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カレントアウェアネス
No.319 2014年3月20日
CA1813
「本がある」交流広場、まちじゅう図書館
NPO法人オブセリズム:花井裕一郎(はない ゆういちろう)
まちじゅう図書館の誕生
創業231年を迎える味噌醸造の老舗「穀平味噌醸造場」。暖簾をくぐると味噌桶や商品が並ぶ店内の奥に100冊の本が並ぶ。
味噌に関する本はもちろん、店主の興味のある宇宙に関する本や小布施町に関する本、晩年小布施に逗留していた葛飾北斎の本、中には貴重な本も並んでいる。
2012年に小布施町で始まった「まちじゅう図書館」の一館である。ご近所の方々はもちろん、小布施町の来訪者も多く来店するこの店に味噌を買い求める人だけではなく、「本棚みせてください」と声を掛けて入店してくる人が増えている。
「まちじゅう図書館」とは、小布施町立図書館まちとしょテラソが開館する際に考えられた、本を通じた交流の場づくりである。1000㎡ほどの小さな図書館では、すぐに本棚はいっぱいになると考えた設計者、古谷誠章さんによって発案された。小さな図書館であり、町の規模も小さいということから、町すべてに本棚を置いて、町中を図書館に例えようというものだった。当初は図書館が本を提供し、どこでも借りられてどこでも返せるといった構想だった。しかし、それを実現するための予算がなかった。
それでもなんとか実現をしようと考えた。2年間を準備に費やした。
小布施町には本屋さんがない。そこから考えることにした。町に「本がある」という状態を作っていくことから考えたのだ。
町民有志とともに東京・不忍ブックストリートの一箱古本市に学び、小布施町でも一箱古本市を開催することにした。一箱古本市とは、参加者が一箱に売りたい本を持ち寄って、販売しながら交流を楽しむ、古本市である。春はお寺で、秋は観音通りという1kmの範囲で開催した。
一箱古本市で学んだことは、本は人と人をつなぐ道具として存在できるのだということだった。一人のこだわりや箱の中のテーマにそった本を並べる編集力によってその人と同じ趣味や興味をもっている人が吸い寄せられていくのだと感じた。
この本がつなぐ物語を小布施にいくつも生み出すことは、素晴らしいことだと思い始めた。ただ図書館が提供する本ではなく、誰かが一生懸命読み、そして本棚に並べる。それが人と人をつなぐ「本がある」広場となるのだと確信した。上記した穀平味噌醸造場では、きっと味噌に関する本を読んでいるだろう。酒屋さんは酒に関する本を、パン屋さんはパンやコーヒーに関する本を読んでいるだろうと考えたとき、それをご自宅の本棚に並べているだけではなく、店先に置いてくれないかと考えた。店先でわからないことがあれば、店主に尋ねればいい。そこで会話が生まれ、もっと交流が深まるかもしれない。そう考えた時に、これは図書館で行われているレファレンスサービスであり、店主は図書館スタッフと考えられた。これだ!まさしくこれは図書館になっている。「まちじゅう図書館」の誕生だ。まちじゅう図書館は、“交流の図書館”である。店や家、商店街などに本棚を置くことにより、持ち主の個性が感じられたり、馴染みの人の違う一面を感じたり、本をきっかけに同じ関心を持つ人とつながることである。この人と人との交流こそがまちを元気にする原動力だと考えている。
一般のお宅でも主が興味を持つ本を玄関近くにおいていただけないかとお願いした。
参加していただけるすべての空間を図書館とし、そこの主を館長とした。これまでの参加者は、酒造メーカー、銀行、カフェ、農家、一般のお宅など17館。それぞれがユニークな本棚を構成している。
穀平味噌醸造場には、本の持ち込みもあるという。自分ではまちじゅう図書館に参加して本棚を公開することにまだ積極的ではないけれど、多くの人に知ってほしい本を持っている、できれば穀平味噌醸造場のまちじゅう図書館の本棚に並べてほしいということなのだ。また、一般のお宅のまちじゅう図書館では、本棚も人気だが、そこの空間(場)も人気である。近くの町民がミーティングに使用したり、試験前になると中学生たちがやってきて勉強をしている。まさにこれも図書館的である。
それぞれが、工夫を凝らし本のある空間を演出している。そこに居心地の良さを発見した人たちは、交流を始めるのである。
全国に広がる「本がある」広場
この動きは、小布施町だけの動きではない。福岡県、愛知県、千葉県、岩手県、北海道にも広がっている。千葉県の特定非営利活動法人情報ステーションでは、地域住民が気楽に立ち寄れてふれあえる場として民間図書館を運営している。小布施町のまちじゅう図書館との違いは、まちじゅう図書館は、それぞれの参加館に貸し借りの運営を任せているのに対して、民間図書館では、情報ステーションである程度ルールを決め、組織的に運営をしている点である。
また昨年3月、社会実験プロジェクトとして渋谷・原宿で16日間「はしご図書館(1)」が開催された。これは本を介して、まちに集う人々をつなぎ、 まち全体をネットワーク化することを目的に行われた。
30cm☓30cmほどの木箱に店主の好みの本を並べてもらうという方法。ここでもその店の特徴が現れていた。例えば、原宿で米を販売する店では、お米、ごはん、料理本といったラインナップ。またコミュニティFM局を運営するカフェでは、音楽やスタイリッシュな本が並んだ。
他にも北海道恵庭市(2)や福岡県八幡区(3)でも同様な動きがある。
「本がある」という空間が、人と人をつなぐということを多くの人が気づいている。今では、サービス業を営む企業からもまちじゅう図書館に関する問い合わせが筆者のところにきている。
「本がある」という空間は、ただ人と人とを交流させてというものではなく、人を滞留させ、そこでコミュニケーションを生むことができるのだ。
ある本のファンであった人が、ある本を持っていた人と出会い、会話し、交流を重ねることによって、お互いにファンとなる。このつながりは、まちづくりの大きな一手だと確信している。
観光でお金をいくら落としてくれるのだろうと考える「観光客」扱いではなく、「本がある」空間に来訪者としてこられる方々へ「おもてなし」をするという感覚を持ち迎えるという考え方だ。
東北まちじゅう図書館プロジェクト
NPO法人オブセリズムでは、この「本がある」空間となる広場づくりをさらに広げようと試みている。
最初の試みは、「東北まちじゅう図書館プロジェクト」である。
これまでのまちじゅう図書館と少し違うのは、これまでは館長(主)に本を提供してもらっていたが、この「東北まちじゅう図書館プロジェクト」は、まず全国から本を集めている。集まった本から館長が選び、そして読んでいただき、気にいった本を並べていただこうというものだ。というのは、東北では震災による津波で本も流され不足している。それには本を集め、図書館的なものを作らなければいけないと感じたからだ。それは大きな図書館ではなく、まちじゅう図書館のような広場的感覚から始めることだと考えた。そして、まちじゅう図書館を作り上げていくプロセスでも、本を提供してくれた方と館長たちの交流が始まればと期待している。
また、パートナーとして、株式会社紬のKUMIKI PROJECTに参加していただいている。岩手県陸前高田市の森では、復興住宅を建設するために数多くの杉が伐採されているが、KUMIKI PROJECTは、その切り株を有効利用し、自由に組み合わせて壁や床、家具を作る木材キット「KUMIKUBRICS」を作っている。その他にも大阪を拠点に、家具、空間、プロダクト・グラフィックのデザインから食、アートにわたって様々なクリエイティブ活動を展開する会社grafにも参加していただいている。
本の管理などには、本を通じて人と場所をもっと面白くするサービスを展開中のリブライズ。また古書を使って日本に住むすべての人々が素晴らしい本と出合うことができ、より良い人生を送ることを願い活動されているバリューブックスにパートナーとなっていただいている。
全国から送られる本は、要らなくなった本ではなく、誰かに読んでほしい本でなければならない。
現在、岩手県陸前高田市と宮城県石巻市にて、最初の「東北まちじゅう図書館プロジェクト」を行う準備をしている。
石巻市では、すでに「本がある」場をつくり活動している「石巻 まちの本棚」がある。この動きと「まちじゅう図書館」がコラボレーションすることを考えている。
まちづくりとしての「本がある」広場
小さなまちの小さな図書館と住民が始めた「本がある」広場づくり。今この考えが全国の同じような考えを持つ人々や団体と同調し始めている。
シャッター街となってしまった商店街や廃校、人の交流が希薄になったコミュニティなどは、今まさにこの「まちじゅう図書館」的な動きが必要な時となっていると考える。是非!小さくてもいい「本がある」広場を少しずつそれぞれの個性によって広げていってほしいと願っている。
(1) はしご図書館.
http://hashigo.org, (参照 2014-02-13).
(2) “恵庭まちじゅう図書館”.恵庭市.
http://www.city.eniwa.hokkaido.jp/www/contents/1379387062881/, (参照 2014-02-13).
(3) BookBuffet.
http://bookbuffet.jimdo.com/, (参照 2014-02-13).
[受理:2014-02-14]
花井裕一郎. まちじゅうライブラリー. カレントアウェアネス. 2014, (319), CA1813, p. 7-8.
http://current.ndl.go.jp/ca1813
Hanai Yuichiro.
“Machijyu Tosyokan”: Making Micro Libraries Where People Can Communicate through Books All Over the Community.
Co-working and Micro-Libraries.