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カレントアウェアネス
No.289 2006年9月20日
CA1603
動向レビュー
インフォメーション・コモンズからラーニング・コモンズへ:大学図書館におけるネット世代の学習支援
はじめに:インフォメーション・コモンズの誕生
コモンズとは,「共有資源」,「公共の場」を意味する言葉であり,インフォメーション・コモンズ(1)は,デジタル時代の情報資源を利用するための共有資源・公共の場として誕生したものである。米国の大学図書館においてインフォメーション・コモンズが生まれたのは,1990年代であった。ウェブブラウザの先駆け的存在であるMosaicが公開され,欧州原子力研究所(CERN)によりWWWが無料開放された直後の図書館界には,図書館自体が存続していけるのかという問題意識があった。そして,入館者数と貸出数が減少し続けるという現象が,さらに危機感を高めていたのである。
この問題意識と危機的状況に対する大学図書館側の解決策として,インフォメーション・アーケード(1992年,アイオワ大学)やインフォメーション・コモンズ(1994年,南カリフォルニア大学)などの施設モデルが提示された。
いくつかの事例報告によると,インフォメーション・コモンズは,それぞれの図書館への導入後,入館者数を増加させたという実績をあげており,当初の目的は達成できたものといえる。それではまず,このインフォメーション・コモンズの代表的な事例を紹介しよう(2)。
1. インフォメーション・コモンズの事例
1.1. 南カリフォルニア大学
南カリフォルニア大学リーヴィ(Leavey)図書館は,最も早期にインフォメーション・コモンズを実現した図書館のひとつである。現在も,主に学生向けに,学習および知的探求センターとして機能することを目標としている。設置後10周年となった2004年9月には,「インフォメーション・コモンズ:教室を超えた学習スペース」というタイトルで,国内有力大学とのシンポジウムを開催している(3)。
リーヴィ図書館では,1階・2階のインフォメーション・コモンズに180台のPCを設置し,図書館で提供する電子的情報資源・ウェブ・製作用ソフトウェア・教材などを利用できるようにしている。また,学習上の助言やソフトウェアの利用支援も行っている。そのほかに,18台のAV機器,34のグループ学習室,2つの教室,プレゼンテーション室を設置している。また,英語学科によるライティング・センター(学生の文章力や批評的思考力を高めるための少人数教育を行う)も併設している点に特色がある。
3階と4階は,個人の学習利用のためのスペースとなっている。また,4階はサイレント・フロアにしており,会話とラップトップPCの利用は禁止されている。週6日間は24時間開館しており,一週間で159時間の開館時間となっている。
講習会は年間200回開催しており,調査研究や機器操作に関するレファレンスは年間5万件となっている。基本的な調査事項や機器操作に関する質問の大部分には,学生アシスタントが対応している。レファレンス・ライブラリアンは,専門的な調査事項に対応している。6名のライブラリアンと9名のスタッフに加え,100名の学生アシスタントでインフォメーション・コモンズを運用している。
1.2. ノース・カロライナ大学シャーロット校
ノース・カロライナ大学シャーロット校のJ・マレー・アトキンス(J. Murrey Atkins)図書館は,1999年にインフォメーション・コモンズを設置した。インフォメーション・コモンズ責任者のラッセル・ベイリー(Russell Bailey)は,北米におけるインフォメーション・コモンズ活動のキーパーソンとして活躍している。近年の大学・研究図書館協会(Association of College & Research Libraries:ACRL)や米国図書館協会(ALA)の全国会議において,インフォメーション・コモンズに関するセッションを主宰し,そのセッションの発表原稿等をウェブで公開するなどの中心的な活動を行っているのである(4)。
図書館1階にあるインフォメーション・コモンズには,240台のPCを設置している。図書館の玄関を入った正面に総合案内の機能を果たすインフォメーション・デスクがあり,その両脇にレファレンス・デスクとメディア・サービス・デスクを配置している。さらにこのフロアには,利用指導サービスと研究データ支援サービスを行うコーナーを置いている。これらのサービスポイントに配置した図書館とコンピュータセンターのスタッフが共同して,学習と研究を支援する機能を果たしているところが,ノース・カロライナ大学のインフォメーション・コモンズの特色であろう(5)。
2. ラーニング・コモンズへの展開
2.1. 学生の学習支援への指向
2005年4月,ミネアポリスで開催された第12回ACRL全国会議では,「インフォメーション・コモンズからラーニング・コモンズへ」というテーマ設定のセッションが行われた。インフォメーション・コモンズが誕生して約10年目に,新たな方向性が示されることになったのである。その開催趣旨は,次のように述べられている。
「インフォメーション・コモンズからラーニング・コモンズへの転換は,学部教育の新たなパラダイム転換,すなわち学習理論が『知識の伝達』から『知識の創出・自主的学習』に移行したことを反映したものである」(6)
図書館は,授業で教員から教わるといった知識の理解を深めるための場所・資料を提供するだけでは不十分となっている。学生が自主的に問題解決を行い,自分の知見を加えて発信するという学習活動全般を支援するための施設とサービス・資料を提供する必要があるということなのである。
2.2. ネット世代の学生と図書館
ラーニング・コモンズへの展開には,上記の教育のパラダイム転換とともに,顧客層の鮮明化の必要性という要因も考えられる。すなわち,初期のインフォメーション・コモンズで想定していた顧客層は,教員・大学院学生・学部学生・地域住民と多岐であり,全般的な需要を満たすことを達成目標としていた。
しかしながら,電子ジャーナルやデータベースのウェブ化が急速に普及し,各種製作用ソフトウェアの導入・利用が簡便となったことで,教員・大学院学生の大多数は自らの研究室環境で充足するようになった。その結果,図書館のインフォメーション・コモンズを多く利用するのは学部学生となり,図書館はそこに限定したサービス展開を行うことができるようになったのである。
一方,主たる顧客層として想定する学部学生は,次のような特色を備えたネット世代となっている(7)。
- ・1980年以降に誕生
- ・常にネット接続
- ・マルチタスク・活動的
- ・グループ学習指向
- ・実地的学習を行ってきた
- ・消費者であるとともに生産者
- ・ビジュアル指向である
そして図書館は,このネット世代の学生の学習・生活行動様式にフィットした,次のような施設・設備を備えることが求められるのである。
- ・移動可能なパーティションなどによるフレキシブルな空間
- ・グループ学習室,グループ・ワークステーション,プレゼンテーション室などの共同作業向きの場所
- ・カフェやラウンジなどの社交的な施設
それでは次に,このような時代に開設された,いくつかのラーニング・コモンズ(もしくはインフォメーション・コモンズ)を紹介しよう。
3. ラーニング・コモンズの事例
3.1. マサチューセッツ大学アマースト校
マサチューセッツ大学アマースト(Amherst)校のデュボア(Du Bois)図書館は,2005年に改修を行いメインフロアにラーニング・コモンズを設置した。さまざまな大きさのテーブルに対して250の座席を配置し,164台のPCを設置している。1台のPCに1〜3席のテーブル(これを「スタディ・ポッド」という)を59組,1台のPCに6席のスタディ・ポッドを6組配置している。また,6席のスタディ・ポッドを個室化したグループ学習室を13室設置している。
ラーニング・コモンズには,技術支援デスク,レファレンス・研究支援デスクなどのサービスポイントが設置されているほか,学内の他組織との連携により,学習上・就職上の指導・アドバイスを行うコーナーやライティング指導コーナーも併設し,多岐にわたる学生の学習支援活動を行っている。
飲食に便利なよう,同じフロアにはカフェがある。飲食に関する制約は緩和されており,密閉できる飲食物であれば,館内に持ち込むことができる。また,ラーニング・コモンズは,静粛な学習エリアではないと利用規則に断っている。
3.2. マウント・ホリヨーク大学
マサチューセッツ大学アマースト校は,近隣5大学とコンソーシアムを形成し,構成員が相互に図書館を利用できるようにしている。マウント・ホリヨーク大学はその5大学コンソーシアムに参加している,学生数2千人規模の比較的小規模な女子大学である。これまで紹介した研究図書館の大規模施設に対して,規模にみあったインフォメーション・コモンズを実現している。
マウント・ホリヨーク大学は,2003年秋,図書館に隣接する築13年の建物を改築して,インフォメーション・コモンズをオープンした。50台のPCを設置し,無線LANでのアクセスも可能となっている。3台のPCは大画面ディスプレイを備え,グループ・インストラクションができるようになっている。インフォメーション・コモンズへの入口でもある図書館エントランスにはカフェがあり,インフォメーション・コモンズと相まって多くの学生が時間を過ごしたくなるワン・ストップ・ショップとなっている。
インフォメーション・コモンズの多彩なサービスを支えるために,組織の改編が行われている。図書館,アーカイブズ,アカデミック・コンピューティング(大学の学術研究をサポートするIT技術・専門知識などを指導する),言語・メディアリソース,電子的サービス部門を統合し,図書館・インフォメーション&テクノロジーサービス(Library, Information and Technology Services:LITS)グループを組織した。統合したこのLITSによるインフォメーション・コモンズの優れた学生支援活動に対して,ACRLは2005年の図書館優秀賞(カレッジ部門)を授与している。
このように多様なサービスを行うインフォメーション・コモンズは,「新たなるキャンパス図書館(new edition of the campus library)」であると考えられる。学生は,図書からラップトップPC,デジタル・カメラまで何でも図書館から借りていく。そしてレファレンスを受け,データベースの操作法やパワーポイントの使い方を教わる。PCがウィルスに感染したり,壊れたときはインフォメーション・コモンズで直してもらう。それでもインフォメーション・コモンズは,図書館の一部であると考えられている(8)。
3.3. ウォーリック大学
英国のウォーリック大学では,2005年に「ラーニング・グリッド」(9)を開設した。これは,「飲食禁止・会話禁止」という伝統的な図書館利用を超えたコンセプトから設計したもので,現在は図書館とは別の建物に設置している。1階,2階のフロアに65台のPCと学習机を配置し,自由に学習ができるようにしている。同じ建物の1階にはカフェがあり,ラーニング・グリッドへの飲食物の持ち込みも自由である。ほかに,プレゼンテーション用の機器を完備した部屋も用意してある。
ラーニング・グリッドのマネージャーは社会人教育を担当していた専門家であり,そのもとにIT業務の職員が配置されている。大学職員はこの2名だけであり,あとは登録されている学生アドバイザーが常時交替で学生の利用支援を行っている。図書館員によるフォーマルな情報リテラシー教育ではなく,学生が常に歩き回り,対面式でアドバイスするのがラーニング・グリッドのスタイルであるという。学生同士の教え合いを奨励し,学生が自主的に学習できる環境づくりを目指しているのである。
ラーニング・グリッドの最高責任者は,図書館長である。ラーニング・グリッドの試みを成功させて,次段階として,現在の図書館そのものにラーニング・グリッド的なスペースを導入すべく,図書館の改装計画を立てていた(10)。
おわりに
インフォメーション・コモンズもしくはラーニング・コモンズという名称で,ネット世代の学習支援を行う図書館施設もしくはサービス機能について概観してきた。
わが国でも,ネット世代に対応した学習環境の整備が必要とされているはずであるが,残念ながら大幅に対応が遅れているというのが実状である。筆者が見聞した範囲では,国際基督教大学のミルドレッド・トップ・オスマー図書館をインフォメーション・コモンズの先駆例として示すことができる。2000年に開館し,オープンスペースのスタディ・エリアに120台の学習用PC,3つのグループ学習室,マルチメディア教室を備えている。地下の自動化書庫以外には書架はなく,学生に対する学習スペースの提供を主たるサービス機能としている。
今後,わが国の大学におけるネット世代の学習環境の整備において,インフォメーション・コモンズもしくはラーニング・コモンズに類した施設・サービス機能が実現されていくことになろう。その実現にあたっては,大学図書館がリーダーシップを発揮していくことを期待しており,本稿がそのための一助になれば幸いである。なお,紙面の都合で,理論的側面についてのレビューはできなかった。注で挙げた文献等を参考にしていただきたい。
東北大学附属図書館工学分館:米澤 誠(よねざわ まこと)
(1) ここでいう「インフォメーション・コモンズ(Informa-tion Commons)」は,情報の共有とフェア・ユースの推進を説く概念としての「情報コモンズ(Information Com-mons;CA1541参照)」とは別のものである。
(2) ある程度包括的なインフォメーション・コモンズのリストとして次のサイトがあるが,2005年以降更新されていない点に注意する必要がある。David Murray. “Information commons: a directory ofinnovative services and resources in academic librar-ies”. (online), available from < http://www.brookdale.cc.nj.us/library/infocommons/ic_home.html >, (accessed 2006-07-28).
(3) USC Libraries. “Leavey Library 2004 conference”. (online), available from < http://www.usc.edu/libraries/locations/leavey/news/conference/about/ >, (accessed2006-07-28).
(4) J. Murrey Atkins Library. “ALA annual conference 2006”. (online), available from < http://library.uncc.edu/infocommons/conference/neworleans2006/ >, (accessed 2006-07-28).
(5) Bailey, Russell et al. Information commons redux :concept, evolution, and transcending the tragedy ofthe commons. The Journal of Academic Librarianship,28(5), 277-286.
(6) J. Murrey Atkins Library. “From information com-mons to learning commons”. (online), available from < http://library.uncc.edu/infocommons/conference/minneapolis2005/ >, (accessed 2006-07-28).
(7) 上記(4)での発表資料などによる。
(8) Albanese, Andrew Richard. Campus library 2.0.Library journal, 129(7), 2004, 30-33.
(9) The Learning Grid, University of Warwick. (online),available from < http://www2.warwick.ac.uk/study/grid/ >, (accessed 2006-08-15).
(10) 平成17年度文部科学省「今後の「大学像」の在り方に関する調査研究(図書館)」(研究代表者:筑波大学,永田治樹教授)での訪問調査(2006年3月)による。
米澤誠. インフォメーション・コモンズからラーニング・コモンズへ:大学図書館におけるネット世代の学習支援. カレントアウェアネス. (289), 2006, 9-12.
http://current.ndl.go.jp/ca1603