特定の資料または分野に関して利用を制限する図書館もある。成人小説,暴力的なもの,性及び性教育に関する資料などが中心である。

3) 公共図書館は,地域社会から資料の収集や利用に関して圧力を受けているか:ひとつには,過去4,5年の間に公共図書館で問題となった30タイトルの図書について,その所蔵を尋ねたところ,回答した556館は平均して13タイトル所蔵していた。また,30タイトル全部がいずれかの公共図書館に所蔵されていた。

さらに,特定の資料を取り除くか利用制限せよという公然とした要求がどれくらいあるかを尋ねたところ,85年に155件,86年に160件,87年に254件が報告された。無回答の図書館の分も含めて推計するならば,平均して一日に一回は,カナダのどこかでそんな要求が出されている。

報告した図書館はカナダの公共図書館の1/3にのぼる。これらの図書館は1300万の人々にサービスしているから,カナダの10人のうち7人は特定の資料の利用を拒まれる恐れがあることになる。このような申し入れは600人の人間からなされ,10%が2回以上している。かれらは半分が成人利用者で,半分が親である。5%は団体の代表である。

この申し入れの対象とされた資料は約500点である。理由は様々である。最も多いのが,あからさまな性表現,ヌード,暴力,ある年齢層に相応しくないものなどである。他にも多くの理由があり,それは地域の価値観,社会行動,考え方などを明らかにしてくれる点で興味深いものではある。

要求の大多数は,蔵書からの排除を求めている。それ以外に少数であるが,閉架書庫への配置替え,利用制限,分類のやり直しなどを求めている。

これらの申し立てに対する図書館の対応を見ると,事例の7割において,当該資料に対し何の処置もとっていない。閉架書庫への配置替えや利用制限を課すところもいくつかある。全体の16%にあたる99の事例において,資料が蔵書から回収されていた。

半分の事例で,いかに対応するかの決定は最高責任者,または部門の責任者がしている。10%の事例において,図書館理事会または自治体の議会において決められている。

4) さらに,より巧妙な間接的で隠れた「検閲」のやり方がある。約10%の図書館が蔵書の紛失,盗難,汚損,切り取り,破損などのうち,他人に当該資料を見せないようにする試みと疑える事例を経験していた。

5) 5館に1館は特定の資料を収集せよという圧力を経験している。この圧力の源は,自分の主張を記した文書を図書館の書架に置きたいと望む宗教団体,政治団体などが多い。

以上,この調査によってカナダの公共図書館はその地域社会の成員からの検閲の圧力に抗しているのがみてとれる。図書館はその社会的な信用を守るべく努力をしているわけである。

最後に報告は,今後の検討を要する領域を二つあげて以下のように述べている。

ひとつは児童と未成年の取り扱いである。報告では,公共図書館が,児童及び未成年の読書の権利の一貫した守り手であるべきだとしている。年齢制限の存在は,少数者の知的自由に関しての適切な方針がないことを示している。

もうひとつは,知的自由に関する公式の方針についてである。この存在が,資料への圧力にうまく対応する鍵であることが,調査から明らかになっている。

公式の方針があることがそのまま検閲の圧力から自由であることは意味しないが,業務上の一貫した対応においてもこの方針の存在は不可欠である。これらの方針が,表現の自由と市民の選択の自由の維持に果たす図書館の役割と責任についての理解をより深める助けになっていることに気づかねばならない。

以上が報告の概要である。出版物自体がある価値観の表明であり,その意味で図書館は価値観のるつぼである。この問題に対し,図書館は受け身の立場からであれ,避けることはできないのである。

本吉理彦(もとよしただひこ)

Ref: Schrader, Alvin M. Censorship on Canadian libraries. Newsletter on Intellectual Freedom 40 (6) 192-194, 1991