CA1735 – 図書館員のIT知識とその向上-ITと向き合うために / 林 賢紀

PDFファイルはこちら

カレントアウェアネス
No.307 2011年3月20日

 

CA1735

 

 

図書館員のIT知識とその向上-ITと向き合うために

 

1. 背景と現状

 ITを活用したサービスや業務は図書館において欠かせないものとなっている。例えば、2010年には大学図書館、公共図書館共に80%以上がウェブでOPACを公開している(1) (2)。特に、公共図書館における蔵書検索や貸出予約等のサービスは、電子行政推進の一環(3)として2009年度において約68%と7割近くの地方自治体でオンライン化が進められている。このように、多くの図書館で業務の全般が電子化されている(4)

 それでは、オンラインサービスを支える人材である図書館員の現状はどうか。日本図書館協会情報システム研究会の委託を受けて三菱総合研究所が実施した「図書館システムの現状に関するアンケート」(2010年8月)(5)においては、「図書館システムの現状」としてシステムの専任担当者は少数で、専門家の支援も得られていない。また必要な人材育成も体系的に行われていない実態が明らかにされている。

 また、文部科学省の「これからの図書館の在り方検討協力者会議」(6)で2009年2月に取りまとめられた「司書資格取得のために大学において履修すべき図書館に関する科目の在り方について(報告)」(7)では、「急速に進行する情報化に対応するために、図書館の業務やサービスの基礎となる情報技術の知識や技術の向上が必要であり、そのための科目を設ける必要がある。」として、IT知識を向上させることも司書養成の課程に必要であることが指摘されている。

 このように、図書館サービスのオンライン化、電子化は進んでいるが、図書館員が実際にサービスを構築するために必要な知識や技能を育成する体制は、もっとも基礎的な講習である司書課程でさえ不十分で、現状では整備されていないといえる。

 

2. なぜIT知識が図書館員に必要なのか

2.1 業務に必要なツールを自分たちで作ること

 いかにしてIT知識を身につけ図書館サービスを構築するのか、澤田氏はこの専門家であるシステムズライブラリアン(Systems Librarian)を例に取り、「システムズライブラリアンに期待されているのは、情報システムと図書館の業務を同じ俎上で論じることである」と論じている(CA1634参照)。

 情報システムと図書館業務の歩みを振り返ってみよう。

 情報システムは進化を続けている。パンチカードでのデータの入出力に始まり、これにマイクロフィルムを組み合わせて検索可能とすることを目指したmemexの構想、次いで磁気テープに記録された情報検索が可能になり、専用線で接続しての利用からオンラインネットワークとその進化形であるインターネットの形成に至る。

 図書館業務に必要なツールは誰が、どのようにして築き上げてきたのであろうか。例えば、資料の組織化のため書誌の記述方法や記述内容を体系立てて目録規則として整備し、維持を行ったのは図書館員ではなかったのか。冊子体の目録を検索しやすく編集する、75mm×125mmのカード目録に書誌情報を過不足なく記述するために工夫を凝らす、など情報へのアクセスポイントの整備を続けてきたのもまた図書館員ではないか。

 いずれも、その時々の最新技術を用いて情報の組織化や検索を可能とするための先人の努力であり、目指すところは近い。だからこそ、現在ではITと図書館はその距離を縮めることが可能となり、同じ俎上で議論することができるのではないだろうか。

 

2.2 情報サービスと図書館員

 かつては、図書館員の業務はITとは無縁の、異なるものとする考え方もあった。米国でYahoo!、AltaVista、Inktomi、Exciteなどがディレクトリ作成、検索とインデックスの高度化により「Webを組織化する」ためにしのぎを削っていた1996年(8)、日本では「電子図書館ができたら、私たちの仕事がなくなるのでは」と不安に陥る図書館員や、「(情報の評価の面で)インターネットの問題は別次元」と看過するサーチャーも少なくなかった(9)。2007年10月に国立国会図書館デジタルアーカイブポータル(PORTA)が多くのAPI(Application Program Interface)を実装して正式公開され(CA1596E706参照)、図書館員が新たなサービスとしてPORTAがどのように展開するかを期待した約2年半後の2010年3月、図書館とは関係のない民間企業Nota Inc.が全国の公共図書館の横断検索を行うサービス「カーリル」(10)をわずか4人で、2か月の期間で構築した(E1035参照)。彼我の差は大きいようにも見える。

 しかし、近年になりようやく図書館員は情報システムを同じ俎上に上げようとしている。Blog、RSS、SNS、Twitterなど、インターネットに様々なサービスが登場する一方で、その技術をツールとして自館のサービスに取り入れる図書館もある(CA1565CA1716参照)。また、オープンソースの図書館システムを構築するために図書館員が参加したProject Next-L(CA1629参照)や、「ICTに明るく強いライブラリアンを全国の図書館に広げる」ことを目的として誕生したCode4Lib JAPAN(11) (12)による実践的なワークショップ(13) (14)からは、積極的にITと対峙し我がものにしようとする姿勢が感じられる。

 

2.3 サービスを知り、内容を学び、実践する

 かつてのように、必要なツールを図書館員自身が作り図書館サービスを向上させるためにこそ、図書館員はIT知識を得る必要がある。この取り組みに求められるものは、基礎的な知識もさることながら、インターネット上にはどのようなサービスがあるかを知り、それらを使って何ができるのかを実践で学び、図書館サービスのツールとしていかに活用できるのかを考える、この3ステップであろう。上述のCode4Lib JAPANのほか、日本図書館協会の「中堅職員ステップアップ研修」(15)で行われた「図書館のウェブ活用-実践編」に見られるような、連絡用メーリングリストに加入し、BlogやTwitterを使った発表を課すなど、受講する図書館員が主体的に最新のサービスを自ら利活用可能な技能として習得することを目途とした課程がその好例である。

 決してインターネット上のサービス群は図書館を脅かすものではない。上手に扱い図書館サービスのためのツールとするべきである。同時に、図書館サービスはもはや直接に来館する者に限ったものではなく、インターネットを経由して遠隔から、かつ図書館側が想定しない利用もありえることを意識することも必要だろう。カーリルのようなサービスを図書館員が成し得ず、また新たな発想で構築されたことは、OPACなどインターネット上に開かれた図書館サービスを様々な形で利用したいという潜在的なニーズの存在を示している。

 

3. まとめ

 図書館員は、資料の内容を完全に理解することができなくても、概要を把握し適切な分類記号や件名標目を付与できる。レファレンスで問われた質問に、意味が完全に分からなくとも適切なレファレンスツールの活用やレフェラルサービスで対応することで利用者に答えることができる。図書館員がこれらの技能や知識を学び、身につけサービスを行うことに異論はないだろう。

 IT知識の習得についても同様ではないだろうか。図書館員であれば、インターネット上のサービスの概要を掴み、何ができるのかを理解することや、必要に応じてITの専門家と協調し知恵を借りることができるはずだ。

 ITのような、一見近づきたくはない、自分とは無関係と思える知識や技術であっても、サービスのためのツールであると考えればこれまでの取り組みと何ら変わることはない。

 いかなる技術であっても、「図書館のサービス」であるからには他人任せにはできないはずだ。もうITなしには業務は行えない。今こそ、全ての図書館員がIT知識を身につけサービスを向上させる時である。

農林水産研究情報総合センター:林 賢紀(はやし たかのり)

 

(1) 上田修一. “大学図書館OPACの動向”. 慶應義塾大学文学部・慶應義塾大学大学院文学研究科 図書館・情報学専攻.
http://www.slis.keio.ac.jp/~ueda/libwww/libwwwstat.html, (参照 2011-01-13).
調査結果は2010年3月31日時点。

(2) “公共図書館Webサイトのサービス”. 日本図書館協会.
http://www.jla.or.jp/link/public2.html, (参照 2011-02-03).
調査結果は2010年12月27日時点。

(3) 以下において、「図書館の貸出予約等」が「オンライン利用促進対象手続」の一つとして位置づけられている。
“電子自治体オンライン利用促進指針”. 総務省. 2006-07-28.
http://www.soumu.go.jp/main_content/000076232.pdf, (参照 2011-01-13).

(4) “地方公共団体における行政情報化の推進状況調査結果 平成22年度資料編 総括資料 第2節第5表⑥”. 総務省.
http://www.soumu.go.jp/denshijiti/chousah22.html, (参照 2011-01-13).

(5) “図書館システムに係る現状調査調査結果”. 三菱総合研究所. 2010-08-31.
http://www.mri.co.jp/NEWS/press/2010/2021657_1395.html, (参照 2011-01-13).

(6) “これからの図書館の在り方検討協力者会議について”. 文部科学省.
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shougai/019/index.htm, (参照 2011-01-13).

(7) これからの図書館の在り方検討協力者会議. “司書資格取得のために大学において履修すべき図書館に関する科目の在り方について(報告)”. 文部科学省.
http://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2009/09/16/1243331_2.pdf, (参照 2011-01-13).

(8) スタインバーグ, スティーヴ G. 検索エンジン大系、思想と技術を追え!. 内田勝訳. ワイアード. 1996, 2(10), p. 42-53, 136-137.

(9) 原田智子. 特集, 第26回ドクメンテーション・シンポジウム: パネルディスカッション : 図書館員とサーチャーの生きる道. 情報の科学と技術. 1996, 46(10), p. 543-551.

(10) カーリル. http://calil.jp/, (参照 2011-02-04).

(11) 丸山高弘. 図書館の未来を予測する最善の方法は,それを創りだすことだ : Code4Lib JAPANのコンセプト,ビジョン,ミッション,アクション. 情報管理. 2011, 53(10), p. 554-563.

(12) 岡本真. 「日本の図書館をヤバくする」ために─Code4Lib JAPANの経緯、目的、事業、そしてFlickrを用いたワークショップのねらい. ず・ぼん. 2011, (16), p. 98-107.

(13) 江草由佳. “第2回Code4Lib JAPAN Workshop「Webのログファイルを読む・解析する」(10月24日)(サービス構築コース)が無事開催されました”. Code4Lib JAPAN. 2010-10-25.
http://d.hatena.ne.jp/josei002-10/20101025/1288003806, (参照 2011-01-21).
江草由佳. “第3回Code4Lib JAPAN Workshop 「APIは怖くない!-RSSからAPIまで便利な仕組みを使い倒そう」(12月12~13日)(サービス構築コース) が無事開催されました”. Code4Lib JAPAN. 2010-12-13.
http://d.hatena.ne.jp/josei002-10/20101213/1292251500, (参照 2011-01-21).

(14) Code4Lib JAPANの第3回ワークショップの成果の一つが以下で公開されている。
“調べる・相談する(レファレンス)”. 福井県立図書館.
http://www.library.pref.fukui.jp/reference/reference_top.html, (参照 2011-01-13).

(15) “2010年度中堅職員ステップアップ研修(2)”. 日本図書館協会.
http://www.jla.or.jp/kenshu/stepup2010-2.html, (参照 2011-02-03).

 


林賢紀. 図書館員のIT知識とその向上-ITと向き合うために. カレントアウェアネス. 2011, (307), CA1735, p. 2-3.
http://current.ndl.go.jp/ca1735