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カレントアウェアネス
No.319 2014年3月20日
CA1814
知の貸し借りの場 : コワーキングから生まれる図書館たち
コワーキング協同組合・リブライズ合同会社:河村奨(かわむら つとむ)
本論では、「コワーキング」という比較的新しい働き方について概観し、そこで知の共有がどのように起きているか簡潔に解説する。また、コワーキングの延長として生まれた私設の図書館について紹介し、場の活用という視点から考えを述べる。
1. コワーキングスペース
会社でもなく、学校でもなく、街の中に「知」の貸し借りの場がある。人々はそこに集まって、各々の仕事をし、ときに勉強をして帰っていく。ノートPCを広げて作業する者が多いが、手書きの書類を広げる者、打ち合わせをする者、職種もその内容も様々だ。このように、場を共有する働き方をコワーキング、そのための場をコワーキングスペースと言う(1)。
従来型シェアオフィスは、オフィスを単純に複数企業で使う、というだけのものだった。それらとの明確な違いはコミュニティの有無にある。コワーキングスペースで常連の様子を観察していると、仕事の合間に隣席と雑談を交わしているのに気づく。会社が同じという訳でもなく、居合わせた同士で話題を紡いでいる。「今日は冷えますね」「最新のあのニュースは見ましたか」「最近、こんなことをやっているんです」から始まって、「特ダネ」が語られることも多い。こういったコミュニケーションは、筆者の知る限り、従来型シェアオフィスではほとんど見られない。
雑談の中で共通の興味が見つかると、周囲も誘って少人数のゼミが企画されることがある。新技術の勉強会、写真の研究会など内容は多岐にわたり、必ずしも業務に直結するものだけではない。そこには、オフィスという言葉から連想されるような殺伐とした空気はなく、雑談とイベントが場の雰囲気を作り、人々を緩い連携で結ぶ道具だてになっているようである。
2. コワーキングの発祥とその本質
コワーキング(coworking)という単語が現れるのは1999年、一般に概念形成されて行くのが2006年のことである。ニューヨーク市のアパートを自宅兼仕事場にしていたアミット・グプタ(Amit Gupta)らは、「家で働く」という、言ってみれば個人事業者の特権を謳歌していた。しかし、ブレインストーミングやアイデアを共有する機会に不足を感じてもいた。そこで、彼らは自宅に同じような個人事業者を集めて仕事をすることを思いつく。このシンプルなイベントは”Jelly!”と呼ばれ、一人で働いていた人々の共感を呼び、定期的に開催されるようになった(2)。
また、同時期のサンフランシスコ市で、ブラッド・ニューバーグ(Brad Neuberg)はコワーキングスペース”Hat Factory”を始めた。この時点では、シェアオフィスを日中開放するという形式だったが、その後の本格的なコワーキングスペース”Citizen Space”の創業につながった(3)。米国の東海岸と西海岸で、時を同じくして、場を共有する働き方が生まれたのである。この時期は、アメリカの大学では既にラーニングコモンズが普及し始めた時期にも重なるのは非常に興味深い(CA1603、CA1804参照)。
施設としてのコワーキングスペースが生まれたことで、コワーキングの認知が急速に広まり、米国を中心にその動きは世界に広がっていった。コワーキング情報サイト”deskmag”によれば、昨年の2013年3月時点で、世界で2,500カ所以上が存在し、少なくとも11万人がそこで働いている。また、世界のどこかで、1日平均4.5カ所のコワーキングスペースが新たに開業しているという(4)。なお、2014年版の統計として”The 4th annual Global Coworking Survey 2013/14″が準備されているが、執筆時現在、まだ公開を待っている状態だ(5)。
ただ施設があるだけで、コミュニティが成立する訳ではない。「コワーキングの原点」はJelly!にある(6)。場とアイデアを共有することこそがコワーキングであり、共有の精神が根底にあるからこそ、従来型の受け身のオフィスとは一線を画している。
3. コワーキングから生まれる図書館
日本では2010年に神戸にコワーキングスペース「カフーツ」が初めて導入され、現在では300カ所近くに増えた(7)。その多くに本棚が設えられている(後述のリブライズに登録されているだけで50カ所以上)。オーナーの蔵書や、利用者からの寄贈が中心で、貸出を行っている場合も多く、私設の図書館としての性格も持ち始めている。例えば、埼玉の「Office 7F」には3,000冊のIT関連書籍が集められている。アサヒグループホールディングスが運営する「アサヒ ラボ・ガーデン」には1,000冊を超えるお酒に関する本が並ぶ。場所の特性を映した蔵書が興味深い。
そんな中、2012年に「リブライズ~すべての本棚を図書館に~」(以下、リブライズ)がコワーキングスペースの1つである下北沢オープンソースCafeで生まれた(8)。リブライズは、バーコードリーダを使った蔵書管理・貸出のWEBサービスで、利用者の携帯端末を貸出カードの代わりとして使用することにより、容易に導入できるシステムとなっている。コワーキングスペースを利用する個人の中にも「図書館を開きたい」と考える人は多く、リブライズの出現は、そういった人々を後押ししている。現在では、コワーキングスペース以外にも広まって、カフェやオフィス、大学の研究室、個人など、400拠点あまりで導入されている(9)。
4. 場の活用のきっかけに
何故、コワーキングスペースにおいて本棚が設置されているのか。それは、本棚がコワーキングという場の活用のきっかけになっているからである、と筆者は考えている。
コワーキングスペースに設置されている「図書館」の蔵書は数百冊、多いところでも数千冊ほどである。公立図書館に比べると圧倒的に少ない。しかし、本棚の内容は個性的だ。むしろ、蔵書数ではなく、専門性と趣味性の高さ・偏りが本棚の評価となっている。
コワーキングスペースの本棚は、利用者との積極的な関わりの上で成り立つという点が重要だ。顔の見えない誰かではなく、知人の薦める本という価値は大きい。また、本は人の属性を様々に表す媒体である。本棚から何を貸りるかにより個人の興味がわかり、本棚に何を寄贈するかにより個人の専門がわかる。それが積み重なって、本棚はコミュニティを映す鏡になる。初めて訪れる人にとって、リブライズで本棚の蔵書を確認できることは、その場の雰囲気を知る一助となっている。実際、筆者のスペースにも蔵書をきっかけに訪れた人は多い。
コワーキングとは知の貸し借りの場であると冒頭に書いた。場を共有することで、人々の間に雑談が交わされる、あるいは明示的に勉強会として知識の交換が行われる。その延長には本があり、コワーキングスペースに図書館が自発的に生まれたのは、必然だったと思われる。昨年の図書館総合展のフォーラムでは、場の活用としてコワーキングの可能性について検討するなど、図書館側からの動きも出て来た(10)。双方の動きに今後も注目したい。
(1) 佐谷 恭ほか. 一つながりの仕事術~「コワーキング」を始めよう. 洋泉社, 2012, 189p.
(2) Todd Sundsted et al. I’m Outta Here: How Co-Working Is Making the Office Obsolete. Not an MBA Press, 2009, 134p.
(3) Ibid.
(4) Carsten Foertsch. “4.5 New Coworking Spaces Per Work Day”. deskmag. 2013-03-04.
http://www.deskmag.com/en/2500-coworking-spaces-4-5-per-day-741, (accessed 2014-01-07)
(5) “The 4th annual Global Coworking Survey 2013/14”
http://www.coworkingsurvey.com/, (参照 2014-01-07)
(6) 佐谷 恭ほか. 前掲.
(7) “コワーキングスペース検索”. コワーキング協同組合.
http://coworking.coop/space/search/, (参照 2014-01-07)
(8) “本棚のある場所を“図書館”に変える、「リブライズ」がサービス開始”. カレントアウェアネス-R. 2012-09-04.
http://current.ndl.go.jp/node/21754, (参照 2014-01-07)
(9) “ブックスポット一覧”. リブライズ ~すべての本棚を図書館に~.
http://librize.com/places, (参照 2014-01-07)
(10) “図書館における公共空間とコラーニング-コワーキングから学ぶ「人が集う場所」のつくり方”.
http://2013.libraryfair.jp/node/1292, (参照 2014-01-07)
[受理:2014-02-14]
河村奨. >知の貸し借りの場 : コワーキングから生まれる図書館たち. カレントアウェアネス. 2014, (319), CA1814, p. 9-10.
http://current.ndl.go.jp/ca1814
Kawamura Tsutomu.
Co-working and Micro-Libraries.