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カレントアウェアネス
No.320 2014年6月20日
CA1824
ロンドンオリンピックの文化プログラム-博物館・図書館・文書館の取組み-
利用者サービス部複写課:福井千衣(ふくい ちえ)
はじめに
2020年オリンピック・パラリンピック競技大会(以下「五輪」とする。)の開催地は、2013年の立候補プレゼンテーションにおいて、“Discover Tomorrow(未来をつかもう)”というスローガンを掲げた東京に決まった。東京の立候補ファイルには、競技大会の開催とともに「文化プログラム」を行うことが明記されている(1)。
この文化プログラムは、2012年ロンドン五輪における同プログラムの成功事例を意識したものである。同プログラムの事例に学ぶべく、2014年2月13日、観光庁文化庁及びブリティッシュ・カウンシルの共催で、文化プログラムの実施において中心的な役割を果たした実務者を招聘して、文化政策・観光関係者及び行政関係者向けに、ロンドン五輪の文化プログラムに関する情報提供が行われた。
英国では、ロンドン五輪に先立つ2007年、博物館・図書館・文書館国家協議会(当時。以下「MLA」(2)とする。)及び9つの地方機関から成る会議体「MLAパートナーシップ」が、“Setting the Pace(模範を示せ)”(3)を作成した(E824参照)。これは、博物館・図書館・文書館が、文化オリンピアードにどのように貢献するかについてのビジョンを示したものであり、五大プロジェクトの実施を掲げたものである。それによると、博物館が「国際展覧会プログラム」を、文書館が「人々の記録」及び「競技大会の記録」を、図書館が「文学及びストーリーテリング」並びに「情報ハブ」を、それぞれ担当することとされた。
ロンドン五輪の文化プログラム全体については、文化オリンピアード委員会が委嘱したリバプール大学文化首都研究所(4)を始め、イングランド芸術評議会(5)、民間識者(6)が総括を行い、その成果物を公表している。しかし、同プログラムのうち、博物館・図書館・文書館業界(以下「MLA業界」とする。)の活動については、MLAが2012年3月に解散したためか、まとまった総括がなされていない(7)。
そこで、以下、東京五輪の文化プログラムに資するよう、ロンドン五輪においてMLA業界に期待された五大プロジェクトの企画内容に焦点を当てて、その概要を紹介する。
1.国際展覧会
「国際展覧会」とは、英国の博物館等のコレクションを国際社会や地域社会からの多様な観点から再考し、再解釈するために、「ストーリーズ・オブ・ザ・ワールド」と名付けた国際展覧会を開く企画である。この企画は、長期の教育プログラムを含むもので、国立博物館、地方博物館、私立博物館等が参加する。また、同企画は、ロンドン五輪組織委員会(LOCOG)の主なプロジェクトの一つでもあり、MLAは、博物館等に諮問したうえで企画案を作るよう要請を受け、プログラムディレクターの費用を受け持つとともに、LOCOG及び他の主要機関が同意した査定基準に従って、効果的なプロジェクト管理を行い、共催者の選択に責任を持つこととされた(8)。
同企画の目的は、(1)若者(9)、多様な地域社会及び障害者(10)に対する博物館の関与を発展させ維持すること、(2)博物館・美術館の国際的な連携を新たに開拓し、かつ、既存の関係を発展させること、(3)英国のコレクションについての多様な解釈を永続的に記録すること(11)、(4)コレクションに係る業務従事者の職業技術を高め、地域社会の関与及び来館者数を増やし、これらの連携関係を強化すること、(5)MLA業界内でのボランティア受入の機会を創出し、発展させること、とされた。
2.人々の記録
「人々の記録」は、五輪開催により変化することが見込まれるロンドン及び英国の人々の人生のストーリーを記録しておくという企画である。同企画は、地域社会に、自らの五輪の経験を記録し、文化遺産として記録する権限を与えることにより、地域社会の多様性及びその具体的なイメージを明らかにすることを目的としている。
同企画は、MLAパートナーシップ、英国映画協議会、ボランタリーセクター等の連携によって実行される。データは、高い倫理基準に則り収集され、オンラインプラットホーム及びその他のデジタルメディア上で公開され、蓄積される(12)。
同企画の目標は、(1)多様な地域社会及び諸団体の記録のデジタルアーカイブに、将来の世代及び五輪開催国がアクセスできるようにすること、(2)英国における未知の歴史を明らかにし、共有し、評価すること(13)、(3)若者及び多様な地域社会(14)の「現在」を記録することについての理解を深めること、(4)参加者の記録に係る諸技術の向上(15)、(5)文書館、地域社会グループ及び民間非営利部門間に強力な連携関係を築くこと、とされている。
3.競技大会記録
競技大会記録の管理については、LOCOG及び五輪実行委員会(ODA)が強固なシステムを構築したが(16)、このうちMLA業界の所管は、国立公文書館(17)、ロンドン市公文書館(18)が、LOCOG及びODA等とともに、(1)記録作成団体によるアーカイビング及び記録管理のベストプラクティスの実施を支援すること、(2)大会記録がそれぞれどこで作成され保管されるのかを示す地図を作成すること、(3)未来の五輪開催国のために競技大会のアーカイビングに係る新基準を設定すること、(4)連携相手と協同し、競技大会に関心のある研究者、都市計画者、政策決定者、教育等専門家及び地域社会が、記録・作成された情報の遺産を存分に利活用できるように図ることとされた。
MLA業界はまた、将来への遺産として、(1)記録に係るオンライン索引を作成し、(2)「人々の記録」と関連付けられた競技大会記録が最大限に活用されるように明確な戦略を策定し、(3)国際五輪委員会(IOC)に評価報告を提出し、その情報が将来の開催国に伝達されるよう図ること、とされた。
4.文学及びストーリーテリング
「文学及びストーリーテリング」の企画においては、(1)参加型の読者育成プログラム、各種イベント及び文芸創作をとおして、若者と文学をつなげること(19)、(2)五輪までの期間中、文学、文芸創作、ストーリーテリング及び演技詩(performance poetry)(20)に対する世間の関心を高め、かつ、それらの価値を向上させること、(3)各種プログラム及びイベントを通じて、参加者の文学及びストーリーテリングに係る技術を向上させ、新しい作品の創作を促し、図書館等のサービスを向上させることが目的とされた(21)。
同企画の目標は、(1)若者を読者、作家、パフォーマーに育てること、(2)学校等での基礎的な学習や社会的な反応に縛られることなく若者が文芸作品を作るよう促すこと、(3)若者と英国及び海外の作家を結びつけること(22)、(4)翻訳を含む、より多様な図書及び印刷物を図書館で入手可能にすること、とされた。
5.情報ハブ
五輪において、公式会場に入ることができるのは、通常、承認を受けた報道関係者のみであるが、実際には、北京五輪まで、五輪開催国では、承認を受けていない報道関係者であっても、五輪の文化プログラムとして開催される各種イベントを取り上げ、報道することを支援してきた経緯がある。
このことをふまえ、MLAは、文化・スポーツ・メディア省、LOCOG、大ロンドン市、Visit London、旅行会社、24 Hour Museum(23)、地方振興庁、文化コンソーシアム、ロンドンにある高等教育機構等と連携し、文化分野の活動を促進し、より多くの訪問者及び報道関係者が受け入れられるような受け皿をつくることを企画した。それが「情報ハブ企画」である。
同企画のねらいは、ロンドン及び地方に非公認メディアセンターのネットワークを作り、それらを、文化オリンピアード、並びに、ロンドン及び英国の文化遺産及び社会に関する情報発信基地とすることである。また、高等教育機関は、訪問者に対して宿泊施設、図書室、ネットワーク手段を提供する。
MLAパートナーシップは、博物館、図書館、文書館と協働して、あらゆる地域社会出身の「市民ジャーナリスト」(24)を発掘し、彼らが文化オリンピアードに関連する地方の視点からストーリーを作ることにより、世界の観客に訴えることを支援するものとされた。
おわりに
以上、ロンドン五輪においてMLA業界に期待された役割について紹介してきた。
2020年五輪開催地として、東京及び日本がみずからの魅力を世界に発信するにあたり、我が国のMLA業界がどのような「ストーリー」を編み出すことができるか、期待されるところである。
(1) 東京オリンピック・パラリンピック組織委員会. “立候補ファイル”. TOKYO 2020.
http://tokyo2020.jp/jp/plan/candidature/, (参照 2014-05-21).
(2) MLAは、2012年3月に解散した。
(3) MLA Partnership. Setting the Pace. 2007, MLA Council.
http://webarchive.nationalarchives.gov.uk/20080727010417/http://www.mla.gov.uk/resources/assets//S/setting_the_pace_11937.pdf, archived 2008-07-27, the National Archive. (accessed 2014-05-21).
(4) Garcia, Beatriz. Et al. London 2012 Cultural Olympiad Evaluation. The Institute of Cultural Capital, 2013, p. 194.
http://www.artscouncil.org.uk/media/uploads/pdf/london_2012_academic_report/London_2012_Cultural_Olympiad_Evaluation_ICC_updated.pdf, (accessed 2014-05-21).
(5) “London 2012”. Arts Council England.
http://www.artscouncil.org.uk/what-we-do/our-priorities-2011-15/london-2012/, (accessed 2014-05-21).
(6) Coveney, Michael et al. Independent Evaluations on London 2012 Festival. 2013, p. 34.
http://www.artscouncil.org.uk/media/uploads/pdf/Independent_Evaluations_London_2012_Festival.pdf, (accessed 2014-05-21).
(7) 例えば、Institute of Cultural Capitalによる London 2012 Cultural Olympiad Evaluationには、2011年10月から2012年9月までの1年間において、博物館・美術館等の来館者数は顕著に増え、図書館・文書館の来館者数は減った、と記述がある程度である。
Institute of Cultural Capital. op. cit. p. 67.
(8) MLA Partnership. op. cit. p. 6.
(9) 博物館の企画においては最大規模の1,500人の若者がキュレーターとして採用され、国際展覧会企画の進行役を務めた。50以上の博物館を擁する8地方と協力して行われたロンドン2012フェスティバルでの展覧会は、移民、ファッション、大英帝国等の示唆に富むテーマを取り上げ、英国のアイデンティティをより明確にするものとなっている。文化プログラムでは、非伝統的な場所で各種公演が行われることが多かったが、博物館もその会場になった。その結果、博物館には新たな観客が呼び込まれることになった。
Museums, Libraries and Archives Council. “Stories of the World”. the National Archive.
http://webarchive.nationalarchives.gov.uk/20110514080520/http://www.mla.gov.uk/what/programmes/setting_pace/stories%20of%20the%20world, archived 2011-05-14, the National Archive. (accessed 2014-05-21).
(10) 英国王立盲人擁護協会(RNIB)及びMLAの合同プログラムである「カルチャーリンク」の目的は、視覚障害者又は弱視者の博物館又は文化遺産のウェブサイトへのアクセスを容易にし、かつ、彼らが文化プログラムにおいてより重要な役割を果たせるように図ることである。地域のボランティアに対して視覚障害者又は弱視者とのマッチングを行い、当該者に対するガイド及び説明のスキルを提供する。障害者が訪問する博物館では、新しい観客である障害者対応のスキルを獲得する。同時に、視覚障害者に対する社会的排除と闘うことをも目的としている。
MLA . “Paralympic Inspirations”. the National Archive.
http://webarchive.nationalarchives.gov.uk/20110514080520/http://www.mla.gov.uk/what/programmes/setting_pace/festival%20of%20storytelling, archived 2011-05-14, the National Archive. (accessed 2014-05-21).
(11) 例えば、ケンジントンにあるレイトンハウス博物館における英国在住のイスラム系アーティストの再解釈の事例や、マンチェスター博物館が人類学上のコレクションを再解釈し、映画化した作品「団体間の対話」等の事例が紹介されている。
MLA Partnership. op. cit. p.8-9.
(12) The people’s record.
http://www.peoplesrecord.org.uk/, (accessed 2014-05-21).
(13) 例えば、「テムズ・ゲートウェイの職業生活」は、ロンドン東部の6区における過去及び現在の産業(自動車製造、軍需品製造、造船、食品加工、化学品製造、電気機械及び印刷)に関して、人々のオーラルヒストーリーを記録し、かつ、保存する4か年プロジェクトである。
“Thames Gateway Archive: Working Lives of the Thames Gateway”. Community Archives and Heritage Group.
http://www.communityarchives.org.uk/page_id__337_path__0p2p12p29p.aspx, (accessed 2014-05-21).
(14) 例えば、バーミンガムでは、ウェブサイト“Connecting History”上で、文書館のコレクションを用いて、世界各地からの移民を受け入れてきた歴史を公開している。
Connecting Histories.
http://www.connectinghistories.org.uk/, (accessed 2014-05-21).
(15) 例えば、創造産業技能評議会(SSC)は、ロンドン五輪で需要が見込まれる写真撮影技能等の訓練プログラムを提供した。
Skillset, Annual Report 2009-2010. Skillset, 2010, p. 63.
http://creativeskillset.org/assets/0000/0256/Annual_Report_2009-10.pdf, (accessed 2014-05-21).
(16) データの授受については、以下に詳述されている。
Whyte, Jennifer et al. Learning Legacy-lessons learned from London 2012 Games construction project. ODA, 2011, p. 12.
http://learninglegacy.independent.gov.uk/documents/pdfs/systems-and-technology/425009-231-data-transfer.pdf, (accessed 2014-05-21).
(17) “The Olympic Record”.
http://www.nationalarchives.gov.uk/olympics/,(accessed. (accessed 2014-05-21).
(18) ロンドン市公文書館の使命は、ロンドン五輪に向けて情報ツールキットを作り出すこと、北京五輪までの大会記録の索引を作成することと明記されている。
Smith, Cathy. The Record: a legacy for the London 2012 Olympic and Paralympic games and the Cultural Olympiad. The British Library, 2009, p. 4.
http://www.bl.uk/sportandsociety/legacy/articles/nationalarchives.pdf, (accessed 2014-05-21).
(19) 例えば、英国プロサッカー業界との連携により、全国リテラシートラストが主導した「ゲームを読む(RTG)」プログラムは、2002年にサッカー基金の資金により始められ、サッカープレミアリーグクラブ、各地方の図書館等と協力して行われた。RTGにおいては、家族で読書グループを作ってサッカー選手についての本を読んだり、クラブのコーチの指導のもと図書館でストーリーテリングが行われたりした。「本日の試合」というDVDが22,000の公立学校及び2,000の公共図書館に配布され、読書しているサッカー選手のポスターが作られた。2005年から2007年にかけて、RTGには子ども約25,000人及び大人約2,500人が参加している。
MLA Partnership. op. cit. p.17.
(20) 物語詩(narrative poetry)の一つ。
(21) 同企画には、既存の読書及びリテラシー向上キャンペーンも包摂されている。例えば、年間65万人の青少年が参加するまでになっている「夏季の読書への挑戦」や、英国全土であらゆる世代の人々が同じ本を読む集団読書プロジェクト「グレート・リーディング・アドベンチャー」等である。
他方、新企画として、五輪を記念してコンテストが行われ、選ばれた作家に新作の執筆が依頼された。文芸創作コンテストでは、新進メディアが若者の文芸創作体験を取材したり、物語詩の全国トーナメントなどのライブの文学イベントが行われたり、新文学が翻訳されたりした。
MLA Partnership. op. cit. p.16.
(22) 「若い文化創造者」プログラムは、子どもたちが美術館、博物館又は文書館を訪問し、芸術やストーリーに関して行った調査結果を広く共有するものである。図書館や教室でのフォローアップにより、子どもたちに自信をもたせ、創造的表現力をもって自分の作品を作ることをいっそう促すことが期待された。
サウスワークの公立学校の生徒は、王立地理学協会において、内なる旅と外なる旅というテーマについて調査した。生徒たちは、南極点に到達したアムンゼンとスコットに関連する文書館所蔵資料(食糧リスト、写真、器具、衣類等)を用いて調査を行った。
MLA Partnership. op. cit. p.19.
(23) 非営利の文化支援団体で、現在は「Culture 24」という。「Culture 24」「Show Me」というウェブサイトを運営している。
Culture 24.
http://www.culture24.org.uk/home, (accessed 2014-05-21).
(24) 市民ジャーナリストに対して、オリンピック実行委員会が、しばしば批判的な報道をしないように苦情の手紙を出していたことが報じられてもいる。
Wells, Mike. “Olympic Chiefs Flout Legal Principle By Threatening Citizen Journalist”. GamesMonitor. 2012-04-17.
http://www.gamesmonitor.org.uk/node/1618, (2014-05-21).
[受理:2014-05-22]
福井千衣. ロンドンオリンピックの文化プログラム-博物館・図書館・文書館の取組み- . カレントアウェアネス. 2014, (320), CA1824, p. 10-13.
http://current.ndl.go.jp/ca1824
Fukui Chie.
The London 2012 Cultural Olympiad: The Contribution of Museums, Libraries and Archives.