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カレントアウェアネス
No.321 2014年9月20日
CA1830
動向レビュー
新しい本の楽しみ方「ビブリオバトル」の多方面への展開動向
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 コンサルティング・国際事業本部
:吉野英知(よしの ひでとも)
1.はじめに
近年、「本との出会い方」が多様化してきている。本を読むという行為自体は普遍的であるが、本に出会う主な場所が書店や図書館であった過去と比べて、インターネットを介して本に出会いより多くの本の情報を得られる時代となった。それゆえに「いかに自分にとって良い本と数多く出会えるか」という新たな課題にも直面している(1)
本稿で紹介する「ビブリオバトル」は、自分のお気に入りの本を書評という形で聞き手に紹介するコミュニケーションを用いたゲームである。ビブリオバトルは、「人を通じて良い本に多く出会えうる」という本の楽しみ方を可能にするだけでなく、読書というパーソナルな行為を他人との双方向のコミュニケーションへとつなぐ点が、参加する人々にとって新たな面白さとして受け入れられ、今、多くの場面で普及しはじめている。
本稿では、ビブリオバトルの概要とともに、ビブリオバトルに期待されている役割の観点から、動向を紹介したい。
2.ビブリオバトルの概要
読書は一般的にはパーソナルな行為と認識されているが、「こんな本を読んで面白かったよ」と他人と感想を共有し、推薦し合うことは誰もが経験しているのではないだろうか。自分ひとりでは無意識に特定のジャンルに偏りがちである。自分と異なる価値観を持つ他人が読んでいる本、それが指し示す世界観は、自分には未知で未経験の世界である。したがって「本の推薦」という行為を通して示される世界観は、知的好奇心を大いにかきたてることになる。
ビブリオバトルは、この「他人に本を推薦する」という点に、ゲーム性とプレゼン要素を加味した、「みんなで」本を楽しむための新しい仕組み(2)である。
ビブリオバトルは、2007年に京都大学大学院の研究室で、ゼミ内の勉強会の派生形として生まれた。研究を進めていく過程において、広範な研究範囲から必要な知識をいかにして効率的に得ていくか、参加するメンバーが有している多様な関心をどうやって共有するか、書籍を通じた情報共有をどうやって無理なく続けるか、という視点から設計された(3)。ここで留意すべきは、ビブリオバトルは当初から「読書量を増やす」目的ではなく、むしろコミュニケーションや人間関係を深めるための仕掛けから生まれたという点である。
発祥以降、インターネットによる広がりや参加者の口コミ等もあって、公共図書館や大学図書館、書店、教育機関、地域コミュニティ、民間企業など多様なフィールドでビブリオバトルが開催されるようになった。近年では、大学生・高校生による全国大会も開催されるなど、裾野の広がりを見せている。また、新聞、雑誌、テレビ、ラジオなどのマスメディアで各地の開催情報が採り上げられるケースや、メディア自身が企画してビブリオバトルを実施する例もみられる。
3.ビブリオバトルのルール
ビブリオバトルはあくまで「ゲーム」という位置づけであり、ゲームを構成するために「ルール」が定められている。普及を推進する全国の有志メンバーで構成される「ビブリオバトル普及委員会」では、公式ルールについて以下の通り定めている(4) 。
図1 ビブリオバトルの公式ルール
出典:ビブリオバトル普及委員会公式ウェブサイト 2014
(1)発表参加者が読んで面白いと思った本を持って集まる
(2)順番に一人5分間で本を紹介する
(3)それぞれの発表後に参加者全員で発表に関するディスカッションを2~3分行う
(4)全ての発表が終了した後に「どの本が一番読みたくなったか?」を基準とした投票を参加者全員(各自一票)で行い、最多票を集めたものを「チャンプ本」とする(5) 。
公式ルールは最低限の遵守事項であり、主催者によっては公式ルールを守ったうえで、オプションのルールを加えているところもある。具体的には、本選びに際してテーマやジャンルの制約を与えたり、コミュニケーションを深める目的で終了後に自由な交流ができる時間を設けたりしている。ビブリオバトル普及委員会では「ビブリオバトル」の名称を利用する際には、公式ルールに従って開催するよう求めている。
ここで、公式ルールを少し吟味してみたい。まず、5分間(5分「以内」ではない)という限られた時間で本を紹介するためには、一通りの本のあらすじを客観的に整理するだけではなく、本に対する洞察や、他の本との比較も踏まえた本全体の俯瞰、自分がどこを面白く思ったかという主観的な情報なども必要になる。また、聞き手からの質問に対応するためにも、発表者自身がより深い読みや理解を行い、自身の言葉で発表内容を整理することが求められる。
また、初めてその本に触れる「眼前の聞き手」をいかに読みたくさせるか、という視点で、発表内容をわかりやすく構成する必要がある。この相手が明確という点は、本の理解を不特定多数に表現する従来の読書感想文と大きく異なる点である。もちろん、聞き手の評価指標が「読みたくなったか」にあるので、あえて全てを述べず聞き手の読みたい感情を掻き立てる余地を残すことも必要である。
一方の聞き手にも、最後に投票する役割が与えられており、自分が一票を投じるために、5分の発表内容を聞いて理解し、発表者や他の聞き手とのコミュニケーションを深めるための質問をするという、一段高いレベルで聞く行動が求められる。
このように、ビブリオバトル導入によって、「読む・聞く・話す」というコミュニケーションの基本的な要素に効果があると考えられている(6)。しかも、発表者と聞き手に求められていることはあえて明示化されておらず、凝縮された公式ルールに沿って手軽にゲームを楽しむ中で、自然にこうした点を意識するように設計されている。
一部には、著作物に安易に順位をつけることは、著作者への敬意を欠くという指摘を受けることもあるが、ビブリオバトルにおいてチャンプ本を決めることは、「発表も聞いてその本を読みたくなった」という発表者に対しての聴衆の意思表示の結果であり、著作物の順位付けを意図したものではない。また、本を第三者が評価することは、書評という形で既に広く行われており、ビブリオバトルは、自分が読んで良かったと思える本を他人に紹介する、という行動を形式化したに過ぎない。
4.現在の普及の動向
ビブリオバトルはそのシンプルさゆえに、図2に示すように、年々開催が増えてきている。本を通じてコミュニケーションを深める、という点は全てのフィールドで共通するが、プラスアルファの役割を期待されている部分もある。そこで次に、各方面の展開の動向と期待されている役割について紹介する。
図 2 日本国内におけるビブリオバトルのオープンな開催確認回数 2014年5月現在
出典:ビブリオバトル普及委員会公式ウェブサイト 2014
(*ビブリオバトル普及委員会が公開情報として開催を確認した件数のみであり、実際の開催はこれよりも多いとみられる)
(1)公立図書館
ビブリオバトル普及のフィールドとして昨今賑やかなのが公立図書館である。特に、NPO法人「知的資源イニシアティブ」が毎年選定している「Library of the Year」に、ビブリオバトルが図書館の先進的な活動として大賞を受賞した時期(2012年)と並行して、公立図書館での開催が本格化している。
これまで公立図書館は、来館者への書籍類の貸し出しとレファレンスに応える役割が重視されてきたが、今後の図書館はこれに加えて、地域住民が集まるコミュニティの場、あるいは家と仕事場以外の第三の場として住民が日々の時間を過ごす「サードプレイス」としての位置づけが増していくとみられる。こうした流れの中で、公共図書館の多くが、コミュニティを形成できるよう多様な人が集まる新しいイベントの開催を模索している。
実際に、ビブリオバトルを開催している公立図書館では、利用者に本との新しい楽しみ方を提起するイベントとしてビブリオバトルが活用されている。ビブリオバトルの開催により、普段と異なる利用者層が積極的に来館し、多様な年代からなる地域住民同士が初対面で本を媒介にしてコミュニケーションを深める様子は、図書館が地域コミュニティの場として機能する将来像を示していると思われる。
ビブリオバトルが定着している事例として、公立図書館開催の端緒となり今も毎月開催している奈良県立図書情報館のほか、毎回の開催の様子を小まめに情報発信する堺市立中央図書館(大阪府)、入門講座や関連イベント等を積極的に開催する千代田区立図書館、毎回特定の作家をテーマにする文京区立本郷図書館(いずれも東京都)などが挙げられる。2014年6月末現在では114の公立図書館で開催実績がある(7)。関心も高まってきており、公立図書館での普及の流れは、今後も当面続くものと予想される。
(2)大学
大学でのビブリオバトルの展開も進んでいる。大学のゼミが発祥ということもあり、教養科目やゼミでのプログラムで実施されているほか、それに留まらず、オープンキャンパス、学会など、多様な展開を見せている。また、留学生による日本語での発表、日本人学生による英語での発表が行われており、実践的な外国語習得のプログラムとしても評価されている。
大学でビブリオバトルに主に期待されている機能の一つは、学生のプレゼンテーション能力の向上である。昨今、大学では卒業後の実践的スキルの習得を重視する傾向が強まっており、プレゼンテーション能力の向上もまた重要なテーマとなっているようである。5分間で内容をまとめて発表し合うビブリオバトルは、題材として適している。大学生になると読書量の個人差が大きくなるが、本選びにテーマを与えるなど、教育の趣旨に沿った運用の工夫が教員独自になされているケースもみられる。
大学内図書館においては、公立図書館と同様に、利用促進のイベントや学部を越えた学生・教職員の交流を促進するための施設活用方法の一つとして、ビブリオバトルが積極的に取り入れられている。
(3)小学校・中学校・高等学校
小・中・高等学校の教育機関でのビブリオバトルは、昨今特に展開が顕著にみられるフィールドである。小・中・高等学校では特に、教員同士による研修会を通じて実践例の水平展開が多くなされており、総合学習や国語教育、図書委員会の課外活動などにおいて多様な形でビブリオバトルが取り入れられはじめている。こうした初等教育において、ビブリオバトルに期待されているのは、教育の基礎ともいうべき「読み・書き・話す」という能力を、児童・生徒たちが取り組みやすい「ゲーム」形式で向上させる機能である。
初等教育での導入にあたっては、通常の授業と異なるため、現場では運用に留意されている点が見られる。筆者が研修会等でビブリオバトルを先生方に紹介する中で、「ビブリオバトルを授業に取り入れたいが、どのように評価を行えばよいか」という質問を戴くことが多い。授業で取り入れる場合は、発表自体の評価は先生で行わず、「読みたくなったか」という生徒の民主的な評価を尊重することが望まれる。先生がその場での評価者になると、ビブリオバトルではなく「発表審査会」になってしまう。生徒は先生だけを向いて発表し、聞き手の生徒は投票する権利を失うことで、ビブリオバトルに本来期待されている双方向のコミュニケーションが発生しなくなる恐れがある。
先生方の実践例を伺うと、できる限り先生はビブリオバトルの円滑な進行をサポートする役だけに徹し、発表・質問、できれば進行も生徒に任せるのが理想的な進め方のようである。授業において評価が必要な場合も、講評はその場では行わず、また発表そのものよりも発表への挑戦回数や質問での貢献などを総合的に評価するほうがビブリオバトルを教育場面で活用する際には適していると言えるだろう。
教育場面での導入は発展途上にあり、現場では先生方が趣旨を理解しながら、円滑な運用に向けたアレンジを進めている段階である。また、文部科学省「子どもの読書活動の推進に関する基本的な計画」の中にもビブリオバトルが「読むことにとどまらず言葉の力や表現力を競う新しい取組」(8)と紹介されており、自治体や書店による中学生・高校生のビブリオバトル大会が開催されるなど、盛り上がりの機運は高まってきている。今後一層の普及が期待される。
(4)書店
書店でのビブリオバトルの位置づけは、店頭での販売促進のイベントの一環と考えられる。ただしビブリオバトル開催当日に得られる店頭での直接的な収入よりも、長期的に店舗の集客力を高めファン顧客を増やすことへの貢献、言い換えれば長期的な店舗の価値向上策の一環として期待されているようである。定期的に開催する書店も散見される。
あくまで私見であるが、都心部の書店でのビブリオバトルはトークショーのようにイベント要素が強くなる一方、郊外の書店でのビブリオバトルは参加メンバーの顔がある程度特定され、地域コミュニティの形成を促すサロンの要素が強くなる、という傾向の違いはある。しかし、どちらも来店客同士の双方向コミュニケーションが発生する点は、従来の書店イベントではあまり見られなかった点であろう。
書店開催の場合は、紹介された本や関連する本を、聴衆がその場ですぐに手に取り購入することができる点がメリットである。書店によっては、ビブリオバトルで紹介された本を、発表者が自筆で作成した店頭POPを掲示して、特設コーナーで販売するなど、顧客との連携も進んでいる。
現在はインターネット販売に押される形で、リアルな店舗の多くが以前より厳しい環境下にあるが、ネットとの差異化の一方向性として、図書館同様に「人が集まってこられる場所」という特徴を活かす取り組みが模索されており、ビブリオバトルもその取り組みの一つとして注目されている。
(5)大型イベント
ビブリオバトルは、相互に顔が見える少人数での開催を前提としたゲームであるが、聴衆を大規模に集めた百人以上の大型イベントとして開催される事例が出てきている。
大型イベントになると、発表者・聴衆の相互のコミュニケーションという観点はやや失われ、プレゼンテーション色の強まりや、ショー的要素がより強まる。ビブリオバトルの知名度がその地区で急速に高まるなど普及効果も高い。
大型イベントの実例として、2010~2013年に開催された「ビブリオバトル首都決戦」が挙げられる。東京都等が主催し、全国各地の予選を勝ち抜いた大学生・大学院生が、東京に集まって参加するビブリオバトルの全国大会である。2013年には予選参加者783名から、予選を勝ち抜いた30名が集まり、総来場者3,300名(9)を超える大規模イベントとなった。メディア等でも大きく取り上げられ、全国規模でビブリオバトルの名前が一般に広く知られるようになった。
これに続く形で、ビブリオバトルを大型イベント化す る動きが始まっている。2013年には、兵庫県が主催し、県内の教育委員会、教育機関、公立図書館等と連携した「ひょうご子ども読書活動推進フォーラム」の中で、ビブリオバトルを開催した。中高生、社会人ともに県内各地区の予選、準決勝、決勝とビブリオバトルに参加する大掛かりなものとなった。関係者へのインパクトは大きく、その後県内の様々なところで新たにビブリオバトルの開催がはじまっている。2014年も複数の自治体で、ビブリオバトルを開催する事業が計画されている。
5.おわりに
ビブリオバトルという、新しい本を楽しむための仕掛けが多様なフィールドで広がっている点について、現在取り入れられている主な流れと、その場面でビブリオバトルに期待されている機能について横断的に論じた。本を読み他人に紹介する、という行動を可視化しただけだが、その場面に応じて様々な側面が評価される点が興味深く、今後の展開が期待される。
(1) 谷口忠大. ビブリオバトル : 本を知り人を知る書評ゲーム. 文春新書, 2013, 262p.
(2) 吉野英知. ビブリオバトルが目指す読書推進の新しい形. 兵庫教育. 2014, (2), p. 4-7.
(3) ビブリオバトル普及委員会編著. ビブリオバトル入門 : 本を通して人を知る・人を通して本を知る. 情報科学技術協会, 2013, 158p.
(4) 前掲.
(5) ビブリオバトル普及委員会. 知的書評合戦ビブリオバトル公式サイト. http://www.bibiliobattle.jp/, (参照 2014-06-21).
(6) 吉野英知. 前掲.
(7) 前掲
(8) 文部科学省. 子どもの読書活動の推進に関する基本的な計画(平成25年5月). 2013. P 24
(9)ビブリオバトル普及委員会. ビブリオバトル首都決戦2013. http://shuto13.bibliobattle.jp/, (参照 2014-06-21).
Ref:
(1) 谷口忠大ほか. ビブリオバトルを楽しもう : ゲームで広がる読書の輪. さ・え・ら書房, 2014, 63p.
(2) 兵庫県教育委員会. ひょうご子ども読書活動推進フォーラム実施報告書平成25年度. 2014, 71p.
[受理:2014-08-12]
吉野英知. 新しい本の楽しみ方「ビブリオバトル」の多方面への展開動向. カレントアウェアネス. 2014, (321), CA1830, p. 14-17.
http://current.ndl.go.jp/ca1830
Yoshino Hidetomo.
Bibliobattle: a Novel Method of Enjoying Books Spreading to Multiple Fields.