カレントアウェアネス
No.128 1990.04.20
CA658
イギリス新著作権法寸描
爆発的技術革新のなかで,知的所有権の保護と利用との正当な均衡を目的とする,イギリス1988年著作権,意匠及び特許権法−Copyright,Designs and Patents Act 1988−が1989年8月1日施行された。1973年,著作権法及び意匠法改正委員会の設置以来,1977年の同委員会報告(Whitford Report)を嚆矢に,1981年,'83年,'85年には政府青書が,1986年には,これらを踏まえ新法案の叩き台となった「知的所有権と革新」と題する白書が公表され,著作権法の全面改正にむけて,白熱した議論が展開されてきた。
ここで全306条,附則8からなる1988年法を概観する暇(いとま)はないが,いま一つの立法趣旨が,上記報告等で繰返し表明されてきたように,国際条約,とりわけ1971年のベルヌ条約パリ改正条約批准のための,国内法整備にあったことは確かである。第1部第4章における著作者人格権(moral rights)の明文化は,その顕著な例であり,新法施行後,英国政府は時を経ずして同年9月29日,パリ改正条約の批准書を寄託,1990年1月2日発効した。
また,バリー(Sir James Matthew Barrie)の“ピーターパン”の著作権が1987年12月31日に消滅したにも拘らず,この上演,出版等に関するロヤルティ(royalty)の権利を,ロンドンの“The Hospital for Sick Children”に与える旨の規定(301条,附則6)には,いかにも英国らしい一面が窺える。
家庭でのテープ録音に対するロヤルティの問題もまた,ウィットフォード報告以来の懸案であった。同報告は,西独に倣って,ブランク・オーディオ・テープヘの賦課金制度(1evy system)の導入を勧告し,1986年白書でも「粗雑な正義」(rough justice)であるという反対論を認識したうえで,35分以上のブランク・テープに小売価格の10%を課税することが提案され,立法化は確実とされていた。それにも拘らず,ヨーロッパの趨勢ともいえるこの制度は,1988年法には結実しなかった。しかし1992年のEC統合を控え,国内の音楽著作権改正団体や国際レコード・ビデオ製作者連盟による新たな攻勢が既に始まっているという。ちなみに,ヨーロッパでこの制度を定める国は10カ国を数える。
1988年法は,旧法同様,著作権者に排他的権利を与える一方で,特別な配慮の下に多くの例外をもまた認めている。その最も重要な例外は,調査及び私的研究のためのフェア・ディーリング(fair dealing)(29条(1))であり,かかる目的のための一定条件下での図書館における複製である(29条(3-a))。フェア・ディーリングであるか否かは個別的ケースによるとされるが,これまでに,その定義と共に「自由にコピーすることのできる著作物の部分を規定すべきである」という意見があった。しかし,1986年白書が「法的に定式化することはそれが解決する以上の諸々の問題を引き起」し,「故に“フェア・ディーリング”のいかなる定義も新法に包含されることはない」と表明したように,1988年法でもこの定義はなされていない。
ウィットフォード報告は,フェア・ディーリング及び図書館における例外を廃止し,複製に関する包括的なライセンシング(blanket licensing)を法制化することを勧告したが,政府は1981年青書及び'86年白書でもこれを支持しなかった。そして'86年白書は,同一資料からの組織的多部数複製を,図書館における例外から明確に除外すること,商業的機関の研究目的の複製は,これをフェア・ディーリングと認めないこと等の方策を打ち出していた。
1988年法における,図書館及び文書館における例外規定の構成は次の通りである。37条/序,38条/定期刊行物の記事の複製,39条/公刊著作物の一部の複製,40条/同一資料からの多部数複製の禁止,41条/他の図書館の求めによる複製,42条/資料の保存等のための複製,43条/非公刊著作物の複製,44条/輸出用文書の複製。
これら各条の実質的,技術的運用の確保のため,1989年8月1日,通産大臣の名において,著作権規則−The Copyright(Librarians and Archivists)(Copying of Copyright Material)Regulations 1989−(S.I.1989/1212)が施行された。
規則は,法第38条から第43条までの規定において特定される図書館について定め(3条,附則1),特定される一定条件について定めている(4条〜7条)。1988年法及び著作権規則によれば,図書館における複製についての概要は次のようになる。
1.セルフ・サービス式のコピー機を備えている図書館では,その利用者に対して,公刊された著作物の一部の複製は,複製者自身の調査及び私的研究のため,一資料につき一部しか認められないことを明らかにしなければならない。
2.図書館が利用者の求めにより複製する場合,次の要件に従わなければならない。
1)提供する複製物は一資料につき一部であること2)定期刊行物の同一の号からは,一記事以上複製できないこと
3)公刊された著作物からの複製は,正当な範囲に限ること
4)複製に要した費用(図書館の経費に対する負担額を含む)を請求すること
5)複製を求める者に対し,次の点を確認する署名した宣言書(declaration)を提出させること−a.当該資料について初めての複製であること b.複製は調査及び私的研究のためであること c.実質的に同一資料につき,実質的に同一目的で,同時期に他の者が複製したり,複製の意思のあることを知らないこと
6)複製物を提供する司書が,その請求が他の者の類似の請求に関連しない旨納得すること
3.図書館が他の特定される図書館の求めにより複製する場合,次の要件に従わなければならない。
1)同一資料からは一部の複製に限ること2)定期刊行物の同一の号から一記事以上,もしくは公刊された著作物の全部又は一部の複製の場合,複製を求める図書館は,著作権の許諾者を知らず又確認することができない旨の証明書を添付すること
3)複製に要した費用を請求すること
4.規則により特定されないような商業的機関の図書館は,最終利用者の代理として請求する場合以外は,他の図書館に対して複製を求めることはできない。
難産の末,ようやく時代の潮流に船出したばかりのイギリス新著作権法ではあるが,複製の利用と権利保護の問題一つみても,新法が必ずしもこれまでの争点をクリアーしているとは言い難いだろう。これは,著作権のもつ基本的曖昧性の故なのであろうか,法というものが常に時代遅れなものだからであろうか。いずれにしても,複製技術の進歩のなかで,イタチごっこは続くであろう。人間が「メディアの囚人」である限りは。
神 繁司
Ref. Copyright Update (News) Libr. Ass. Rec. 91 (10) 562-563, 1989. 黒川徳太郎 1988年のイギリス著作権法 Copyright No.339, 2-8, 1989. Command Papers (HMSO) Cmnd. 6732, 1977. Cmnd. 8302, 1981. Cmnd. 9117, 1983. Cmnd. 9445, 1985. Cmnd. 9712, 1986.