カレントアウェアネス-E
No.168 2010.03.24
E1035
「カーリルの中の人」が語る「カーリル」の裏側
2010年3月11日,日本全国各地の図書館4,300館以上の資料の所蔵・貸出状況を検索できるサービス「カーリル」が公開された。サービス開始以来,オープンイベント「図書館ダイアローグ」の開催,APIの公開,APIコンテスト実施の発表等,様々な展開を見せており,その動向は,図書館関係者,IT業界関係者等から,大きな注目を集めている。今回,カーリルの開発元であるNota Inc.の代表CEOである洛西一周氏にインタビューし,カーリルの裏側について語ってもらった。
- 自己紹介をお願いします。
洛西一周です。1982年生。米Nota Inc. 代表CEO。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。「人間味ある」プログラムづくりを掲げて,高校時代からソフトウェアを開発,公開しています。2003年度の情報処理推進機構(IPA)未踏ソフトウェア創造事業スーパークリエータに認定されました。代表作は「紙copi」や「NOTA」などです。2007年より渡米してNota Inc.を設立,世界をターゲットにインターネットサービスの企画と開発を手がけています。
- カーリルの自己紹介をお願いします。
カーリルは,日本全国4,300以上の図書館/図書室の蔵書の貸出状況を検索できるウェブサイトです。まず最初に地域を選ぶと,近くの図書館や相互貸借できる図書館など複数の図書館からわかりやすいデザインで蔵書を探すことができます。Amazonと連携しており,図書館にない本であっても検索でき,蔵書がなければ購入も可能です。カーリルの目的は二つあります。一つは,便利な検索機能を提供することで,もっと図書館を使ってもらうようにするということ。もう一つは,新しい本を発見する手助けをしたいということです。「カーリル」という名前は「借りる」からつくった造語です。
- 運営メンバーの年齢構成,経歴,各自の担当業務をお教えください。
カーリルのメンバーは全部で6人です。年齢構成は,22歳が1人,27~28歳が4人,33歳が1人です。本社は米国San Joseですが,住んでいる地域は京都,中津川,藤沢などに分散しており,それぞれにオフィス(または作業場)があります。普段はSkypeなどをつかってコミュニケーションをとっています。担当業務は「ディレクション,インターフェース開発」「検索エンジン・API開発」「インターフェース開発」「アート・デザイン制作」「図書館データベース作成」「ユーザーサポート」となっています。これまで,Nota Inc.ではPhotoPeach.com,Notaland.com,TwitPaint.comなどを公開しています。
メンバーは,みな個性的です。吉本(検索エンジン開発)は,郷土愛にあふれ,ITによる地方活性に並々ならぬ情熱を燃やしています。開発技術は超一級で,ソフトもハードも設計でき,私は「日本のスティーブ・ウォズニアック」と呼んでいます。デザイナーの黒田は,大学出たてのフレッシュマンです。図書館検索としては常識はずれのデザインができたのは彼のおかげです。インターフェース開発の出口は,プロトタイピングが得意でJavaScriptの開発は超高速です。
- サービスを思い付いたきっかけは何でしょうか?
開発合宿で行われたブレインストーミングで,図書館サービスを作ることが決められました。メンバーの吉本は,もともと地元の行政システムの開発に関わっており,既存の図書館システムが利用者視点で作られておらず,普及していないことをなんとかしたいと思っていました。また,インターネットを利用して自分たちの日常を記録し便利にする「ライフログ」を一つのテーマとして話し合っていた中で「楽しい図書館検索」というアイデアが生まれました。また私自身,仕事を始めてから図書館を利用していなかったので,自分が使える利便性の高いシステムをつくることを目指しました。
- 構想から開発までかかった時間,人数,費用はどのくらいでしたか?
構想に1か月,開発に1か月ですので合計で2か月です。開発人数は4人です。費用は廉価サーバー数台分しかかかっていません。
- 構想から開発までが非常にスピーディですが,なぜ可能だったのですか?
開発を進めるときは,まずプロトタイプを作り,自分たちが利用者目線で使用して納得できない部分を修正するというサイクルを短期間で繰り返します。最初に仕様をきちっと固めるというようなことはしません。仕様を最初に固めると,開発中に利用イメージと異なる部分がでてきたときに修正作業に予想以上の時間がかかります。
また,開発メンバーの各自の担当分野が明確に分けられており,開発工程においてそれぞれが他のメンバーの進捗を待たずに独立して作業を進めることができました。これは開発陣の技術力と信頼関係があってこそ可能だったと思っています。
- カーリルの開発でこだわったのはどういった点ですか?
インターフェースデザインに関して言うと,「本を楽しく探す」という点にもっともこだわりました。サイトを訪れてから,本を見つけ,図書館にあるかどうか確認するという一連の流れを,一点の迷いもなく操作できるように細部を見直しました。検索に時間がかかる図書館を利用している場合も,魚が泳ぐアニメーションを出すなどして,退屈にならないように工夫しました。
さらに,キーワードがすぐには思いつかないユーザーにも使ってもらおうと思い,カテゴリーや作家などを選んで本を探せるようにしました。デザインは,あえて「本」から連想する本棚や木目調を避け,雲や町の風景,山,海,乗り物,動物などを配置して,自分たちが住んでいる町をイメージできるような「地域感」を出すことを目指しました。図書館は,住んでいる町にあり,そこに意識を向けることがまず大事だと考えたからです。
バックエンドの検索エンジンでは,とにかく,日本中に対応しようということを目標にしました。中途半端な対応ではなく,最初からすべてを網羅することに決めました。結果的にインターネットから書誌情報を検索できる(OPACに対応している)図書館はほぼすべて対応できました。
- 開発で一番苦労されたのはどういった点ですか?
インターフェース,検索エンジン,図書館データベースどれも大変だったので,一つには絞りきれないのですが,検索エンジンを作る部分が難しかったと思います。図書館システムは多種多様で,外部との接続を前提にした設計になっているものはごくわずかです。システムに負荷がかからないようにアクセスをきめ細かくコントロールするシステムを作ることに苦労しました。
- 開発に当たって,参考にしたサービスや情報源はありますか?
国立国会図書館提供の総合目録ネットワークシステム「ゆにかねっと」や,日本図書館協会の統計資料,海外(主に米国)の図書館システム,ACADEMIC RESOURCE GUIDE (ARG) ,地方自治情報センターなどです。
- 図書館に興味を持ったきっかけは何ですか?
電子書籍が注目されるなかで本の未来を考えたときに,図書館はどうなるのだろう?と考えたことがきっかけだったと思います。そして,図書館の価値を再発見できるようなサイトをつくるというコンセプトが生まれました。
- サービス開発に当たり,事前に相談をした図書館はありますか。もしある場合は,どういった相談をされたのでしょうか。?
いくつかの図書館さんには事前に相談していました。司書の方が既存の検索システムをどのように使っていて,どういう点に不満があるかということや,図書館が抱える問題点などを話し合いました。
- 全国の図書館が様々なシステムを使っている中,検索条件の受け渡し,検索結果の取り込みはどのような方法で実現していますか?
いくつかの情報源を組み合わせて検索結果を生成しています。国立国会図書館の書誌情報システム,各都道府県の横断検索システム,各図書館システムの3つの情報源に対して,ISBNをキーにして,OPACの検索結果の取得とHTMLスクレイピングを行い,必要な情報を取得します。取得した生のデータは,データの統合と抽象化を行い,ユーザーにも分かりやすい情報へと変換します。具体的なシステムとしては,Pythonのクラスの継承を利用して,抽象度の高いデータ層から,OPACやHTMLの解析を行う低レベルな層までが多段階の階層的なシステムとして構築されています。これに加えて,必要な情報をもっとも負荷が少なく速く取得できるルートを自動で計算して,各サーバーへのアクセスをコントロールするシステムが構築されています。
- 可能であれば,このサービスのビジネスモデル,収入源をお教えいただけるでしょうか?
現在の収入源は,Amazonのアフィリエイトですが,これから他の方法も模索していきます。
- 機能拡張や機能改善の予定はありますか?
はい,カーリルは始まったばかりで,まだまだこれからだと考えています。
Twitterやmixiでも要望を受け付けています。みなさまの声をもとにより便利なサービスにしていきたいと思います。
- 利用者の反応はどうですか?
アクセス数は公開6日目で65万アクセスほどあります。図書館への興味の大きさを示していると思います。
はてなブックマークで1,500件以上ブックマークされ,Twitterでも1,800件以上の書き込みがあります。「便利です」という声が一番多いです。また図書館マップを見て「これまで近所にあったのに知らなかった図書館を発見した」という方もいるようです。利用者の反応はTwitterで,「カーリル」を検索すると見ることができます。
- 図書館関係者からの反応はどうですか?
図書館関係者からの反応は予想以上に大きく驚いています。「こういうのが欲しかった。なぜこれまでなかったのか」という声が多いようです。ブログで感想を書いたり,分析されている司書の方がたくさんおられます。「作者から探す機能を使って自分の図書館の蔵書に抜けがないかチェックする」などユニークな使い方をされている司書さんもいるようです。また,OPAC未対応の図書館にも対応してほしいという声も多くいただいています。
- そのほか,どのような業界の方から,どんな反応がありましたか?
IT業界の方からは,「インターネットでまだまだ楽しいことができるということを実感できた」という感想をもらっています。
- カーリルにライバルはいますか?
一般ユーザー向けの図書館横断検索という意味では大きなライバルはいません。しかし,今年は書籍,出版をとりまく業界が大きく動くと予想されますので,さまざまな変化を想定して事業に取り組んでいきます。
- カーリルの今後の目標は何でしょうか?
本をあまり読まない人にもっと本の魅力をアピールしてユーザー層を拡大していくことが目標です。
そのための機能を現在開発中です。ご期待ください。